令嬢、男娼と同居しますが恋はしません
私はアリシア・ヴァレンタイン。
二十五歳、未婚、家柄もそこそこ。世間的には「行き遅れの令嬢」と呼ばれているらしい。
婚約話はすべて流れ、噂では「家柄に見合わぬ美貌の持ち主だから」という理由だとか。でも、正直言うと、私は人付き合いが苦手だ。社交界で笑うより、図書室で本を抱えている方が好きだ。
そんなある日、母から紹介されたのが――
「男娼」だというのだ。
見た目は確かに良い。背も高く、整った顔立ち。しかし、私の胸はざわつく。お金で人の時間を買うという関係は、どうにも耐えられない。
「幸せにはなれないけど、同居人にはなれる――」
彼はそう言った。
一緒に住むなら、互いの自由を尊重する。恋愛も、結婚も、期待しない。私の傷ついた心には、それくらいの距離感がちょうどよかった。
そして私は考えた。
—傷ついたまま、誰かと同じ屋根の下で暮らすことも、悪くないかもしれない。
そうして、私は男娼という名の大人と、奇妙な同居生活を始めることになった。
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「――王子、ここ、居心地は悪くないですか?」
私は、リュカ・モーリス――通称「王子」を見上げながら、ぎこちなく声をかけた。
王子は私の家の小さな書斎兼居間で、ふかふかのソファに腰掛け、指先で本のページをめくっている。
「悪くはない。だが……そのソファ、君の好みには合わないな」
皮肉っぽく言う王子に、私は口元を引き締めた。
たしかに、ここは公団住宅の一室。高級家具なんてないし、生活感丸出しで少し散らかっている。でも、家に見下されるほどの価値がないわけじゃない――そう自分に言い聞かせる。
「……そんなことより、荷物は自分で片付けてもらえますか?」
私は少し強めに言った。王子はにやりと笑い、深く考えずに荷物を広げ始める。
そう、彼はかつて“男娼”だった。
顔もいい。話も上手。金で時間を買う人間のくせに、どこか紳士的な空気を持っている。でも、私は恋愛感情なんて一切ない。
「幸せにはなれないけど、同居人にはなれます」
この条件だけを守ってくれれば、私はこの奇妙な共同生活を受け入れる覚悟があった。
王子はそれを承知の上で、にこりともせず頷いた。
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同居初日のルール
1. 恋愛感情は持たない
2. プライベートを尊重する
3. 家事は分担する
王子はすぐに家事の大半をこなしてくれた。料理もそこそこ上手で、私が寝込んでいるときもそっとお茶を運んでくれる。
「……王子、あなた、意外と家庭的ね」
思わず漏れた言葉に、彼は肩をすくめた。
「気に入ったからって、変な感情は抱かないでくれよ」
その言い方は相変わらず皮肉だが、心の奥で少しだけ温かみを感じる自分がいた。
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家の中で彼と過ごすだけで、心の傷が少しずつ癒されていく気がする。
でも、恋愛感情は絶対に抱かない。
私は今日も決めた。
――王子は、あくまで同居人。幸せにはなれないけど、安心できる存在。
その線を越えない限り、私たちは奇妙で心地よい距離を保ちながら暮らしていけるはずだ。




