4.汚れなき聖女の、汚れきった真実
静かだった。
騎士たちが逃げ出した後の広場には、ただ風の音だけが響いている。
ボクを抱きしめるカイナさんの温もりと、傷が消えていく不思議な感覚だけが、今のボクにとっての現実だった。
「……治った、かな」
彼女がそっと手を離す。
さっきまでズタズタだったはずの肩は、傷跡ひとつなく元通りになっていた。
「……ありがとう、カイナ...さん」
ボクが立ち上がると、遠巻きに見ていた村人たちが、ざわ……と揺れた。
感謝の言葉が飛んでくると思ったボクは、その光景に胸を突かれる。
みんな、怯えていた。
ボクが手にした「得体の知れない力」に。
「リョウト……お前、その力……」
叔父さんが震える声で呟く。
村人にとって、特性は希望であると同時に、争いを呼び込む災厄の種でもあるんだ。
空気が重い。
耐えきれなくなって、ボクはカイナさんの手を引いて、村の外れにある林まで走った。
◇
「……リョウトさん、ごめんなさい」
木陰に座り込むなり、カイナさんがポツリと言った。
その瞳には、さっきよりも深い悲しみが浮かんでいる。
「ボクに謝らないでよ。カイナさんは何も悪くない。……あの人たちは、一体誰だったの?」
彼女は膝を抱え、震える唇を開いた。
「……あいつらは、この大陸の中央にある『エリアル至聖教団』に雇われた傭兵……」
「エリアル至聖教団……?」
「私の特性……『ヒールマジェスティ』を、お金に変えるためだけの組織。……どこかの街で病気が流行れば、私を連れていって、法外な治療代を奪う。払えない村からは、食料も、子供さえも奪っていく……」
カイナさんの拳が、真っ白になるほど強く握られた。
「私は……ただ、みんなを助けたいだけなのに。私の力が、誰かを泣かせるための道具になってる。……私が、この大陸の創造主に選ばれちゃったせいで」
彼女は、この力を「呪い」だと思っているんだ。
あんなに優しくて、温かい力なのに。
「……それなら、逃げよう」
ボクの言葉に、カイナさんが顔を上げた。
「アイツらは、また絶対に来る。ボクがアイツらを倒しちゃったから、今度はもっと強い人たちを連れてくるかもしれない。……そうなったら、この村は守りきれない」
叔父さんや、みんなの顔が浮かぶ。
ボクが村にいれば、村が標的になる。
だったら――。
「ボクも行くよ。……カイナさん、君と一緒に」
「えっ……でも、リョウトさんには家族が……」
「両親はもうずっと行方不明なんだ。ボクを育ててくれた叔父さんたちを巻き込まないためにも、ボクは村を出なきゃいけない」
それに。
ボクは思い出したんだ。
ボクが覚醒した時、あの白い世界で創造主に言われた言葉を。
『その痛みを、強さに変えなさい』
ボクにこの力が与えられたのは、きっと、目の前で泣いている彼女を救うためだ。
そう思ったら、もう迷いはなかった。
「……いいの? 私と一緒にいたら、ずっと追われることになるんだよ? 痛い思いも、いっぱいするんだよ?」
カイナさんの大きな瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「痛いのは、もう慣れっこだよ。」
ボクはわざとおどけて、自分の胸を叩いた。
受けた痛みは、ボクがすべて「力」に変えてみせる。
「……うんっ。……ありがとう、リョウトさん!」
彼女が初めて、心の底から笑ってくれた気がした。




