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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
一章 蠢動する闇、日常の終わり
8/15

7話 黒鬼の主候補

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 隈を隠す化粧もほどほどに、蓮華は(せん)(そう)()に向かった。

 国内の観光者のみならず、外国からの旅行者も多く訪れるこの場所は、ひそかに会うのに都合がよかった。賑やかすぎるのと、なかなか人混みから抜けられない点には目をつむる。

「お久しぶりです、蓮華さん」

 境内に入ったところで、男性が声をかける。蓮華には聴きなれた人物の声であったが、その格好に度肝を抜く。飲み物を口に含んでいたら、確実にむせていただろう。

 蛍光ピンクのキャップ、大きなサングラスに奇抜なプリントシャツを着くずし、下はライトブルーの短パン。今から南国にでも行かんばかりの装い、肩には目の覚めるほどの赤いリュックを引っかけている。

「久しぶり……似合ってないわね、それ」

「まあこれくらいしませんと、蓮華さんと接触したのがバレてしまいそうですから」

 彼をよく知る者がいたら、彼女と同じく驚いただろう。普段の彼はシャツにネクタイ、白衣にスラックスだからだ。

 昨日襲いかかってきた魔と、同じ姿の男性。彼の名は、(かい)(どう)(ゆたか)退(たい)()部退魔一課に所属する、蓮華の同僚だ。もちろん、こちらが本物である。

 誰そ彼は海堂の姿をそっくりまねてはいたが、その表情まではコピーできていなかった。彼はいつ見ても、笑顔を絶やすことがない。

 一年ほど前は蓮華と組んでいたのだが、今はほとんど医師として管理局の病院に勤めている。治癒の力に()けているため、彼に救われた同僚は数知れない。

「それで、昨日依頼された件ですが」

「頼んでおいてなんだけれど、よく昨日のうちに情報集められたわね」

「局の病院にいると、訓練生の健康状態等のデータを管理しますし。個人のデータへアクセスするのは、そう難しいことでもありません」

 涼しい顔で海堂は言うものの、プライバシーもへったくれもない話だ。その気になれば、特定の誰かの情報をすべて盗み見できる。彼が悪意を持つ人間でなくてよかった。

 海堂はリュックからガイドブックの地図を取りだし、蓮華を手まねきした。

「もう少し右に寄ってもらえますか、これを広げますので」

 そう言われて、彼女は自分が彼の左側に立っていたことに気付く。仕方なく距離を詰め、地図の片方を受け持った。

「黒鬼の主候補は、(くすの)()(かたな)、二十二歳。大阪出身、住所は不定。十八歳の時に剣術家の実家からはなれたらしく、そのあいだになにをしていたかはつかめていません」

(同じ年か……)

 地図の折り目に沿って貼られた資料には、一人の女性の写真が二枚あった。

 黒鉄の髪を肩あたりまで伸ばした、化粧っ気のない顔。表情にはやや不安が見え隠れしている。管理局に見つかってすぐに撮られたものだろうか。

 対してもう一枚は訓練中か、木刀をかまえた表情には実戦さながらの()(はく)が浮かんでいる。なんらかの武道を身に着けた人物かもしれない。

「局に保護されたのはおよそ一年前、蓮華さんが休職されて一ヶ月後の出来事です。管理部監視課が、墨田区錦糸町にデータ異常値を観測(かんそく)、退魔一課が駆けつけたところ、一般人を斬殺し、呆然(ぼうぜん)と立っていた彼女を発見したようです。駅からはなれた人通りの少ない場所で、目撃者はなし」

 こういった奇怪な事件が発生した場合、局は警察庁と(しょ)(かつ)の都道府県警――このケースでは警視庁――に手をまわす。

 情報の統制はもちろん、目撃者には夢か幻を見たのだと相手にしないか、術――それぞれの鬼の持つ特殊な技――で強制的に記憶を消している。

「彼女の抵抗はあったの?」

「いえ。その時には黒鬼の気配は消え、彼女はすぐに気を失ったそうです。が、目覚めた彼女には記憶がなかった。本人が覚えていたのは名前だけです」

「術で思い出させる方法はとらなかったの?」

 目撃者の記憶を消す術は、逆にも使えた。つまり本人が忘れた記憶を、呼び起こすことができる。しかし、海堂はそれを否定した。

「人は大きなショックから心身を守るため、いまわしい記憶を忘れることがあります。もしそうだとしたら、術を使用するのは大変危険です。それが黒鬼の(かく)(せい)の引き金になりかねない」

 次に黒鬼が目覚めた時、自分たちが彼を倒さなければならない。そう考えると、局の対応はまったく当然といえた。

 この東京が火の海に()みこまれると思うと、(そら)恐ろしい。さわらぬ神になんとやら、だ。

「ただ、記憶はなくとも、彼女の実家に伝わる剣術は身体が覚えているようです。実際、局の訓練生は誰も勝てていないとかなんとか。名前が名前ですから、ひょっとしたら免許(かい)(でん)の腕前なのかもしれませんね」

 写真を見た時の予想は、だいたいあたっていたらしい。そもそも発見されてわずか一年で、現場にまわすと決まったくらいだ。人手が足りないとはいえ、あまりにも早い。過去にそれなりの基礎ができているのは間違いなかった。

「こちらの情報は原本のコピーですので、おわたしします。あまり見つかりませんでしたが、戦闘能力の評価もつけています」

 海堂は地図をたたみ、蓮華に手渡した。

「ありがと、助かるわ。黒鬼の監視と管理を頼んでおいて、もらった情報がはっきりしないモノクロ写真だけだったから。これでそれなりの判断材料にできそう」

 蓮華の休職期間はまだ続いている。そのため管理官たちも、一時的とはいえ局をはなれた人間に、情報のすべてを見せるわけにはいかない。

 だが、それでは判断するデータがあまりにも少なすぎる。海堂に連絡を取ったのは、一つの保険だった。

「それはよかった。ところで蓮華さん、これからどうなさるつもりですか」

「……正直なところ、断りたいけど。状況的に難しい。受けるしかないでしょう。不安要素といえば、右腕がね」

 蓮華は両肩を(すく)めた。頼りなく、右腕の袖が揺れる。

 このまま医師免許を取得までこぎつけ、管理局とは距離をおく。局に呼び出される寸前まで、蓮華はそうするつもりだった。

 それが叶わなくとも、海堂と同じ、現場からややはなれた位置には立てたかもしれない。

 だが白沢が評したとおり、彼女は戦闘能力で抜きんでていた。他の鬼の主とくらべても、引けを取らない。鬼の力を使う感性だけでなく、純粋な身体能力においても。

 片腕を失くしたとはいえ、以前と変わらず戦えると判断されれば、無理にでも現場に戻されるだろう。

 しかし昨日のように突然痛みが襲い、魔に無防備な姿をさらすことがあるかもしれない。そうなれば戦うどころではない。

「まだ、痛みますか」

「ときどきね。こうすると治るんだけど」

 蓮華は失った右腕に意識を集中した。普段ならば、無意識でも操る鬼の力。それを右腕に集めることだけに専念する。

 ただ揺れていただけの袖が、意志を持ったように蠢いた。蒼白い光を帯びた手が、袖口からのぞく。

 蓮華はそのまま右手を持ちあげ、(てのひら)を握ったり開いたりしてみせた。

「空間を、腕の形に……」

「ええ。蒼鬼の力を使えば、こうして仮の腕はできる。でもこれ、疲れるのよね。戦闘には向かない」

 空間を自由に操る能力、それが蒼鬼だけが持つ特別な力だ。蓮華は空間を腕の形に作っただけでなく、()()的な神経までつなげて動かしている。

 だが、これには多くの集中力と細かな作業が必要で、負担が大きい。今朝は戦闘に使用できないか試してはみたが、幻肢痛を(しず)める以上の実用性はなかった。

「義手だと細かい動きが難しいから、前みたいにはいかないでしょう」

「そうですね……」

 海堂は口元に手をあて、なにかを考えていた。

「……あまりおすすめはできないのですが、一人だけ、心あたりがあります」

「心あたりって、なんの」

「誰にもまねできない、(せい)(こう)な義手を作れる人物です」

 会ってみたい、と蓮華は即座に答えた。ここまで来たら、使えるものはなんでも試すつもりだった。


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