11話 家族だから
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
「蓮華……」
一ヶ月ぶりに見る、相棒の顔。蓮峰蓮華は両腕を組み、眉一つ動かさずに部屋へ入る。
「貴女の言いたいことは分かった。でも、納得はしない」
拒絶の言葉を聞いてなお、彼女の声は淡々としたものだった。その瞳に宿る静かな炎以外は。
「だから、勝負しましょう」
「え……?」
「私に負けたら、貴女の言うとおりにするわ。ただし私が勝ったら、ここから連れて帰る」
彼女の右手が格子に伸びる。
指でなでただけで、部屋を覆う結界は粉々になった。格子状のドアにかけられた鍵も、その余波の前に砕けていた。
鉄のドアが開き、蓮華が刀の腕をつかむ。狭い部屋の中では逃げ場がなく、手を払いのけることもできなかった。
「近藤クン。悪いけど、鍛錬室一部屋借りるって言っておいて。先に行ってるから」
「ああ、分かった。あんまり無茶するんじゃないぞ」
近藤は軽く請け負い、部屋を出ていった。はじめから二人は謀っていたのだ。
試されていたとは知らず、刀は唇を噛む。
「なにうなだれてるの。来なさい」
蓮華はだだをこねる子どもを連れるように、刀を外に引きずっていく。
到着地点は、真っ白な壁が全面を覆った訓練室。はじめての手合わせで、見守っていた多くの観客は、どこにもいない。たった二人だ。
「貴女のよ、使いなさい」
蓮華は空間から一振の打刀を取りだし、放り投げた。その重みは手に馴染んだもので、試しに抜いてみれば、やはり切っ先と刃がない。技術部が作った打刀だった。
「本気でかかってきなさい。でないと、引きずってでも連れて帰るから」
どうひっくり返っても、無理やり引っ張ってきた人間が言う台詞ではない。だが――。
「……あたしは、蓮華と戦いたくない」
打刀を一旦鞘に納め、刀はつぶやいた。
「不戦勝でいいなら、それでも構わないけど。貴女が本心から帰りたくないなら、戦えるはずよ」
一方の蓮華はやる気満々、左手の骨をぼきりと鳴らした。右の義手の掌を開いては閉じ、感覚に問題がないことを確認する。
「どうして、なんで分かってくれないの……あたしの話、聞いてたでしょ?」
「言ったでしょ。貴女の言いたいことは理解したけど、納得はしてないって。我を通すために、少しは抵抗してみなさい」
「……っ」
刀は鞘を捨て、震える両手で柄を握った。勝たなければ、またふりだしに戻ってしまう。強迫観念が、得物を手に持たせていた。
呼吸が乱れ、心臓がばくばくとうるさい。脳裏に、血だらけの蓮華の姿が明滅する。
自然と意識が研ぎ澄まされていたあの感覚は、今はどこにもない。精神的な勝負は、もうついたも同然だった。
「それじゃあ、いつぞやの続きといきましょう。今日こそは、勝つから」
「!」
彼女の姿が刀の前から消える。後ろに迫る気配に、身をひねって剣をあわせた。つもりだった。
(速い!?)
打刀は空を斬り、開いた懐に蓮華が入りこむ。
「はっ!!」
槍のように手刀が胸元を突き、服がその線に沿ってまっすぐ切れた。
リーチでは刀が有利だったが、懐に入られては意味がない。蓮華の手刀は、暗殺者の短剣だった。
「っこないで!!!」
引き戻した打刀を足下に振り下ろす。気の刃が床板を抉り、木片が飛び散った。
(しまった……!!)
アドルフに学んだ剣術の制御を、刀は無意識に一段階から三段階に上げていた。下手をすれば、気の刃に指が断ち切れる。
蓮華はその場から転移し、刀から距離をとった。怪我はないものの、ジャケットは大きく裂けている。
「蓮華、お願いだからもうやめて!! このままだとほんとに――っ!?」
距離が詰まり、蓮華の拳が迫る。それを打刀の腹で受けた。金属同士がぶつかったような激しい音、全身を伝わる衝撃波が、刀を吹き飛ばす。
「本当に、なに?」
彼女の左腕が、蒼白い光に包まれた。腕の輪郭が分からなくなるほど、その光は輝きを増している。
「貴女こそ、ためらうのはやめなさい」
「あ、あ……」
刀の手から、柄が滑り落ちそうになる。
あの光の波に呑まれれば、怪我ではすまない。今でさえ、その光が巻き起こす風は、足下を掬おうとしている。
「う、うわああああああああああああ!!!」
蓮華が拳を叩きこむのと同時、刀は大上段から剣を振り下ろした。剣気の出力を最大限に、迫る光の波にぶつけた。
巨大な風船が破けるような音が鼓膜をびりびり震わせる。
たがいの力がぶつかり、相殺した影響で、視界が真っ白に埋め尽くされた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!!」
白の空間から蓮華が飛びだしたが、刀は動けなかった。勢いのまま押し倒され、首元に冷たいものがぴたりとあてられる。
「消化不良とはいえるけど、私の勝ちね」
「……っ!!」
蓮華がナイフを握った左手を引き戻す瞬間、その手首ごと両手でつかみ、引き寄せた。
「なにやってるの!!」
だが、刀の身体はナイフに届かない。
すんでのところで、蓮華の右腕が刀をおさえこんでいた。義手の力は万力のように強く、刀が身体ごと腕を押しても、ぴくりとも動かない。
「このままっ!! このまま殺してよ!!!」
刀は絶叫した。あたかも肉食獣に捕らえられ、最期の足掻きを行う獲物のようだった。
「あたしはっ、人殺しなんだ!! こうするしか、自分のやったことを許せない!! だからしなせてよ!! じゃないときっと……きっとまた……っ」
「ったく、ほんとに強情ね」
「っ!?」
蓮華の手からナイフが溶け、消えた。
「貴女は最初からそう、誰かに自分を断罪してもらいたがってる。それが一番の方法だと信じて。でも、それですべて解決するの?」
「あたしがいるかぎり、だれかがきずついてく!! それよりは、ずっといいよ……!!」
このまま生きながらえても、怖がられるだけ、拒絶されるだけ。優しい人たちを傷付けるだけ。どう転んでも絶望しか待っていないなら、ここで殺されたほうがずっとましだ。
「黒鬼の暴走は、貴女のせいではない。それでもそう思うの?」
刀は両手で視界をさえぎりながら、小さくうなずいた。
自分が生きているから、黒鬼の覚醒と暴走につながったのだ。
「確かに、大勢の人たちを助けるために、誰か一人が犠牲になることはあるわ。けど、たった一人の犠牲者の名前や顔ですら、大半の人に知られず、忘れられていく。その繰り返しよ。彼らや遺された家族がどんな思いを抱いていたか、誰も気付かないまま。そこに救いはないわ。少なくとも貴女には――そんな風になってほしくない」
蓮華が右手をつかみ、刀の顔をのぞきこんだ。
怒られると身がまえたが、そこにはやわらかく、おだやかな彼女の表情があった。
「カタナ。もし、私のことで申し訳なく思っているのなら。もう少し足掻いて、生きられない?」
「……また、だれかを、きずつけるかも、しれないのに……?」
「その時は、全力で止めるわよ」
「でもっ、それでれんかがけがするのは、やだよぉ……も、やだ……っ」
この地獄に、天国へ行く抜け道はない。生き地獄に住むのは、もうたくさんだ。
「怪我すると決まったわけじゃないでしょ。ま、貴女が泣きわめいているあいだは、なにも変わらないわね」
「え……?」
刀は思わず顔を上げた。
「鬼の主は、鬼が現界するための道具なんかじゃない。貴女の身体は貴女のものよ。鬼に特別な奴なんていない、黒鬼も蒼鬼と同じ鬼。制御可能なのよ。だから、奴に抗う前から諦めないで」
目から鱗が落ちるようだった。
蓮華たちが鬼の主として力を振るうのと同様に、黒鬼もコントロールできるはずなのだ。無理だと思いこんでいた。
「……でも」
だが、その方法は模索していかねばならない。簡単ではないだろう。蓮華たちを傷つける可能性も捨てきれない。それでも、彼女の目にはなんの迷いもなく、大丈夫だと訴えている。
この目を信じたい、と思った。
共にいたい、と願った。
だが、どうしても自分から手を伸ばせない。
「やれるわよ。さっき貴女が相殺したアレ、吸収した黒鬼の力の残りよ。あれを自力で弾き返せるんだから、できないはずがない。それまで、私たちは力を貸す。だからもう少し、私たちと生きて。先生も、アンディも、貴女が帰ってくるのを待ってる」
「かえって、いいの? ほんとうに?」
バカね、と蓮華がこぼした。苦笑まじりの声だったが、そこには優しさがこめられていた。
「私たちは、家族でしょう。だから迎えに来たのよ」
「――あ」
蓮華が手を取り、刀の身を助け起こした。その背中をぽんぽんと軽く叩く。泣く子をあやすような仕草だった。
「遅くなってごめん、心配かけたわね。もう大丈夫だから」
「れんかぁ……っ」
その言葉に、落ち着きはじめた涙腺が再びゆるんだ。長いあいだずっと、この時を待っていたようだ。
これまで溜めこんでいた感情が、堰を切ってあふれだす。刀は子どものように、蓮華の腕の中で泣きじゃくった。
これで八章は終わり、本日の更新もこの話のみです。次章で最終回です。21時半更新となります。
最後までどうぞよろしくお願いいたします。




