7話 死の淵からの帰還
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
「よお、起きたか」
再び目を覚ました蓮華の視界に、師のアドルフが映る。
「せん、せ……」
喉からはかすれた小さな声。倒れたあと、長いあいだ気を失っていたのだろう。壁にはカレンダーがかかっているが、蓮華には今がいつで、あれから何日経っているのか見当もつかない。
「一時は危ないとドクターが言っていたが、さすが俺の弟子だ。よく戻ってきたな」
「とう、さん、と、かあ、さん、に、は」
「あ、ああ、安心しろ。お前のことは話していない」
アドルフは大きな手で、蓮華の頭を優しくなでる。
「そう……よかった」
局に入ってからこれまで、彼女は何度か、大小さまざまな怪我を負った。
だが、病院には両親を呼んでいない。自分が死亡した場合のみ、その死を伝えるよう、アドルフと海堂に頼んだだけだ。
たとえ生死の境をさ迷っている状況であっても、無関係の両親によけいな心配をかけたくない。特に将来をめぐって争った母には、死にかけの自分の姿を見せたくなかった。
海堂はこの申し出に難色を示したが、家庭事情を知るアドルフは引き受けた。彼は今回も、約束を守ってくれたようだ。
ただ、両親に連絡していないか確認するたび、彼の声には困惑が見え隠れする。元来、親しい人間に嘘を吐くのが苦手なのだ。
もし蓮華が死ねば、母が死にぎわに会えなかった、と真っ先に殴りかかる相手は、きっとアドルフだ。それでも。
(ごめんなさい……先生)
自分が倒れるたびに辛い役を負う師に、心の中で詫びる。
病室は一般の病棟のもので、海堂の手による治癒結界が張られている。翠色の光がベッドを覆い、身体の異常に対応する。これのおかげで、命の危機から脱したのだろう。
「アンディ、は、ぶじ?」
「ああ、あいつならぴんぴんしてる。学校が終わったら、見舞いに来るはずだ」
「……カタナは? どこ?」
部屋にはアドルフの姿しかない。
局から出る前に倒れてしまったため、刀の処分が再び覆っていてもおかしくなかった。白沢管理官がそれを防いでくれていればいいが。
「カタナか。お前が落ち着くまではここにいたよ。その後、あいつから志願して謹慎してる」
「……どうして」
「あいつはまだ、お前を傷付けたことを許せてないのさ」
「あの、ばか……!」
蓮華は左腕に力を入れ、起き上がろうと試みた。
だが、怪我が完治したわけではない。顔は痛みで歪み、体勢が崩れてしまう。短い右腕では、身体を起こすことさえ叶わない。
「バカはお前だ! なにやってる!!」
「カタナを、むかえにいく……!」
呼吸が乱れ、酸素を求めて身体があえぐ。それでもベッドから起き上がろうと試みる背中を、アドルフが抱きとめた。
「落ち着け! そんな身体で迎えに行ってみろ!! あいつはますます自分を責めるぞ! 行くなら怪我を治してからにしろ!!」
「……っ」
アドルフから逃れたくとも、彼に支えられなければ、まともに身体の向きも変えられない。
治癒結界が明滅し、その光が蓮華の身体を包む。頭がくらくら揺れ、視界が霞む。
急激に失われていく体力を補おうと、結界が癒やしの術を掛け続ける。消費した体力を回復できないのか、結界の明滅はなかなか止まらなかった。
外に出てしまえば、途中で行き倒れてもおかしくない。アドルフの言うとおりだった。
「カタナはミスター・コンドウが見てくれている、お前が心配するようなことは起きないさ。だから今は、身体を休めろ」
近藤が刀の監視を引き受けたのであれば、彼女の安全は保障されているはずだ。黒鬼の主だから処分するという方針には、彼も反対している。
それに距離をおくのも、思考をまとめ、気持ちを落ち着かせる方法の一つだ。刀から望んで謹慎しているのであれば、蓮華が行ったところで追い返されるだろう。
「……わかり、ました」
不承不承、抵抗を止め、大人しくベッドに背中を預けた。光の明滅が止み、呼吸も落ち着きを取り戻す。
「まだ痛むか? ドクターを呼んでくる」
「だいじょうぶ、べつに、よばなくても」
今の騒ぎを聞きつけたか、病室のドアがノックされ、白衣姿の男性が顔をのぞかせた。
「アドルフさん。結界が反応したようですが、もしや蓮華さんが」
近くに待機していたに違いない。現れた医師は海堂だった。蓮華と結界ごしに目があった瞬間、彼は冷ややかな視線を向ける。
アドルフがにやりと笑い、ドアに近付く。海堂の視線といい、師の企んだ顔といい、嫌な予感しかない。
「おぅ、ドクター。ちょい診てやってくれ。こいつが無理に起きようとしたんでな、傷が開いてないといいんだが」
「……ええ、そんなことだろうと思っていました」
「っ!?」
ぞくりと背筋が寒くなる、腹の底から発せられる海堂の声。
これは怒っている。殺気にも似た気が、病室の外から突き刺さる。
「ちょ、せん、せ」
「失礼します、蓮華さん。これまでは多少の無茶には目をつぶって参りましたが、今日という今日は、説教も辞しませんよ」
背中にオーラをまとい、海堂は病室に足を踏み入れる。入れ替わりにアドルフは部屋を去り、蓮華を味方するものは誰もいない。
『だから言ったろう、あいつを怒らせてはならんぞ、と』
やれやれ、と蒼鬼があきれた声を漏らす。
「今回だけで二度ほど死にかけたことを覚えておいでですか? 覚えておられないでしょうね、今からたっぷり教えてさしあげますからね」
「あ、あの、ええと、わ、悪かったわ。ご、ごめん、なさい……」
怒りに満ちた海堂を前に、蓮華は顔を布団に隠し、恭順の旗をかかげた。もちろん、彼の憤りがそれで鎮まるはずもなかったのだが。
今夜の更新は21時半です。引き続きよろしくお願いいたします。




