表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
八章 まわり道の帰路
63/68

7話 死の淵からの帰還

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。


「よお、起きたか」

 再び目を覚ました蓮華の視界に、師のアドルフが映る。

「せん、せ……」

 喉からはかすれた小さな声。倒れたあと、長いあいだ気を失っていたのだろう。壁にはカレンダーがかかっているが、蓮華には今がいつで、あれから何日経っているのか見当もつかない。

「一時は危ないとドクターが言っていたが、さすが俺の弟子だ。よく戻ってきたな」

「とう、さん、と、かあ、さん、に、は」

「あ、ああ、安心しろ。お前のことは話していない」

 アドルフは大きな手で、蓮華の頭を優しくなでる。

「そう……よかった」

 局に入ってからこれまで、彼女は何度か、大小さまざまな怪我を負った。

 だが、病院には両親を呼んでいない。自分が死亡した場合のみ、その死を伝えるよう、アドルフと海堂に頼んだだけだ。

 たとえ生死の境をさ迷っている状況であっても、無関係の両親によけいな心配をかけたくない。特に将来をめぐって争った母には、死にかけの自分の姿を見せたくなかった。

 海堂はこの申し出に難色を示したが、家庭事情を知るアドルフは引き受けた。彼は今回も、約束を守ってくれたようだ。

 ただ、両親に連絡していないか確認するたび、彼の声には困惑が見え隠れする。元来、親しい人間に嘘を吐くのが苦手なのだ。

 もし蓮華が死ねば、母が死にぎわに会えなかった、と真っ先に殴りかかる相手は、きっとアドルフだ。それでも。

(ごめんなさい……先生)

 自分が倒れるたびに辛い役を負う師に、心の中で詫びる。

 病室は一般の病棟のもので、海堂の手による治癒結界が張られている。翠色の光がベッドを覆い、身体の異常に対応する。これのおかげで、命の危機から脱したのだろう。

「アンディ、は、ぶじ?」

「ああ、あいつならぴんぴんしてる。学校が終わったら、見舞いに来るはずだ」

「……カタナは? どこ?」

 部屋にはアドルフの姿しかない。

 局から出る前に倒れてしまったため、刀の処分が再び(くつがえ)っていてもおかしくなかった。白沢管理官がそれを防いでくれていればいいが。

「カタナか。お前が落ち着くまではここにいたよ。その後、あいつから志願して(きん)(しん)してる」

「……どうして」

「あいつはまだ、お前を傷付けたことを許せてないのさ」

「あの、ばか……!」

 蓮華は左腕に力を入れ、起き上がろうと試みた。

 だが、怪我が完治したわけではない。顔は痛みで(ゆが)み、体勢が崩れてしまう。短い右腕では、身体を起こすことさえ叶わない。

「バカはお前だ! なにやってる!!」

「カタナを、むかえにいく……!」

 呼吸が乱れ、酸素を求めて身体があえぐ。それでもベッドから起き上がろうと試みる背中を、アドルフが抱きとめた。

「落ち着け! そんな身体で迎えに行ってみろ!! あいつはますます自分を責めるぞ! 行くなら怪我を治してからにしろ!!」

「……っ」

 アドルフから逃れたくとも、彼に支えられなければ、まともに身体の向きも変えられない。

 治癒結界が明滅し、その光が蓮華の身体を包む。頭がくらくら揺れ、視界が霞む。

 急激に失われていく体力を補おうと、結界が癒やしの術を掛け続ける。消費した体力を回復できないのか、結界の明滅はなかなか止まらなかった。

 外に出てしまえば、途中で行き倒れてもおかしくない。アドルフの言うとおりだった。

「カタナはミスター・コンドウが見てくれている、お前が心配するようなことは起きないさ。だから今は、身体を休めろ」

 近藤が刀の監視を引き受けたのであれば、彼女の安全は保障されているはずだ。黒鬼の主だから処分するという方針には、彼も反対している。

 それに距離をおくのも、思考をまとめ、気持ちを落ち着かせる方法の一つだ。刀から望んで謹慎しているのであれば、蓮華が行ったところで追い返されるだろう。

「……わかり、ました」

 不承不承、抵抗を止め、大人しくベッドに背中を預けた。光の明滅が止み、呼吸も落ち着きを取り戻す。

「まだ痛むか? ドクターを呼んでくる」

「だいじょうぶ、べつに、よばなくても」

 今の騒ぎを聞きつけたか、病室のドアがノックされ、白衣姿の男性が顔をのぞかせた。

「アドルフさん。結界が反応したようですが、もしや蓮華さんが」

 近くに待機していたに違いない。現れた医師は海堂だった。蓮華と結界ごしに目があった瞬間、彼は冷ややかな視線を向ける。

 アドルフがにやりと笑い、ドアに近付く。海堂の視線といい、師の企んだ顔といい、嫌な予感しかない。

「おぅ、ドクター。ちょい診てやってくれ。こいつが無理に起きようとしたんでな、傷が開いてないといいんだが」

「……ええ、そんなことだろうと思っていました」

「っ!?」

 ぞくりと背筋が寒くなる、腹の底から発せられる海堂の声。

 これは怒っている。殺気にも似た気が、病室の外から突き刺さる。

「ちょ、せん、せ」

「失礼します、蓮華さん。これまでは多少の無茶には目をつぶって参りましたが、今日という今日は、説教も辞しませんよ」

 背中にオーラをまとい、海堂は病室に足を踏み入れる。入れ替わりにアドルフは部屋を去り、蓮華を味方するものは誰もいない。

『だから言ったろう、あいつを怒らせてはならんぞ、と』

 やれやれ、と蒼鬼があきれた声を漏らす。

「今回だけで二度ほど死にかけたことを覚えておいでですか? 覚えておられないでしょうね、今からたっぷり教えてさしあげますからね」

「あ、あの、ええと、わ、悪かったわ。ご、ごめん、なさい……」

 怒りに満ちた海堂を前に、蓮華は顔を布団に隠し、(きょう)(じゅん)の旗をかかげた。もちろん、彼の(いきどお)りがそれで鎮まるはずもなかったのだが。



今夜の更新は21時半です。引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ