6話 矜持
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
刀はまだ、夢の中にいるようだった。自分の処分が取り消され、こうして命をつないでいる。
蓮華は処分前に刀と話した男性――近藤と、一言二言かわし、また歩きだした。刀はそのあとをついていく。
「蓮華、どこ行くの?」
「どこって、そりゃ、家にかえるのよ。私も、あなたも、ずっと帰ってないでしょ」
蓮華の歩みはゆっくりで、心なしか声にも覇気がなかった。課長相手に脅しをかけていた彼女とは、別人のようだ。
「う、うん……。そうだけど。帰って、いいのかな」
「いいに決まってる、でしょ。ここにいたら、また難くせ、つけられ、――ごめん。ちょっと休けい」
蓮華は自販機横にあった、背もたれのないソファに腰かけた。刀もうながされ、かたわらに腰を下ろす。
近くで見るせいだろうか。彼女の顔は、いつもより真っ白だ。
「蓮華、ほんとによかったの? あたしなんか助けて」
「たすけなかったら、後あじ、わるいじゃない。ヘンなうわさ、たてられても、困るし」
「……でも。あたしのせいで、その腕」
黒鬼が、蓮華の右腕を断つところを見た。夢だと思っていたものの中で、それだけはまぎれもない事実だった。
しかし蓮華は目を丸くし、小さく口元をゆるめる。
「な、なんで笑うのさ……」
「めんどうだから、言わなかったけど。一年前から、こうなの。あれは、義手」
「え? そ、そう、なの……? あっ、だから!」
手合わせの際に感じた、右腕の動きのかすかな遅れ。
あれは怪我の影響ではなく、義手によるものだったのだ。
「ええ。あのときはまさか、気付かれるなんて、おもわなか――」
突然、蓮華は刀に寄りかかった。
「だ、大丈夫? れん――っ!!」
一気に夢から覚めた。彼女の背中と腹部に、赤い染みが広がりはじめている。
「蓮華、血が……!!」
「……は。いたい、わけだわ」
蓮華は冷や汗を額に浮かべ、困ったように笑みをこぼした。だがその笑顔は痛みで歪んでいる。
「やっぱり……やっぱりあたしのせいで!」
(夢なんかじゃ、全然なかった……!!)
考えれば助けに来た時からおかしな点はあったが、少しの差異だと思いこんでいた。
彼女はなんらかの方法で痛みを耐え、誰にもそれを看破させなかった。
「ごめん……ごめん、蓮華……!」
「ったく……やったの、は、あなたじゃ、ないでしょ。そんなかお、みせないの」
蓮華は左手を伸ばし、刀の目に浮かんだ涙を掬った。
「だって、だって――!!」
「わーわー、わめくんじゃ、な……ぃ」
涙を拭った手が、力を失い、だらんとたれる。
「蓮華!? しっかりして!!」
「蓮華さんっ!!」
慌てて駆けつける足音に振り返ると、このあいだの白衣の男性――海堂がやってきていた。
彼が蓮華の主治医なのだろう。倒れた彼女のそばに腰を落とし、染みを作ったシャツのボタンを外した。すぐさま傷の状態を確認するため、バッグからはさみを取りだす。
「なにを泣いてるんです」
「え……」
海堂の声は、静かな怒りに満ちたものだった。彼をよく知る者が見れば、その姿に驚いただろう。
「今貴女がすべきは、蓮華さんを救うことでしょう」
「!!」
蓮華に視線を落とした海堂は、手を動かしながら続けて言った。
「局の隣に病院があるのは分かりますね? そちらに行って、応援を呼んできてください」
「は、はいっ!!」
(そうだ、泣いてる場合じゃない!!)
刀は弾かれたように駆けだした。誰の監視もつかない、たった独りで走った。
今度は自分が、蓮華を助けるために。
「……よかった。よかったよ、蓮華が助かって」
おぼろげな意識の中、女性が語りかけていた。顔ははっきりとは見えない。霞んでしまっている。
左手が両掌に包まれた。
「治るまで無理しちゃだめだからね。海堂さんやアドルフさんのいうこと、ちゃんとよく聞くんだよ。あたしからのお願い」
まるで、母親が子どもに言い聞かせるようだった。両掌がそっとはなれ、かたわらの気配も遠ざかる。
「もう、いいのか? そばにいてやらなくて」
「はい、大丈夫です。――じゃあね、蓮華」
ドアが閉じ、足音が遠くなる。そこで蓮華の意識は、再び途切れた。
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