5話 賭け
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
新田は足早に――自分の最大限の歩幅で――日野のあとに続く。慣れないペースで廊下を歩くと、勝手に汗がにじんでくる。
予定になかった会議が入り、出席しなければならなくなった。それが決まった時を思い返せば、はらわたが煮えくり返りそうだ。
『課長の判断とのことですが、我々がなんの検討もしないまま、黒鬼の主を処分するのはいかがなものでしょうか。白沢管理官も不在、しかも蓮峰が我々とかわした条件を無視したと知れば、責めを負うのは我々です』
戸川管理官のよけいな意見が、日野と新田にかたむいていた大半の管理官たちを動揺させた。本来、今日は黒鬼の主の処刑が行われるはずだった。すでに決した議案を再検討する会議など、どういう意味があるのか。
「新田、安心するといい」
「課長……?」
新田が追いつくのをみはからい、日野は不敵に微笑んだ。
「会議のはじまる時間に、刑を執行するよう伝えてある。これならば戸川もどうにもできまい。伝達ミスで刑が早まってしまったのだ、私にも君にも止められない。白沢管理官が戻るころにはすべて終わっている」
「なるほど。それならば、仕方ありませんな」
会議室には白沢を除き、管理官の全員が集まっている。
日野と新田は悠々と席に座り、茶番劇をはじめた。
「それでは、黒鬼の主の処分について、再検討に入るとしよう。まずは――」
会議の開始を日野はうながしたが、内線の呼び鈴に口を閉ざした。しばらく経てば、電話も勝手に切れると思いきや、呼びだし音はがんこに鳴り続ける。
「新田、出てくれるか」
新田は仕方なく、机に備えつけられた電話を手に取った。
「重要な会議だ、電話ならあとにしろ!」
彼は空気の読めない電話の主を軽くあしらった。もし白沢からの連絡ならば、それこそ受け取れない。
『に、新田管理官! え、S室、です……!』
新田は受話器から耳をはなしかけ、聞き捨てならない単語に動きを止めた。
管理官クラスの人間なら、S室がなにを意味するのか知っている。執行室のS、刃向かった局員を処刑する唯一の部屋。
「い、一体なんの用だ」
『……っ、や、やられました!』
電話の主は、荒い呼吸だった。痛みに耐え、必死に声を絞りだす。
「な、なににだ」
『黒鬼の主を……っ、何者かに、奪取されました!!』
新田は誰にも聴かれぬよう、内線を切った。背筋が凍るようだった。
あの女性を、一体誰が助けたという。考えられるのは一人だけだ。
「まさか、そんな――」
「新田、どうした」
日野が電話の内容を訊ねたのと同時、会議室の電気が切れた。外の景色は蒼白い光に包まれ、なにも見えない。内線で救助を呼ぼうにも、どこにもつながらなかった。
「これは、亜空間に閉じこめられたようですな」
「あ、亜空間……!?」
戸川がぽつりとつぶやく。術者が元に戻さないかぎり、ここからは二度と出られない。
新田はドアがあった方向に、二人の人影を見た。
一人は処分されるはずだった黒鬼の主、そしてもう一人は彼女を監視する任を負った蒼鬼の主、蓮峰蓮華。
「ば、かな」
意識不明の重体だと聞いていた。その人物がなぜ、平然と立っているのか。
「日野課長。この会議は、黒鬼の主の処分を話す場で間違いありませんか」
蓮華の声はひどく落ち着いたものだった。ドーム状に覆われた空間に、静かな声が響きわたる。
「……そうだ」
日野は新田を一瞥し、動揺を隠すようにゆっくりうなずいた。
「しかし本日一〇二〇には、彼女は絞首刑にかけられるところでした。これはどういうことです」
「執行の日どりは一度決まったが、急遽、再度検討となった。担当に連絡がうまく伝わっていなかったのだろう」
「……では、なぜ私抜きに刑をお決めに? 私が彼女の処分を決めるまで、あなた方は勝手に判断を下さない条件だったはずです。私が倒れたのを好機と捉え、この件を終わらせようと企んだ者が、いるのではありませんか?」
蓮華の蒼い目が、新田に向けられた。鬼が彼女の表面に強く表れた証しだ。
彼女の静かな怒りに、蒼鬼が応えている。
新田は喉まで出かかった悲鳴を、必死でこらえた。
「お答えください、課長。もし納得できる回答がいただけないのであれば、私も彼女も含め、あなた方をこの空間に永遠に閉じこめます。これは、誰の意図によるものですか」
「……ことが重大であるため、君の対応を待てないと判断した。私が提案し、管理官たちの賛成多数による。そのことに君が憤る理由はない!」
「!!」
空間の外の景色が、白と黒のマーブル模様を描く。蓮華の全身が蒼白く光り、空間からの隔絶は秒読み寸前だ。
「――が、君がこうして判断できる状態まで回復した以上、私は彼女の処分を君にゆだねる用意がある」
「……それは、今だけの話ですか。それとも、今後私が倒れても、私が死ぬまでは判断を待っていただけるという意味ですか」
結界が明滅し、外部の様子はまったく分からなくなった。新田をはじめとする全員が、固唾を飲んで日野と蓮華のやりとりを見守る。
「無論、後者だ。だから矛を収めたまえ、蓮峰君。黒鬼の主の処分は取り消す」
それはだめだ、と新田は訴えられなかった。
叫んだら最後、この案を推し進めたのは自分だと、白状するも同然だ。二度と元の世界に戻れないなら、ここまでの出世は一体なんだったのか。
(くそ……っ!!)
新田は悔しさを拳に閉じこめ、心の中に吐きだすしかなかった。
「感謝します、課長」
結界が解け、会議室の壁が目に映る。都心の高層ビルが立ち並ぶ外の景色も、見慣れたものだった。
「ようやく結界が解除されましたね。やっと入れます」
ドアが開き、黒のトレンチコートを着た二十代の女性と、鉄鬼の主・近藤大輝が中に入ってきた。
「し、白沢君……!!」
女性は警察庁からの出向者、管理官・白沢月子その人だった。
現場指揮を終え、帰ってきたばかりの彼女は、冷ややかに会議室の面々を見わたした。
「蓮峰さん、あなた方はもう退出してけっこうです。近藤さん、貴方もご苦労でした」
白沢は、撤禍隊を動かしていた。彼らは課長級の命令がなければ動員できないはずが、近藤はさも、その課長から命令を受けたかのように振る舞っている。
だが誰もそれを指摘しない。できない。
蓮華と黒鬼の主は近藤たちに保護され、部屋を出ていく。
彼らが去ったあと、白沢は一息吐いた。
「なにが起きたか、出先でだいたいの話は聞いております。まさか蓮峰さんがここまでするとは
思っていませんでしたが。日野課長、新田管理官。このことは退魔部長、また局長代理に報告させていただきます」
(やられた……!)
気付いた時はもう遅い。墓穴を掘ったのは、自分たちだった。いつからか日野たちは、彼女の掌の上で踊らされていたのだ。
日野は力なくうなだれる。新田は肩を震わせ、白沢を睨みつけるしかなかった。
明日も3話分更新します。10時、19時半、21時半の予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




