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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
八章 まわり道の帰路
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5話 賭け

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。


 新田は足早に――自分の最大限の歩幅で――日野のあとに続く。慣れないペースで廊下を歩くと、勝手に汗がにじんでくる。

 予定になかった会議が入り、出席しなければならなくなった。それが決まった時を思い返せば、はらわたが煮えくり返りそうだ。

『課長の判断とのことですが、我々がなんの検討もしないまま、黒鬼の主を処分するのはいかがなものでしょうか。白沢管理官も不在、しかも蓮峰が我々とかわした条件を無視したと知れば、責めを負うのは我々です』

 戸川管理官のよけいな意見が、日野と新田にかたむいていた大半の管理官たちを動揺させた。本来、今日は黒鬼の主の処刑が行われるはずだった。すでに決した議案を再検討する会議など、どういう意味があるのか。

「新田、安心するといい」

「課長……?」

 新田が追いつくのをみはからい、日野は不敵に微笑んだ。

「会議のはじまる時間に、刑を執行するよう伝えてある。これならば戸川もどうにもできまい。伝達ミスで刑が早まってしまったのだ、私にも君にも止められない。白沢管理官が戻るころにはすべて終わっている」

「なるほど。それならば、仕方ありませんな」

 会議室には白沢を除き、管理官の全員が集まっている。

 日野と新田は悠々と席に座り、茶番劇をはじめた。

「それでは、黒鬼の主の処分について、再検討に入るとしよう。まずは――」

 会議の開始を日野はうながしたが、内線の呼び鈴に口を閉ざした。しばらく経てば、電話も勝手に切れると思いきや、呼びだし音はがんこに鳴り続ける。

「新田、出てくれるか」

 新田は仕方なく、机に備えつけられた電話を手に取った。

「重要な会議だ、電話ならあとにしろ!」

 彼は空気の読めない電話の主を軽くあしらった。もし白沢からの連絡ならば、それこそ受け取れない。

『に、新田管理官! え、S室、です……!』

 新田は受話器から耳をはなしかけ、聞き捨てならない単語に動きを止めた。

 管理官クラスの人間なら、S室がなにを意味するのか知っている。執行室のS、刃向かった局員を処刑する唯一の部屋。

「い、一体なんの用だ」

『……っ、や、やられました!』

 電話の主は、荒い呼吸だった。痛みに耐え、必死に声を絞りだす。

「な、なににだ」

『黒鬼の主を……っ、何者かに、(だっ)(しゅ)されました!!』

 新田は誰にも聴かれぬよう、内線を切った。背筋が凍るようだった。

 あの女性を、一体誰が助けたという。考えられるのは一人だけだ。

「まさか、そんな――」

「新田、どうした」

 日野が電話の内容を(たず)ねたのと同時、会議室の電気が切れた。外の景色は蒼白い光に包まれ、なにも見えない。内線で救助を呼ぼうにも、どこにもつながらなかった。

「これは、亜空間に閉じこめられたようですな」

「あ、亜空間……!?」

 戸川がぽつりとつぶやく。術者が元に戻さないかぎり、ここからは二度と出られない。

 新田はドアがあった方向に、二人の人影を見た。

 一人は処分されるはずだった黒鬼の主、そしてもう一人は彼女を監視する任を負った蒼鬼の主、蓮峰蓮華。

「ば、かな」

 意識不明の重体だと聞いていた。その人物がなぜ、平然と立っているのか。

「日野課長。この会議は、黒鬼の主の処分を話す場で間違いありませんか」

 蓮華の声はひどく落ち着いたものだった。ドーム状に覆われた空間に、静かな声が響きわたる。

「……そうだ」

 日野は新田を(いち)(べつ)し、(どう)(よう)を隠すようにゆっくりうなずいた。

「しかし本日一〇二〇(ヒトマルフタマル)には、彼女は(こう)(しゅ)刑にかけられるところでした。これはどういうことです」

(しっ)(こう)の日どりは一度決まったが、(きゅう)(きょ)、再度検討となった。担当に連絡がうまく伝わっていなかったのだろう」

「……では、なぜ私抜きに刑をお決めに? 私が彼女の処分を決めるまで、あなた方は勝手に判断を下さない条件だったはずです。私が倒れたのを好機と(とら)え、この件を終わらせようと企んだ者が、いるのではありませんか?」

 蓮華の蒼い目が、新田に向けられた。鬼が彼女の表面に強く表れた証しだ。

 彼女の静かな怒りに、蒼鬼が応えている。

 新田は喉まで出かかった悲鳴を、必死でこらえた。

「お答えください、課長。もし納得できる回答がいただけないのであれば、私も彼女も含め、あなた方をこの空間に永遠に閉じこめます。これは、誰の意図によるものですか」

「……ことが重大であるため、君の対応を待てないと判断した。私が提案し、管理官たちの賛成多数による。そのことに君が憤る理由はない!」

「!!」

 空間の外の景色が、白と黒のマーブル模様を描く。蓮華の全身が蒼白く光り、空間からの隔絶は秒読み寸前だ。

「――が、君がこうして判断できる状態まで回復した以上、私は彼女の処分を君にゆだねる用意がある」

「……それは、今だけの話ですか。それとも、今後私が倒れても、私が死ぬまでは判断を待っていただけるという意味ですか」

 結界が明滅し、外部の様子はまったく分からなくなった。新田をはじめとする全員が、(かた)()を飲んで日野と蓮華のやりとりを見守る。

「無論、後者だ。だから矛を収めたまえ、蓮峰君。黒鬼の主の処分は取り消す」

 それはだめだ、と新田は訴えられなかった。

 叫んだら最後、この案を()し進めたのは自分だと、白状するも同然だ。二度と元の世界に戻れないなら、ここまでの出世は一体なんだったのか。

(くそ……っ!!)

 新田は悔しさを拳に閉じこめ、心の中に吐きだすしかなかった。

「感謝します、課長」

 結界が解け、会議室の壁が目に映る。都心の高層ビルが立ち並ぶ外の景色も、見慣れたものだった。

「ようやく結界が解除されましたね。やっと入れます」

 ドアが開き、黒のトレンチコートを着た二十代の女性と、鉄鬼の主・近藤大輝が中に入ってきた。

「し、白沢君……!!」

 女性は警察庁からの出向者、管理官・白沢月子その人だった。

 現場指揮を終え、帰ってきたばかりの彼女は、冷ややかに会議室の面々を見わたした。

「蓮峰さん、あなた方はもう退出してけっこうです。近藤さん、貴方もご苦労でした」

 白沢は、撤禍隊を動かしていた。彼らは課長級の命令がなければ動員できないはずが、近藤はさも、その課長から命令を受けたかのように振る舞っている。

 だが誰もそれを指摘しない。できない。

 蓮華と黒鬼の主は近藤たちに保護され、部屋を出ていく。

 彼らが去ったあと、白沢は一息吐いた。

「なにが起きたか、出先でだいたいの話は聞いております。まさか蓮峰さんがここまでするとは

思っていませんでしたが。日野課長、新田管理官。このことは退魔部長、また局長代理に報告させていただきます」

(やられた……!)

 気付いた時はもう遅い。()(けつ)を掘ったのは、自分たちだった。いつからか日野たちは、彼女の掌の上で踊らされていたのだ。

 日野は力なくうなだれる。新田は肩を震わせ、白沢を(にら)みつけるしかなかった。


明日も3話分更新します。10時、19時半、21時半の予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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