3話 偽りの覚醒
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
周りが慌ただしい。局内の空気は冷めており、誰もがなにかを待っている。
(いや、ことの成り行きを見守っている、というのが正しいか)
山岡那智は、そんな気配を敏感に感じとった。病院関係者も、いつにも増してせわしない。
黒鬼が暴走した、という噂は、すでに広まっている。退魔一課は緘口令を敷いているものの、急な管理官たちの召集――なお白沢管理官は不在――、新田管理官と日野課長の動き、蒼鬼の主と黒鬼の主がここ数日姿を見せないなど、さまざまな点から推測されたらしい。
(それにしても、このままはありきたりな結果でおもしろくないな)
くたくたの白衣に袖を通し、着替えの入ったバッグを無造作につかむ。今日は本来、定期的に受けている検査の日だった。状況によっては入院もあるので、めんどうだと思いながらも持ちこんでいた。
結局、海堂が今朝まで急患に対応していたため、検査は後日に変更された。おそらく蒼鬼の主――蓮峰蓮華の治療にあたっていたのだろう。
海堂から不養生な自分への説教を聞かずにすんだのはいいが、この件が噂されはじめて早三日。先ほどまで彼がかかりきりだったとなると、よほどの重傷を負わされたのかもしれない。
(まああいつが処置したのなら、蓮峰女史も死んじゃいまい)
右のポケットに手をつっこみ、中のものを確認する。小さなプラスチックの筒を二本と、二つの小袋。
(新田。あんたには悪いが、出来レースは終わりだ。全部ひっくり返してやるよ)
この病院は山岡の庭だ。長年世話になっていれば、厭でも病棟の場所を覚える。白衣の汚れをはたき、集中治療室のある階へと足を向けた。
夢を、蓮華は見た。
身体、いや魂が宙に浮いているのか。倒れた自分の姿を、俯瞰の視点から眺めている。そばには必死で名前を呼ぶ相棒がいる。
腹部から背中にかけて太刀に貫かれた、全身血だらけの自分。その下にはおびただしい血だまり。
(ああ、これは、死んだわね)
刀は駆けつけた味方に羽交い絞めにされ、引きはがされた。
代わって海堂が蓮華に呼びかけたが、反応するはずがない。魂はとうに抜けてしまっているのだから。
救急車に搬送される自分を見ていると、強い力に引っ張られた。
まるで映画の暗転のように、景色が一変した。
結界で覆われた檻の中に、刀が座っている。彼女の前にいるのは近藤だった。二人はほんの少しのあいだ、なにかを話していた。
別れぎわ、刀はおだやかな顔で笑っていたが、近藤の表情は冴えなかった。いい話ではないことは、すぐに感じとれた。
彼女の姿に、今度ばかりははらわたが煮えくり返りそうだ。
(なんなの、その分かったような顔は……!)
まだ彼女は、命を差しだそうとしている。
これでは自分も彼女も無駄死にするではないか。
意地でも死んでやるものか。生き返って刀の頬に二、三発、平手打ちを食らわせてやらねば気がすまない。
そう思った矢先、再び強い力に魂が引っ張られた。
「時間どおり。やあ、目が覚めたかい。蓮峰女史」
「……」
ひょろりとした男性が、目に飛びこんだ。やせた白い肌に隈のできた顔で、にやにや笑っている。
「今日は定期検査の日だったんだけど、延期になった。ちょうどいいから見舞いにね。で、都合よく君が目覚めたというわけだ。あの義手がこうもすぐ壊れるとはね。できればヤツの刀も見てみたかったが、強度に関してはなんとなく推測できるから、よしとするよ」
彼――山岡那智は饒舌だった。はじめて会った時は彼が寝起きだったからか、それとも機嫌が悪かったからか。
本当にただの見舞いなのだろうか。身体がうまく動かないのでよく分からないが、おそらくここは集中治療室だ。口には酸素マスクがかけられ、腕には点滴、バイタルサインを測る電極やプローブが着けられている。
なんらかの処置がないかぎり、医療関係者以外は入れないはずだ。人払いの術を使ったのだろう。
「さて。君にいい話と悪い話をもってきた。どちらから聞くかい? ああ、よくないほうからにするか。あと一時間後の午前十一時、黒鬼の主は首を吊ることになる。もう一度会議で話しあうらしいが、十中八九決まりだろう」
「……!! っ……!」
蓮華は左腕に力を入れたが、身体は数センチも起き上がらない。激痛が全身を襲い、心拍数が上がる。それでももがこうとすると腕が滑り、枕から頭が落ちた。
そこに山岡が顔を近付ける。心配するそぶりはなく、口元の笑みもそのままだ。
「で、ここからがいい話。処分を決めたのは、あの新田だ。白沢のいないあいだに、ことを終わらせようという魂胆さ。だが、ヤツの天下になるのはつまらないし、僕は白沢に恩を売っておきたい。だから君に力を貸そうと思う」
彼はくたびれた白衣のポケットから、一本のアンプルを取りだした。
「ここに特別な鎮痛剤がある。効果は最大で三時間。痛みをほとんど遮断するから、身体も力もいつもどおりに扱える。副作用は効果が切れたあとだ。効いているうちは起きない。君さえよければ、こいつを使ってやっていい」
ようするに、実験体になれということか。蓮華は彼らしい提案に辟易した。
だがこうしてベッドに寝かされているあいだに、刀の命が消えるのは許せない。彼女には、平手打ちと文句をお見舞いしなければ。
蓮華はその提案に、首を縦に振った。
「ふ、君なら話に乗ってくれると思ったよ」
山岡は満足そうに深くうなずき返し、アンプルを注射器で吸いあげた。
静脈に吸いこまれた薬剤が、全身を駆けめぐっていく。
急な火照りを覚えたのもほんの数分、身体は動くようになっていた。ゆっくり身を起こしても痛みはない。
「いけそうかな、蓮峰女史」
「ぇえ。問だいは、なさそう」
かすれた声を聞いた山岡が、水のボトルの封を切ってわたす。これにも薬が混ざっているのではと訝しむも、ありがたく口に含む。
「それじゃ格好がつかないだろう? 僕ので悪いが使うといい。ああ、こんなくたくたのじゃない。クリーニングに出したやつだよ」
山岡はバッグから、袋に入ったままのワイシャツとスラックス、ベルトを取りだした。
「ずいぶん用意がいいのね、貴方。まるではじめから仕込んでいたみたい」
「仕込みは薬だけだがね。こっちは君のおかげで使わずにすんだのさ」
彼はさてね、と首をかしげる。
しかし深く追及しているひまはない。山岡の意図するものがなんであれ、もう乗ってしまった。ならばやることは一つ、刀を救出する。
「刑の執行場所はここだ。君の健闘を祈るよ、蓮峰女史」
一枚のメモ紙を手渡し、彼は病室を去っていった。
(局の内部にこんな場所が……まるで拘置所だわ)
彼のメモは、技術部の階よりもさらに下、〝執行室〟と書かれた場所を示していた。
過去にもこの部屋で処刑された人間がいる。そう思わせるに十分な名前だ。
動ける時間は最大で三時間。処刑が十一時に行われるのであれば、もう行かなければまにあわない。
「蒼鬼、行けるわね」
『……致し方あるまい。あまり無理はしてくれるなよ』
不承不承、蒼鬼が応えた。身を削ってまで刀を助けることはない、十分よくやった。おそらくこの少年はそう思っているのだろう。
「ごめん。もう少しつきあって」
力を解放し、病室と地下の空間をつなぐ。死のにおいの濃いその場所に、彼女は足を踏み入れた。
今日の更新は19時半、21時半です。引き続きよろしくお願いいたします




