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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
八章 まわり道の帰路
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1話 はかられる天秤

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

“黒鬼暴走、監視役である蓮峰蓮華は、意識不明の重体。現場は海堂豊から直接連絡を受けた、戸川管理官が収拾。黒鬼の主、楠木刀は局の(りゅう)()(じょ)に収容、現在取り調べ中。”


 この情報を得た管理官・新田一(にったはじめ)は、すぐさま退魔一課長の()()(たすく)の下に駆けこんだ。

「課長、新田です! お話が」

 日野は分かっている、とうなずく。黒鬼の件は、彼の耳にも届いているようだ。

 応接用のソファにうながされ、新田はどかりと座った。

「黒鬼の件だろう、新田。蓮峰君の奮闘がなかったら、東京が火の海になっていたな。御しがたい女と思ったが、見事に己の責務をはたしてくれた」

「は、意識不明の重体とのことですが、よく黒鬼を止めてくれました」

「白沢管理官はどうしている」

「彼女ならば、現在、出張先の青森におります。まず四日は戻れません」

 黒鬼の運用を決めた白沢月子は、新田と同じ管理官、時には現場の指揮も求められる。

 今、彼女は東京をはなれ、他県で起きた事件を解決するために不在だった。

「つまり黒鬼を処分するなら今です、課長」

 新田は声音を落とし、悪魔のように(ささや)いた。

「緊急会議と称し、退魔一課の管理官たちを集めます。白沢管理官が不在の今、課長と私が提案すれば、他の者たちも賛成するでしょう」

 ただ、この案に日野が賛同するかどうかは別の話だった。

 これまで彼と同調してきたが、性急な案は(きゃっ)()されてきた。ことの駆け引きにおいて、日野は(しん)(ちょう)だ。

 しかし白沢がいなければ、そもそも楠木刀という女性はすでに消えていたはずだった。

 災いの種をつぶす、最大の好機を(いっ)して約一年。この機を逃せば、運用失敗の責任を問われ、自分たちも今の地位を失いかねない。

「課長、ご決断を」

「――ふむ。彼女が墓穴を掘るのを待つつもりだったが、確かに君の言うとおりだ。彼女が戻ってくる前に終わらせねばならないな。まかせる」

「はっ、ありがとうございます。早速会議を開きましょう」

 新田はあいさつもそこそこに、課長室をあとにした。嬉しさについ口角が上がるのを、何度も正しながら。



 厳重な結界が張られた檻の中で、刀は身を丸めて(すみ)に座っていた。極力、人と目をあわさないよう顔を伏せて。

 取り調べは檻から出されず、結界ごしに行われた。分かる範囲はすべて話したが、尋問する側は不満に感じたようだ。

 殺意を持っていたのだろうと繰り返し問い詰められ、そのたびに首を横に振った。

 人を殺したいと考えたことは一度もない。あれだけ親身になってくれた蓮華に、殺意を抱く理由が見つからない。

 だが刀自身、矛盾に気付いていた。

 それならばなぜ、自分は人を斬り殺したのか。

 手に伝わる衝撃も、流れた血も覚えている。

 あの日を境に記憶を失い、局に保護されたのだ。

 本当は、殺人を犯したいとどこかで思っていたのではないか。

 取り調べを受けながら、次第に自分を疑いはじめていた。

 檻に足音が近付く。見張りの交代の時間だろうか。

「起きてるか、楠木」

 頭上に降ってきた低い声に、おそるおそる顔を上げる。

 革のジャケットを着込んだスーツの男性は、刀を(こう)(そく)した人物だった。

「さっきは無理やりに引きはがしてすまなかった。怪我はないか?」

 だまってうなずく。治りかけだった怪我は、あとかたもなくなっている。重傷を負った蓮華が、自身をかえりみず、治癒の術を掛けたのだろう。

「そうか。――話すのははじめてだな。俺は近藤大輝、(てつ)()の主だ。訓練所でお前と蓮峰が手合わせするところ、見せてもらった」

「あのとき、の」

 訓練所に蓮華が訪れた日、彼女には二人の連れがいた。

 そのうちの一人は、革のジャケットを着ていた。白衣姿のもう一人の連れとくらべ、ずいぶん大きな人に見えたのを覚えている。

「ああ。まさかあれ以来の再会が、こういう形になるとは思ってなかったが」

「……あなたなら、おしえてくれますか。れんかは、たすかったんですか」

 取調官や見張りに、何度も蓮華の安否を(たず)ねたが、答えは返ってこなかった。

 あの場に居合わせた彼なら、彼女のその後を知っているかもしれない。

「一緒に来てた白衣の男がいたろ、海堂っていうんだが。あいつがすぐに手術を行った。ただ、意識は戻ってない」

「意識がない……」

 近藤は呆然とつぶやく刀に、視線をあわせるよう腰を落とした。悪いイメージを想像させたと慌てた様子だった。嘘を吐くのが苦手なのかもしれない。

「だ、大丈夫だ。あいつは前にも大怪我したが、ちゃんと帰ってきた。鬼の主っていうのは普通の人間より生命力が強いし、鬼が宿主を生かそうと必死になるからな。だから、その。あんまり自分を責めるな。お前があいつを殺そうと思って、あんなことしたわけじゃないだろ。やったのは黒鬼だ」

「――分からないですよ」

「え?」

「近藤さん、蓮華に伝言、お願いできますか。〝傷付けてごめん。短いあいだだったけど、いろいろありがとうって〟」

 本当は、手紙で伝えたいことがたくさんある。蓮華だけではない。アドルフやアンディ、あの家に住む全員に。

 だがそれは叶わないだろう。せめて傷付けた彼女には、謝罪とこれまでの感謝の気持ちを、言葉で表しておきたかった。

「楠木、お前」

「こうなった以上、局もあたしをこのままにはしないでしょ? 覚悟は、できてますから。だから、お願いします」

 刀は精一杯の笑顔を作った。でなければ、また感情をこぼしてしまいそうだった。

「……分かった。必ず伝える。けど、早まるんじゃないぞ。いいな」

 処分はまだ決定されておらず、刀の命に関わるものにはならないかもしれない。彼はそう励ました。

 しかし、近藤が去って少しも経たぬうちに、死神は運命を告げに現れた。

 反抗する気持ちは起きなかった。これで誰も傷付けずにすみ、楽になれる。刀はだまって、それを受け入れた。



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