10話 驟雨のごとく
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「……っ!!」
膝が折れ、なんとか左手で身体を支える。今にも倒れてしまいそうだった。
痛覚が麻痺してよく分からないが、背中に裂傷がいくつもできている。鏡で見れば、真っ赤に染まっているに違いない。
「どうやら……、貴様の抵抗も、ここまでのようだな」
息を荒らげ、黒鬼が嗤う。
矢の残弾は一発、もはや打つ手は限られる。
そして刀の命も。
(……やるしか、ないのね)
なけなしの体力をかき集め、蓮華は立ち上がった。
黒鬼はすでに太刀を大上段にかまえている。
「とどめだ。死ね、蒼鬼の主!!!」
黒のつむじ風が地表を割り、がれきを撒き散らしながら迫る。頬に小石が飛んでくる。
「――」
片息の肺に長く息を吸いこみ、蓮華は左手を強く握った。前を睨みつけ、雑念を排除する。
「封印解除」
その一言を合図に、左腕が熱を持つ。立っている場所が、力の圧に負けて沈む。
「行け!」
血反吐を吐くように叫び、左拳を叩きつけた。
蒼白い光と共に解き放たれたエネルギーは、地面を砕きながら黒鬼の斬撃を突破していく。
「なに!?」
彼は慌ててもう一波を放ったが、蓮華の一撃はそれをも弾いた。
「これだけの火力、どこに隠して――」
そうつぶやき、黒鬼ははたと気が付く。この力に、彼自身覚えがあった。そんなはずがないと打ち消そうにも、否定できない決定的なものだった。
「バカな! これは、俺の力ではないか……っ!!」
黒鬼との純粋な力勝負では、蒼鬼だけでは勝てない。
蓮華が負傷してまで先の一撃を左手に封じこめたのは、とっさに防御したからではない。黒鬼のあの攻撃に、それ以上の火力を叩きこむためだった。
力の奔流はついにすべてを押し戻し、がれきの槍は塵となって砕け散っていく。
「くそっ、どこに行っ――!?」
塵と埃が視界をさえぎる。それでも、蓮華は彼の姿を先に捉えた。右腕に意識を集中する。
「なっ!?」
黒鬼が息を飲む。喪われたはずの彼女の〝右手〟がここにある。蒼鬼の力で編まれた、蒼白く光る手が。
「貴様……っ!!」
蓮華は黒鬼が逃げるより先に飛びかかり、左肩を〝右手〟でおさえこんだ。
彼を押し倒しながら、右脇に吊っていたナイフを左手で引き抜く。これで喉を貫けば終わりだ。
光の速さのように、脳裏に一ヶ月の出来事が思いだされる。
監視役と監視対象、そんな関係は自分たちには似合わなかった。
たとえ擬似的なものと言われようとも、家族同然に過ごした。
はじめは戸惑っていた刀も、やわらかい表情を浮かべるまでに変わった。
黒鬼のことはすべてが局の壮大な勘違いで、彼女への恐怖の念は消える、はずだった。
いや、そうあってほしいと勝手に思っていたのか。
この未来を見たくなかっただけなのか。
『もし、もしあたしが、蓮華を殺そうとしたら。その時は、ためらわないで殺して。お願い』
ナイフが刀の首筋をかすめ、アスファルトに硬い音を鳴らす。
「退け!!」
反撃はここまでだった。腹部に強い圧を感じた瞬間には、蓮華はすでに蹴り飛ばされていた。
受け身を取るひまもなく、何度も地面に身体を打ちつける。
擬似的に展開した右腕は消え、目も霞がかかってよく見えない。
ナイフは手からはなれ、結界も解けた。このままでは黒鬼を外に出してしまう。
『主、しっかりしろ!!』
蒼鬼の声が危険を訴える。霞んだ視界の中に、太刀を携え、近付く黒鬼の姿が見える。
「詰めが甘いな、蓮峰の。この器に、情でも移ったか?」
「……」
「終わりだ。せめて一息で終わらせてやる」
黒鬼が首に太刀を振り下ろそうとかまえた。
爆竹が弾けるような音が、黒鬼の頭上で鳴った。
「なんだ?」
彼が見上げたのと同時、稲光が空に走る。
天候が悪化しただけかと思いきや、雷はそのまま彼に直撃した。
「ぐうおあああああっ!?!」
目が醒める雷音。まるで、至近距離から大砲を撃ったような音と震動が、あたりを支配する。
『雷! まさか、これは――』
雷に打たれた黒鬼の身体からは、黒煙が上がる。だが、彼はまだ立っていた。
「おのれ、何奴!!」
黒鬼の頭上に再び雷の柱が降りる。
「がああああぁ!!! ……卑怯者ッ、姿を現せぇ!!」
黒鬼は天空に向かって太刀を振るった。雷柱は縦に昇る黒の刃に、二つに裂かれ四散する。
あれだけの電気エネルギーに身を焦がされながらも、彼はまだ戦う気でいた。
『主、早くここから逃げろ! あとはあいつがやってくれるはずだ』
蒼鬼は雷の正体に覚えがあるようだ。
「あいつ……? あいつって、だれ」
『あれは黄鬼だ! 奴なら黒鬼を倒せる!』
確かにあと数発あの雷撃を食らえば、さすがの黒鬼も音を上げるだろう。
「そうね……。でも、それはできない」
『主!?』
しかしこのまま黒鬼を放っては、任務放棄と取られかねない。それにあの威力の雷を受け続ければ、刀も死んでしまう。
「あと、いっぱつ、のこってる」
一発分の矢弾を撃つ力は、まだ空間の中に留めてある。
『馬鹿者、その身体で奴に勝てるわけが』
「いえ。あっちも、もう、限界よ」
両足に喝を入れ、再び立ち上がる。黄鬼か誰かは知らないが、助太刀のおかげで、失いかけた希望をつかむ機会を得た。
この一撃で、必ず刀を取り返す。どんなに苦境であろうとも、簡単に人の命を諦めたくはない。
二度の雷を受けた黒鬼は、足下がふらついている。意地でも倒れない精神力は見上げたものだが、今度こそ彼も限界だろう。
「おのれ……待ってろ、蒼鬼を片付けたあとに、殺してやる……!!」
おぼつかない足どりながらも、黒鬼は中段の突きのかまえで突進する。
有効射程圏内に入ったタイミングで、蓮華は最後の一発を発射した。
しかし万全な状態と違い、数百本の矢は黒鬼の横を通りすぎる。狙いの軸がかたむいていたのだ。
「はっ、どこを狙っている!!!」
どすり、と腹部に衝撃が走った。冷たいなにかが背中を貫き、すぐさま生暖かい熱があふれていく。
「はっ、はっはっはっ……! 手こずらせ、おって……。俺の、勝ちだ!!」
「……さぁ、それは、どうかしら」
「!?」
蓮華は残り火のような体力を振り絞った。
彼は慌ててはなれようとしたが、足下から飛びだした鎖に縫いとめられ、身動きできない。
「これで、もう、にげられないわよ」
蓮華たちの頭上には、数百本もの矢があった。
最後の一発を蒼鬼の空間を操る能力で引き戻し、この場に展開したのだ。
「っ、蒼鬼いいいいいい!!!」
「私の勝ちよ、黒鬼」
その言葉が合図となり、矢は驟雨のごとく降りそそいだ。




