6話 反撃の一手
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
黒の暴風が吹き荒れる。
落下速度を利用した強大な一撃でも、蒼鬼の力であれば防ぎうる。どこかでそう過信していたのかもしれない。
蓮華は結界が破壊される瞬間、空間を移って黒鬼の斬撃を回避した。
しかし、完璧に避けられたわけではない。
よっぽど外部から強い力が懸からないかぎり、壊れない。山岡が太鼓判を押した義手は、防御結界もろとも断ち切られた。
「ち、まがいものか。万鬼の主がいるのだな、よくできた腕だ」
黒鬼は落ちた右腕を一瞥し、舌打ちする。
転げ落ちた義手はただの人形の腕に戻っており、断面には神経か筋肉を模した繊維があふれでていた。
(……危なかった)
『あたりまえだ。奴の力は私よりはるかに上、真っ向からぶつかって勝てる相手ではない!』
(そうね、忘れてた)
半分欠けた義手を外し、ほんの少しだけ右肩が軽くなる。
切り落とされる際は痛みを感じなかったが、このまま着けていても、腕を失った感覚を思いだして気持ちが悪い。
当時は自分で思っていたよりも精神的なショックが大きく、休職を余儀なくされた。
今、左腕も奪われたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。
義手を断ち切られたのは想定外だが、左腕をやられるよりはずっとましだ。
「これで弓は引けまい。もっとも斎宮とくらべれば、貴様の腕はからきしのようだが」
「……」
蓮華は否定しなかった。蒼鬼が目覚めるまで、弓を握った経験もなければ、斎宮家の存在すら知らなかったのだ。
過去の蒼鬼の主が黒鬼に敗れた原因は、家に伝わる弓術――元は蒼鬼の技――にこだわり、新しい戦術を編みだせなかったこと。
また黒鬼とは火力で劣ると分かっていながら、愚直にも真っ向勝負を挑んでしまった。
分家筋ではじめて鬼の主となった蓮華には、本家のやり方は縁遠い。
黒鬼につけ入る隙があるとすれば、そこだ。
彼は斎宮との戦いに慣れすぎた。そして蓮華の右腕を落とし、もう勝ったつもりでいる。
「死ね、蒼鬼の主!!」
玄雪、彼の愛刀が唸りを上げる。蓮華は弓を手放し、前進した。
首を狙う一振りを掻いくぐり、黒鬼に肉薄する。アドルフから学んだ格闘術は、相手の気のゆるみを逃さない。
「なに!?」
「はっ!!」
その声を合図に体内の堰を切る。今にもあふれそうだった気は濁流となり、黒鬼の身体を吹き飛ばした。
(ごめん、カタナ。あとでちゃんと治療するから)
掌底の威力は、通常のものの数倍だ。完治まぎわの腹部への攻撃はなるべく避けたかったが、黒鬼の動きを封じるには、手段を選んでいられない。
「ぐ、……おのれ! 徒手だと!? ふざけ――」
「ふざけてないわよ」
ようやく立ち上がった黒鬼の頭部に、上段の蹴りを繰りだす。
「っ、このおおおお!!」
彼は蹴りに太刀をあわせようとしたが、蓮華はすぐに足を引き戻す。
黒鬼のかまえは上段、中段の腹部はがら空きだ。
「ふっ!!」
「がっ……!?」
二発目の掌底を受けた、刀の身体が前に泳ぐ。
(とどめ!)
「させる、か!」
自分の影が足下からせりだす気配に、彼女はとっさに退いた。刀の足下から、何匹もの蛇が飛びだす。もし自分の影が重なったままであったら、避ける間もなく致命傷を受けていたところだ。
影は蓮華を追尾し、次々とアスファルトに穴を穿つ。
「はっ!!」
手元に呼び戻した弓で蛇の頭を叩く。それだけで蛇の頭は弾け飛び、だらりとたれ下がった。
しかしすぐに新たな影が襲いかかる。一度倒した影も、吹き飛ばした部位が再生してしまう。
(これじゃ、きりがないわね)
蒼鬼の力は、空間のわずかな揺らぎをも感じとる。避けるのはたやすい。蓮華は逃げるふりをして、影を誘導した。
影同士はぶつかり、あるいは絡まって動きが鈍った。解いているうちに、蛇たちは攻撃の機会を逸してしまっている。
「ええい、ちょこまかと!!」
黒鬼が怒号を飛ばす。
彼の力は無尽蔵ではないはずだ。いたずらに影を弄ばれれば、よけいな力を消費する。
持久戦であれば、負傷した刀を操る黒鬼より、蓮華が幾分有利になる。それに彼も気付いた。
陽の光をさえぎるほど、影を蓮華の頭上まで伸ばす。力を集約し、一気に決めるつもりだ。
「行け!!」
鎌首をもたげた大蛇が、大口を開けて飛びかかる。
それこそ彼女の待ち望んだ瞬間だった。
「行きなさい」
左から右へ、さっと空間を薙ぐ。
投げ槍と見紛う巨大な矢が、蛇の頭を、胴を、吹き飛ばしていく。
「なにぃ……っ!?」
多くの矢が槍ぶすまを作り、蓮華の左右に浮かんでいた。態勢を整え、発射の合図を待っている。
「両手がないと矢が射れないなんて、誰も言ってないわよ?」
弓を引かず、魔とどう戦うか。彼女は空間を操る能力を生かし、あらかじめ矢を大量に用意しておくという答えにいたった。空間をミサイルランチャーの代わりにする方法で、山岡の義手を受け取る前に模索した戦法だった。
実際は刀の圧倒的な戦闘能力により、この空間を開放せずにすんでいた。だが、温存していたかいはあったようだ。刀も黒鬼も見たことのない、未知の武器になったのだから。
「……くっ、ふ、ふ……これを使っても、倒せんとはな」
散々に打ち破られた影は、のろのろと刀の足下に戻っていく。今のダメージが大きかったのだろう。
(これで一つの手はつぶしたか)
「よかろう。俺の本気をもって、貴様を打ち砕く!!」
黒鬼は剣をアスファルトに叩きつけた。衝撃波が地面を霜柱のように押しあげ、現れた鋭い穂先が、アスファルトを砕きながら迫る。まるで怒れる神の足跡だ。
『主、避けろ!!』
「言われずともそうするわよ!」
だがその余裕はほとんどなかった。黒鬼の一振りは強大で、まったく勢いを失わない。
少しでも食いとめようと矢を二度放ったが、それでも止まらない。
やむなく空間転移し、黒鬼から距離をとる。
『主!!』
「――!?」
しかし、黒鬼の姿は目の前にあった。彼は最初から、ここに蓮華が現れることを予見していた。
「その腕、もらった」
「くっ!!」
再び太刀が振り下ろされ、地の刃が目の前にそびえ立った。
左腕をかざして防御結界を前に押しだしたが、刃は盾を突き破り、蓮華を引き裂いていく。
「はっはっは!! とった!!」
勝利を確信し、黒鬼が高らかに笑う。
しかし地面の穂先は半分以上が途絶え、蓮華は倒れずに立っていた。左手を前にかかげたまま、黒鬼を睨みつける。
「斎宮の連中が使っていた手など、俺にここだと教えるようなものだぞ。傍流」
「……っ」
左腕がだらりと下がる。左肩から腰にかけて、ジャケットとシャツが朱に染まっていた。指にかすかな震えをともなうだけで、これ以上は力が入らない。
腕は蒼白い光に包まれ、明滅している。腕から指へ滴る血は、足下の血だまりを次第に大きく広げていた。
「ふっ、しかしよくあれを止めた。もはや戦えまいがな」
黒鬼は悠々と近付く。
蓮華は結界で防ぎきれない敵の攻撃を、別空間に吸収させ、防御している。だが、人間界とは違う空間を開くため、まにあわないこともある。
欠点を補う方法として、彼女は空間の代わりに自分の身体を選んだ。これならば、別空間を自分の場所と接続し、つなぐという手間がはぶける。
防御に余裕がない場合、以前から――今は喪われた右腕で使っていた手だ。
『馬鹿者!! もうそれはやるなと言っただろう! 左手までなくすつもりか!!』
蒼鬼が声をひっくり返しながら叫んだ。
この術は、身体という狭い空間を用いる。収められるエネルギー量は圧倒的に少ない。限界を超えて攻撃を受けとめれば、吸収した力が術者を内側から吹き飛ばす。
「だい、じょうぶ……そこは、調節、した、から」
必死に息を整える。肺をやられたらしい、うまく呼吸ができない。
口からあふれそうになる熱い塊を、蓮華は無理やり飲みこむ。
『調節するために、奴の攻撃を受ける馬鹿がどこにいる!!』
「いっかい、だけなら、だいじょうぶ」
意識を集中し、蓮華は右胸に手をあてた。他空間に接続、そこに保持していた治癒の力を解放する。
淡い翠の光が全身に吸いこまれ、傷が再生していく。
痛みは消え、出血で麻痺しかかっていた左腕も、傷痕一つない。
「今の一瞬で、治しただと……」
黒鬼が唸る。治癒術は代々の蒼鬼の主も使っていたが、一度に傷を回復させる術は持たなかったからだ。
(……さすがに、ちょっとしんどいわね)
弓を再度呼びだした瞬間、めまいが襲った。倒れないよう、足に意識して力をこめる。
人間は、急激な身体の変化についていけない。たとえ異常から正常に戻す癒やしの術であっても、少しずつ治すのがセオリーだ。
蓮華はそれを無視し、一瞬のうちに傷を回復させた。流れた血までは戻せないので、しばらくは貧血に近い状態が続くだろう。
黒鬼との戦いになれば、無傷で切り抜けるのは難しい。治癒の力を空間に保持し、いつでも発動可能にしておいた。対黒鬼戦の、もう一つの切り札がこれだった。
「往生際の悪い奴だ。そう何度も回復できると思うな!!」
黒鬼が地面に太刀を叩きつける。先ほどのとは比にならない、二メートル級の切っ先が並び立つ。
(蒼鬼!)
『跳ぶぞ』
それを、蓮華は飛びこした。一気に黒鬼へと距離を詰める。
落下速度に蒼鬼の力を加え、手にした弓を振り下ろした。
「ぐぉっ……!!」
先ほど黒鬼にやられた手だ。彼は結界も張らず、玄雪で受けとめる。
(ごめん、カタナ)
黒鬼は慌てて逃げようとしたが、すでにこちらは有効射程圏内だ。
数百本の矢が、獲物を求めて空を裂く。
彼の声は矢の突き刺さる音に掻き消され、あたりは土埃でなにも見えなくなった。
「やっ、た――ッ!?」
人影が土埃を割って飛びだした。黒鬼が頭から血を流しながら、蓮華に向かってくる。
(しまっ――)
腹部を強い衝撃が襲い、身体がくの字に折れ曲がる。
「食らえ、蒼鬼の主!!」
彼の声が頭上にあるのは分かったが、蓮華はもう、反撃できなかった。
明日の更新は3話分あります。10時、19時半、21時半の予定です。引き続きよろしくお願いいたします。




