4話 運命の対峙
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
蓮華はその日、診療を終えた海堂の下を訪れた。この二週間、定期的に彼と会っている。
医師になるための勉強中とはいえ、他人の健康状態を勝手に判断するのは危険だからだ。
刀は死んでもおかしくない重傷を負った。治療のことは本職に訊ねるのが、一番適切であった。
「薬はこれまでどおりですが、痛み止めはいりますか?」
「そうね、半身を起こすまでには回復したし、痛みを我慢している様子もない。あの子、顔に出やすいから」
「では、痛み止めはなし。少しだけですが、薬の量が減りましたね」
よかったよかったと海堂は笑った。が、蓮華が口を無一文字に閉じていたため、顔を引き締める。
蓮華は昔から、考えごとをしていると無表情になりがちで、怖い人だと誤解されることが多い。海堂は、彼女のその悪いくせを知っていた。
「……まだ、なにか?」
「私が状態を伝えるのもいいんだけど。カタナをそろそろ診てもらいたくて。抜糸が必要だったら、貴方にやってもらわないといけないし」
刀の容態が安定してからは、海堂には局の勤務に戻ってもらっていた。
彼の部屋に刀を匿っていると知られれば、日野や新田からなにを言われるか分からないからだ。
そのため、蓮華は海堂に刀の様子を細かく報告し、それに応じた指示を受けていた。
だが彼の好意とはいえ、セーフハウスはずっと借りっぱなしだ。予後が良好ならば、家に戻してもいいかもしれない。
「部屋を貸す分には、私は全然構わないですよ。部屋は利用しないと痛みますしね」
「貴方がそうじゃなくても、私が気にするの。それに、そのほうがカタナも落ち着くだろうし」
「楠木さんが?」
「怪我してからずっとなんだけど、夢見が悪いらしいの。昨日、弱音を吐いてたから、ちょっとね」
蒼鬼からは刀がかわいそうだの、気持ちを慮ってやれだの言われたが、分かるからこそいらだった。
刀とはじめて対面し、手合わせした時と同じだ。彼女は自分よりも、局の都合を優先する。いや、むしろそうしなければいけないと考えているふしがある。
抗おうと思えば、局から出奔し、行方をくらますことも可能だ。それを、彼女は選択肢に入れていない。
「それは、心配ですね……。分かりました。今なら私も空いていますし、経過を見ましょう」
「そうね、ありが――」
「蓮華さん?」
鈴の音が、蓮華の耳に届く。
刀のいるセーフハウスを中心に、半径五キロの結界を張っていた。それがなんらかの異常を発している。
「奴が、カタナの居場所に気付いた」
「なんですって!」
「ごめん海堂クン、この話はまた今度」
「いえ、万が一ということもある。私も行きます!」
「……そうね、ついてきて」
蓮華はセーフハウスへつながる空間を出現させ、海堂の手を取った。一瞬で、刀の近くまでたどり着く。
「蓮華さん、あれは――!」
海堂が叫んだ。巨大な剣を振りかざす、蓮華と似た誰かの背中。その誰かに足蹴にされた、刀の姿。
「蒼鬼!」
『承った』
蓮華は鬼の力を解放し、長弓を手にした。接近して刀を助ける余裕はない。
今にも振り下ろされそうな魔の右腕を射抜き、間髪入れずに頭部と左胸を貫いた。
かつて弓の名手と呼ばれた、蒼鬼にしかできない芸当だった。普段の蓮華が狙っても、ここまでの命中と速さはあり得ない。
『主、今だ』
「散りなさい」
魔――〝誰ぞ彼〟は抵抗を試みて突進する。もはや正体を隠さず、一矢報いんと雄叫びを上げた。
だが、刺さった矢は内部から誰そ彼を破壊していく。鬼の力によって編まれた矢だ。抜かないかぎり、魔は実体を保てなくなる。
『しつこいぞ、お前』
それでも歩みを止めぬ魔に、蒼鬼がとどめの矢を次々と撃った。十本の矢が、胴と足らしき部位に突き刺さる。
「――――ッ!!!」
断末魔の叫びと共に、暗殺者は塵となって消え去った。
『まったく。いくら姿をまねているとはいえ、主を射殺したようで気分はよくないな』
(へぇ、あなたも気分悪くなることがあるのね)
『……それはそうだろう。鬼も魔も、人と変わらぬ情は持ちあわせている』
倒れたまま、刀は食い入るように蓮華の目を見つめていた。立ち上がれないのか、その場で身体を丸め、苦しみだす。
「蓮華さん、楠木さんの様子が!」
「カタナっ!」
魔との一戦で、治りかけていた傷が悪化したのかもしれない。慌ててそばに駆け寄ろうとした時、刀が懇願するような声で叫んだ。
「れんか……っ、にげ、て――ッ!!」
「蓮華さんっ!!」
海堂が蓮華のジャケットを引っ張った。近付いてはいけない。空間の異様な空気を、彼は肌で感じとったのだ。
刀は転がっていた打刀に手を伸ばし、ゆらりと立ち上がる。
「……なんだ、このなまくらは」
ところが手に持ったそれを一瞥しただけで、ごみを捨てるように放り投げた。
「カタナ、貴女――」
血気にあふれた若い男性の声が、彼女のそれと重なって聞こえる。
「久しいな、蒼鬼の主」
刀はにやりと笑った。パーカーのフードの奥から、金色の瞳が物欲しそうにぎらぎら光る。
『主、あれが黒鬼だ』
(あれが……)
『いやはや、奴とまみえるのは実に三百六十年ぶりか。あまり逢いたくはなかったが』
蒼鬼が苦笑する。旧知の友人との再会を喜んでいるようにも、困惑しているようでもあった。
「情けだ。斬り殺す前に、貴様の名を聞いておこう」
「……蓮峰、蓮華よ」
「蓮峰? 貴様、蒼鬼の主であろう。斎宮の者ではないのか」
黒鬼は怪訝な顔を隠さなかった。おそらく、彼の記憶にある名前とは違ったのだろう。
「斎宮という家は、貴方が絶やしたと蒼鬼は言ってる」
「くっ、ははは!!! なんだ、あれは潰えたか! 嫡流から傍流に移るとは、蒼鬼もヤキがまわったものだな。貴様も斎宮の者と同じく、我が玄雪の餌食にしてくれる」
黒鬼はなにもない空間を左手で握る。現れた黒塗りの鞘から、太刀を引き抜いた。
黒錆の刀身に、刃が銀色に輝く。妖しく光るその刀は、凶器でありながら美しさもたたえている。
技術部の打刀より刀身が長く、やや厚みがある。軽く見積もって、刃渡りは八十センチ。鬼の武器だ、かなりの業物であることは間違いない。
「海堂クン、ここは私にまかせて局に戻って」
蓮華は黒鬼を睨む海堂に声をかけた。彼は今にも呪符を手に戦おうとかまえていた。
「蓮華さん!? この事態になにをおっしゃるんです!?」
「だからこそ、よ。貴方にははじめから伝令を頼むつもりだったわ。近藤クンを呼んできて。三人がかりなら、なんとかなる」
黒鬼は過去に、黄鬼という鬼との戦いで後手にまわっている。しかしその黄鬼の主は、現時点で確認されていない。黄鬼の生死も不明だ。
勝つ策としては、現在、鉄鬼の主である近藤に、助力を求めるのが一番だろう。彼と海堂、そして蓮華の三人がかりならば、黒鬼を止められるかもしれない。
「ですが!」
「私と貴方、なかよく一緒にやられても困るの。行って。あいつの目的は、とりあえず私みたいだから」
蓮華は空間を、再び局へつなげた。これで応援を呼ぶ時間は短縮できる。
黒鬼は太刀で肩を叩きながら、蓮華たちの出方をうかがっていた。
「俺は構わんぞ? 何人でも連れてくればいい。急げ、流鬼の主。こやつの首がつながっているうちにな」
「……っ、蓮華さん、ご武運を」
「頼んだわ」
海堂は振り返らず、空間にできた道を通っていった。
それを見届け、空間を閉ざす。さらに、魔の探知に張っていた結界を人払い用に編み直し、外部に影響のないよう、防御に切り替えた。
このマンション一帯を覆う結界が戦場だ。
「さて。それじゃあ、やりましょうか」
「ふん、その強気がいつまで続くか見ものだな!!」
黒鬼が地を蹴って走りだすのにあわせ、蓮華は矢をつがえた。




