2話 迫り来る者
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
翌朝、蓮華は必要最低限の会話だけかわし――包帯を替えるとかいつ戻る、など――、出ていった。
昨日の話の続きをする空気ではなかった。だまっている彼女は無表情で、まだ怒りが治まっていない様子に思えた。
「はぁ……参ったな」
今朝も、あの夢に蓮華が現れた。やはり斬り殺される瞬間に目覚めたので、最悪の場面は見ずにすんだのではあるが。
(あたし……どうなっちゃうんだろう)
不安に頭を抱えた刀の耳に、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「……はい? 誰、ですか?」
「カタナ! 俺だよ、俺!」
ドアを開けて入ってきたのは、学生服を着たアンディだった。
「アンディ! 久しぶり!」
負傷して以来、彼には一度も会っていない。二週間ぶりの再会だった。
アンディは子犬のようにさっと駆け寄り、ベッドのかたわらに腰を下ろした。
「ひどいケガしたってレンカや親父から聞いて、ずっと心配してたんだ。俺も看病に行くって言ったんだけど止められてて……」
「アンディは学生だもんね、それは仕方ないよ」
「あ、いや、まあ、それも理由の一つなんだけど――」
「?」
顔を赤らめるアンディに、刀は首をかしげた。なにを恥ずかしがっているのだろう。彼は膝の上で、両掌をつけたりはなしたりを繰り返す。
「その……か、カタナは、ケガ人で、女の人で、俺には、ええと、いろんな意味で刺激が強いって……」
「あ、そ、そういうことか。心配してくれただけで、あたしは嬉しいよ。来てくれてありがとう、アンディ」
思えば、包帯を替えるのは蓮華の役目だった。
アドルフがやってくれる時もあったが、なるべく肌を見る相手が異性ではないよう、蓮華が気を遣ったのだろう。アンディにとっては複雑な気持ちだったかもしれない。
「今日は、学校終わったの?」
「いや。カタナに会いたくて、早退してきた。レンカには場所を聞いてたし、手伝えることがないかなと思ってさ。なにか食べたいものとかあったら作るよ」
「……ありがとう。アンディに会えただけで、あたしは十分だよ」
「ええ? 大げさだなー」
それは、決して誇張ではなかった。
近しい人たちと会話をかわすだけで、悩みは薄れた。彼らの優しさが、安らぎを運んでくれた。
黒鬼にこの身体を乗っとられたら、こうして彼らと話すことはできなくなる。
その前に、しばらく会っていなかったアンディと話せた。刀にはもう、それだけで十分だった。
「大げさなんかじゃないよ。それに、まだあんまり食欲なくてさ。お粥くらいしか口に入んないし、気にしないで」
「お粥かあ。じゃあ、たまご雑炊はどうだ? ケガ治すには、体力つけなきゃ」
「あ……うん。お願いするよ」
作らせてほしい、とアンディの顔には書いてある。せっかく来てくれた彼の申し出を、無下にするのも忍びない。
「オッケー! じゃあ買い物行ってくるから、待っててくれよ!」
アンディは親指を力強くぐっと立て、慌ただしく部屋を出ていった。急ぎすぎて、つまずかなければいいが。
「それじゃ、気長に待ちますか……」
刀は半身を、再びベッドに沈めた。こうして身体を起こしていられるのも、長くて二十分が限界だ。アンディの言うとおり、体力はつけなければ。
しかし怪我が癒えてしまったあと、自分がどうなるのか。刀には見当もつかなかった。
◆
逃した獲物を追いはじめてから、十四度目の陽が昇っている。
同胞たちに依頼された件の重大さは、誰そ彼こと、十殺も認識していた。十殺とて、この人間界で糧を得ている。自分たちの勢力を脅かす人間の存在は、排除せねばならない。
標的の血の匂いは覚えている。どこに隠れても、見つける自信があった。のだが、それを巧妙に隠しているらしい、黒鬼の主はまだ見つからなかった。この日、とある男を見かけるまでは。
その男は金髪の青年だった。彼からは、蒼鬼の主の匂いがほのかに感じられた。
蒼鬼の主は、黒鬼の主と行動を共にしているはず。ならば彼を尾けていけば、おのずと居場所も分かる。
もし護衛もなく床に臥せっているのであれば、首を掻く最大の好機だ。
しかし青年を追う先には、蒼白い線が何本も張りめぐらせてあった。
侵入を察知するための結界だ。これを越えれば、間違いなく気付かれてしまう。
十殺はすぐにでも追いかけたいという、自分の衝動に堪えた。
おそらく、彼はまたここに戻ってくる。その足どりを頼りに、居場所を突きとめればよい。
暗殺は衝動で行っては失敗する。まぐれでうまくいっても、それはただの殺し。
武器を研ぎ、根気よく機を待ち、実行し、成功させる行為こそが暗殺だ。十殺はそれをよくわきまえていた。
はたして、青年は結界の中から足早に出てきた。
蒼鬼の主と会ったならば、その匂いが濃くなっているはずだが、それはなさそうだ。逆に、黒鬼の主の匂いが強くなっていた。
間違いない。目標は今、独りだ。
青年の姿が見えなくなり、ついに十殺は索敵の網にふれた。
明日は16時50分、21時半の更新となります。引き続きよろしくお願いいたします。




