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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
七章 黒鬼、覚醒
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1話 迷い

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 何度となく、暗闇の中に放りだされる。もはや状況を確認する必要もなかった。

 自分があの夢にいる。逃げるには十分すぎる理由だった。

 蓮華がそばに控えていようと関係ない。悪夢はいつでも、ぴたりと背中あわせにある。

「はあっ、はあっ……!」

 鎧を着た男は必ず現れ、刀を追いかける。それは今日も変わらなかった。

 少しずつ距離が詰まるのを感じながら、ひたすら走る。その繰り返し。

 斬られる。夢での出来事だと分かっていても、喉から恐怖の声をおさえることができない。

 だが、この日の夢は少し違った。男と刀のあいだに、誰かが割って入ったのだ。

 暗闇の中でも、なぜかはっきりと映った。

 稲穂のごとく、まばゆい光を放つ金色の長い髪、スーツを着た長身の女性の姿が。

 顔を見なくとも、誰かは知っていた。

 彼女は男の前に両手を広げ、立ちふさがった。蒼白い光が、彼らと刀を隔離する。

「だめっ、逃げてっ!!」

 刀はあらんかぎりの声で叫んだが、女性はそれに応えない。

 男が彼女に近付いていく。大上段に太刀をかまえ――。

「やめてぇっ!! ――……っ、はあっ、はあ、はあ……」

 彼女が斬られる瞬間は、見ずにすんだ。男を止めようとした瞬間、ベッドから跳ね起きたからだ。

 長くうなされていたらしい、喉が渇いている。ベッド脇におかれたペットボトルの水を、コップにそそぐことなく飲む。慌てたせいで気管に入ってしまい、しばらく咳が止まらなかった。

(……全然、寝れない)

 蓮華たちの看護により、刀はベッドから身を起こすまで回復していた。ただ、動けるのはほんの少しのあいだだけ。傷はまだ痛みをともなう。

 だが、怪我よりも悪夢のほうが深刻な問題になっていた。

 目覚める前は必ず、あの男が追いかけてくる夢。二本の角が生えた、鎧を着た背の高い男。それも毎回、斬り殺されるところまで。

(さっきの夢……あれは、蓮華だった)

 刀と男のあいだに(とつ)(じょ)現れた、金色の髪の女性。あれは間違いなく、相棒の姿だった。

 次にあの男が姿を見せたら、助けてほしい。その願いが、夢に反映されたのだろうか。

(でも、あれがもし現実になったら――)

「深刻な顔ね。どうかした?」

「蓮華……」

 ぶ厚い医学書を片手で開きながら、蓮華が部屋に入ってきた。

「また、怖い夢でも見た?」

「……」

 蓮華はベッドのそばにおかれたソファに身を沈めた。

 同じ夢を繰り返し見ていることは、彼女も知っている。つい二週間ほど前まで、アドルフと蓮華が、代わる代わる看病してくれた。

 目覚めた時に見知った人がいるだけで、悪夢からの恐怖は、(いく)(ぶん)か和らいだ。それでも――。

「ねえ、蓮華。もし、本当のあたしが、すごく極悪人だったらさ、蓮華はどうする?」

「……なにか、思いだしたの?」

「ううん。もしもさ、もしもの話」

 曖昧な質問に、蓮華は手に持っていた専門書を、ばたんと閉じた。さもめんどうくさそうに、息を吐く。

「私に課せられた任務は、貴女を監視すること。たとえ貴女が何者であろうと、それは変わらない。どうするもなにもないわ」

「もし、あたしが蓮華の敵になっても?」

「……貴女なにが言いたいの」

 彼女は怪訝そうに眉をひそめる。重厚な本の(そう)(てい)を人差し指で何度も叩きながら。

 そのリズムはゆったりとしたものではあったが、いらだちをおさえているようにも見えた。

 次の言葉を告げてしまえば、蓮華の怒りを買うかもしれない。視線だけは逸らさぬよう、刀はしっかり彼女を見据えた。

「怪我してから、毎日、夢であいつに追いかけられる。もしかしたら、近いうちに今のあたしはいなくなるかもしれない。蓮華を、傷付けるかも、しれない」

「そんなの、憶測でしかないでしょう」

「今さっきの夢は――あいつが、蓮華を。斬り殺す夢、だった」

 かけ布団を握る手に、思わず力が入った。

 日を追うごとに、夢は正夢に近付いている。(おく)(そく)だと言われても、本能がそうなると訴えている。男が刀を、〝たかが器〟と罵り、斬殺するビジョン。

 これは、彼が刀の精神を絶ち、身体の乗っとりを企んでいるのではないか。この危機感を蓮華には伝えておかねば、いざという時になにもできない。

「もし、もしあたしが、蓮華を殺そうとしたら。その時は、ためらわないで殺して。お願い」

「そう、言いたいことは分かったわ」

 蓮華はうなずき、おもむろに刀の顔に左手を伸ばした。

 そして、頬を思いきり引っ張った。

「いっ!? いひゃい、いひゃいよれんくぁ!!」

 あまりの痛さに、引きはがそうと腕をつかみかけた瞬間、頬から手がはなされた。

「っ、なにすんのさ!!」

「今みたいに、少しは抵抗してみたらどうなの」

「え?」

「貴女は相手が誰であろうと、無抵抗に命を差しだそうとする。助けたのがバカらしくなるわ」

 蓮華は立ち上がり、部屋を出ていく。

「二度と私の前で、その泣き言は口に出さないで」

 ドアが力まかせに閉じられ、部屋中が雷に打たれたように共鳴した。

(……怒らせちゃった、か)

 つままれた頬をさする。治りかけた傷よりも、鋭く痛んだ。


今後の更新は今日の21時半です。引き続きよろしくお願いいたします

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