1話 迷い
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
何度となく、暗闇の中に放りだされる。もはや状況を確認する必要もなかった。
自分があの夢にいる。逃げるには十分すぎる理由だった。
蓮華がそばに控えていようと関係ない。悪夢はいつでも、ぴたりと背中あわせにある。
「はあっ、はあっ……!」
鎧を着た男は必ず現れ、刀を追いかける。それは今日も変わらなかった。
少しずつ距離が詰まるのを感じながら、ひたすら走る。その繰り返し。
斬られる。夢での出来事だと分かっていても、喉から恐怖の声をおさえることができない。
だが、この日の夢は少し違った。男と刀のあいだに、誰かが割って入ったのだ。
暗闇の中でも、なぜかはっきりと映った。
稲穂のごとく、まばゆい光を放つ金色の長い髪、スーツを着た長身の女性の姿が。
顔を見なくとも、誰かは知っていた。
彼女は男の前に両手を広げ、立ちふさがった。蒼白い光が、彼らと刀を隔離する。
「だめっ、逃げてっ!!」
刀はあらんかぎりの声で叫んだが、女性はそれに応えない。
男が彼女に近付いていく。大上段に太刀をかまえ――。
「やめてぇっ!! ――……っ、はあっ、はあ、はあ……」
彼女が斬られる瞬間は、見ずにすんだ。男を止めようとした瞬間、ベッドから跳ね起きたからだ。
長くうなされていたらしい、喉が渇いている。ベッド脇におかれたペットボトルの水を、コップにそそぐことなく飲む。慌てたせいで気管に入ってしまい、しばらく咳が止まらなかった。
(……全然、寝れない)
蓮華たちの看護により、刀はベッドから身を起こすまで回復していた。ただ、動けるのはほんの少しのあいだだけ。傷はまだ痛みをともなう。
だが、怪我よりも悪夢のほうが深刻な問題になっていた。
目覚める前は必ず、あの男が追いかけてくる夢。二本の角が生えた、鎧を着た背の高い男。それも毎回、斬り殺されるところまで。
(さっきの夢……あれは、蓮華だった)
刀と男のあいだに突如現れた、金色の髪の女性。あれは間違いなく、相棒の姿だった。
次にあの男が姿を見せたら、助けてほしい。その願いが、夢に反映されたのだろうか。
(でも、あれがもし現実になったら――)
「深刻な顔ね。どうかした?」
「蓮華……」
ぶ厚い医学書を片手で開きながら、蓮華が部屋に入ってきた。
「また、怖い夢でも見た?」
「……」
蓮華はベッドのそばにおかれたソファに身を沈めた。
同じ夢を繰り返し見ていることは、彼女も知っている。つい二週間ほど前まで、アドルフと蓮華が、代わる代わる看病してくれた。
目覚めた時に見知った人がいるだけで、悪夢からの恐怖は、幾分か和らいだ。それでも――。
「ねえ、蓮華。もし、本当のあたしが、すごく極悪人だったらさ、蓮華はどうする?」
「……なにか、思いだしたの?」
「ううん。もしもさ、もしもの話」
曖昧な質問に、蓮華は手に持っていた専門書を、ばたんと閉じた。さもめんどうくさそうに、息を吐く。
「私に課せられた任務は、貴女を監視すること。たとえ貴女が何者であろうと、それは変わらない。どうするもなにもないわ」
「もし、あたしが蓮華の敵になっても?」
「……貴女なにが言いたいの」
彼女は怪訝そうに眉をひそめる。重厚な本の装丁を人差し指で何度も叩きながら。
そのリズムはゆったりとしたものではあったが、いらだちをおさえているようにも見えた。
次の言葉を告げてしまえば、蓮華の怒りを買うかもしれない。視線だけは逸らさぬよう、刀はしっかり彼女を見据えた。
「怪我してから、毎日、夢であいつに追いかけられる。もしかしたら、近いうちに今のあたしはいなくなるかもしれない。蓮華を、傷付けるかも、しれない」
「そんなの、憶測でしかないでしょう」
「今さっきの夢は――あいつが、蓮華を。斬り殺す夢、だった」
かけ布団を握る手に、思わず力が入った。
日を追うごとに、夢は正夢に近付いている。憶測だと言われても、本能がそうなると訴えている。男が刀を、〝たかが器〟と罵り、斬殺するビジョン。
これは、彼が刀の精神を絶ち、身体の乗っとりを企んでいるのではないか。この危機感を蓮華には伝えておかねば、いざという時になにもできない。
「もし、もしあたしが、蓮華を殺そうとしたら。その時は、ためらわないで殺して。お願い」
「そう、言いたいことは分かったわ」
蓮華はうなずき、おもむろに刀の顔に左手を伸ばした。
そして、頬を思いきり引っ張った。
「いっ!? いひゃい、いひゃいよれんくぁ!!」
あまりの痛さに、引きはがそうと腕をつかみかけた瞬間、頬から手がはなされた。
「っ、なにすんのさ!!」
「今みたいに、少しは抵抗してみたらどうなの」
「え?」
「貴女は相手が誰であろうと、無抵抗に命を差しだそうとする。助けたのがバカらしくなるわ」
蓮華は立ち上がり、部屋を出ていく。
「二度と私の前で、その泣き言は口に出さないで」
ドアが力まかせに閉じられ、部屋中が雷に打たれたように共鳴した。
(……怒らせちゃった、か)
つままれた頬をさする。治りかけた傷よりも、鋭く痛んだ。
今後の更新は今日の21時半です。引き続きよろしくお願いいたします




