表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
六章 たそがれにさく
45/68

12話 近づく足音

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

『今日はやけに熱くなったな。黒鬼の主がよほど気に入っていると見える』

 部屋を出たとたん、人を小馬鹿にする薄ら笑いが、頭の中に響く。小高い場所から蓮華たちを眺めている鬼の声。

「別にそういうのじゃなくて、私の信念の問題」

『ほう、信念とな』

「医者を目指す人間が、人を殺したがってる連中の側に立つべきじゃない」

 蓮華のプライドは、自分の地位だけを堅く守る上司たちに、屈することを許さなかった。

 子供のような笑顔を見せる、心根の優しい一人の女性。その命を(もてあそ)ぶなど、人間のあるべき姿ではない。祖父が蓮華の立場であれば、同じく抵抗したはずだ。

「どちらにせよ、怪我人をよこせだなんてよく言えたものだわ」

『意識が戻るかは分からぬしな』

「蒼鬼」

『――すまん、今のは軽率であったな。許せ』

 海堂は刀の命を救ってくれたが、時間の経過と出血だけはどうしようもなかった。脳に酸素が行きわたらない時間が長いほど、植物人間に(おちい)る可能性が強まる。こればかりは刀の回復力に賭けるのみだ。

 一週間は様子を見る必要がある、と彼は言っていた。今日がその七日目。

 今はアドルフに看てもらっている。なにか起きれば、すぐ連絡してもらう手筈だ。

「まあいいわ。それより、あなたに訊きたいことが」

『なんだ、改まって』

「鬼の主の覚醒って、魔にもある程度分かるの? カタナは黒鬼を完全に目覚めさせたわけではないのに、狙われたわ」

 犯人は、これまでも同僚を屠ってきた誰そ彼。しかし今回は、真っ先に障害となる退魔二課の局員を殺した上で、刀を襲撃した。これは明らかに、彼女を標的としたものだった。

 蓮華がすぐに駆けつけていなければ、誰そ彼は刀の命を奪い、離脱していただろう。

 振り返ってみれば、蓮華も現場復帰の話が出た日に襲われている。管理監室にいた人間以外、知る由もない情報を、どこで手に入れたのか。

『鬼も魔となんら変わらんよ。微弱なものであっても、その気配は力持つモノであれば感じとれる。同じ魔だからこそ、我らは奴らにとって脅威なのだ。危機が迫っているとなれば、噂であろうと一帯に話が伝わる』

 数では対異総合管理局よりも勝る彼らだ。鬼の脅威に対抗し、普段はたがいに争う魔たちが団結するらしい。

 覚醒前の黒鬼を確実に仕留めるため、東京一帯に根城をかまえた魔たちが、刺客を放ったと考えられる。

 ここ数週間で殺された局員たちは、おそらく黒鬼の血を引いた人間だろう。誰そ彼は完全な覚醒にいたらぬ黒鬼の主を探し、とにかく手あたり次第に命を奪ったのだ。

「つまり魔たちは情報網によって、問題対応する能力を持っている、ってわけ」

『そうだ。我々も生前はそれを利用していた。ときには奴らの仲間に変化し、わざと噂を流したり、同士討ちを誘ったりな。さすがに今は無理だが』

「それはそれで、えげつないやり方――」

 携帯のバイブレーションが鳴った。仕事用のスマートフォンではなく、旧式の携帯からだ。噂をすればなんとやら、相手はアドルフだった。

「もしもし、先生? なにかあったんですか?」

『レンカ! 聞いてくれ! カタナが目を覚ました!』

「! ……それ、本当ですか?」

 廊下の隅に移動し、蓮華は小さな声で訊ねた。盗聴を警戒して別名義の携帯を使っているが、声が大きければ内容がバレてしまう。

 刀には悪いが、彼女自身のためにも、今は意識不明のままが都合がいいのだ。

『ああ、すぐ眠っちまったがな。ただ、傷が熱を持っててうなされてる。状態はあんまりよくない』

「分かりました。海堂クンのところに寄って戻ります。現在の体温と容態を教えてください」

 蓮華は詳細をメモに控え、即座に海堂のいる病院へ向かった。


 眠りに落ちた刀が見たのは、先ほどと同じ暗闇に立つ自分。

 鎧の(さね)のこすれる音が聞こえてくる。

「……っ」

 身体が勝手に震える。金色の瞳が、こちらを(にら)みつけた。

 無駄だと思いながら、走った。あれに捕まったら、今度こそもう二度と、目を覚まさないかもしれない。

 とにかく足を動かす。ここがどこでもいい、逃げなければ。

「はあ、はぁ、はあっ!」

 呼吸がまったく落ち着かない。一歩ごとに酸素がうまく吸えなくなっている。

 化け物が追いかけてくるのは分かっていたが、振り返って後ろを見る余裕はない。

「どこへ行く」

「……っ!!」

 男の低い声が響く。

 後ろにいたはずの何者かは、刀の目の前に立ちふさがっていた。

 金色の瞳と太刀の光が、闇の中で(あや)しく輝く。

「どこへ行くと訊いているのだ」

「……あ、あなたは――」

 刀の問いは、声の主が振るった剣風に掻き消された。見えない刃が刀を斜めに切り裂き、通りすぎていく。

「たかが器が。俺の問いに問いを返すな」

 血が噴きだし、身体が力なく崩れていく。倒れながら、刀はその男の顔を見た。

 闇に溶けるほどの黒い髪と、(ぞう)()のように白い、一対の角を――。


 夢だと気付いたのは、喉の(つか)えに咳が出た時だ。新しい酸素が欲しいのに、なかなか咳は止まらなかった。

「――うっ!」

 傷が熱を持っている。咳きこむだけで激痛が走った。

(……あの、ゆめ、は)

 刀は痛みを耐えながら、意識を必死にたぐり寄せる。

 先のものと似た夢だったが、今度は自分を追いかける男の声を聞き、顔を見た。

 全身から汗が噴きだしている。彼の持つ殺気は尋常ではなかった。

 これまでどんな魔に対しても、怖いと思ったことはなかった。武器を握れば、そんな気持ちすら起きなかったからだ。

 だが、あの男は違う。得物を手に(たい)()したとしても、恐怖はしまいこめまい。

「っ、は、ァッ。い、っ、つ――!」

 再び腹部の傷が痛みを訴えた。片手で傷口を押さえる。が、治まる気配を見せない。背中を丸めてこらえようにも、重たい身体はいうことを利かない。

 ベッドを覆う、翠色の結界が発光した。癒やしの効果を持っているのか、光は刀の体内に吸収され、痛みは少しずつ和らいでいく。蓮華の手によるものかもしれない。

「目が覚めたみたいね」

「れ、んか……?」

 部屋に入ってきたのは、一週間ぶりに会う相棒の姿だった。いや、もうそれ以上に時間が経っているのかもしれない。刀には、今が朝か昼か夜かも分からないのだから。

 蓮華はかたわらに座りこむと、刀の腹部に手をかざした。傷口にしぶとく留まっていた痛みが引く。

 結界の光よりも、彼女の治癒術のほうが効果が高いらしい。呼吸するのもずいぶん楽になった。

「ここ、は……?」

「前の相棒が借りてる部屋よ」

 そこまで話すと、蓮華は口を閉ざした。まるでこれ以上、語るのをためらうように。

「れんか……?」

 彼女は長く、息を吐いた。

「ごめん。私が貴女を独りにしたばかりに、危険な目に遭わせた。――いえ、今も。本当は病院で治療すべきなのは分かってる。でも、貴女を狙う輩がいないとも限らないから、ここに運んだの」

 ごめんなさい。もう一度、蓮華は謝罪をこぼす。

「あやまんないでよ、れんか。……たすけて、くれて、ありがと」

 彼女が自分を助けてくれた。意識を失う前、一体誰が来てくれるのかと考えていただけに、刀は救われた心地だった。

「……あたりまえよ。相棒でしょ」

 蓮華は照れているのか、刀から視線を()らした。

 それがおかしくて笑いそうになるのを、かろうじてこらえる。痛みが引いたのは、一時的なものだ。傷に響く行為は最小限に留める。

「少しだけ、話を聞かせて。あの日、貴女はなにに襲われたの?」

「――」

 刀は答えに詰まった。このまま正直に答えていいのだろうか。自分を助けてくれた相手にやられた、など。

「ま、だいたい見当はついてるわ。私に襲われたんでしょう?」

「ど、して、」

「あたりみたいね。貴女をやったのは、人に擬態する魔よ」

「そう、だった、んだ。よかっ――!!」

 意識を失う瞬間の記憶が、映画のワンシーンのように思いだされる。

 敵か味方か分からぬまま、剣を振るった相手は、本物の蓮華ではなかったか。

 刀は彼女の右腕をつかんだ。持てるだけの力で、シャツの袖をめくろうと試みた。

「れんかっ、うでっ、うでは!? けがしてない!?」

「落ち着きなさい、傷に障るわ。腕ならほら、大丈夫」

「で、でも……」

 あの時、彼女は刀が振り下ろした打刀を、術を使わないまま、右腕で防いだ。

 結界の蒼白い光は、多量出血で視界が薄れていた刀にも、よく分かった。しかし、右手で受けた一撃だけ、その光は見られなかったのだ。

「鍛えてるから、あれくらい平気よ。それよりもう休みなさい。だいぶ熱は引いたけど、安静に――どうかした?」

「やすみ、たくない」

 気をゆるめれば、まぶたはいつだって下ろせた。本能に逆らい、拒否信号を脳に送る。今は、眠りたくない。目を閉じれば、あの夢がまた繰り返されるだけだ。

「こわいゆめ、みたから。やすみたく、ない」

 思いだすだけで、身体の震えが止まらない。

「……どんな夢だったの」

「よろいきた、おとこのひと。あたまに、つの、があった。……そのひとが、あたしをおいかけてくるの。かたなを、もって、あたしを――っ」

「……大丈夫。そばにいるから、安心しなさい」

 蓮華は刀の手を包みこみ、おだやかな声で言った。

「ほん、とに?」

「ええ。だから、おやすみなさい」

「……そのひとが、またでたら、たすけてよ?」

「ええ。必ず追い払う」

「そっ、か……それなら、あんしん、かな」

 結界の光が、再び刀を包みこむ。

 蓮華の手の温もりを感じながら、まぶたを閉じた。


長い章となりましたが、これで六章は終わりです。次回もお楽しみに。

また今日の更新は19時半、21時半です。引き続きよろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ