12話 近づく足音
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
『今日はやけに熱くなったな。黒鬼の主がよほど気に入っていると見える』
部屋を出たとたん、人を小馬鹿にする薄ら笑いが、頭の中に響く。小高い場所から蓮華たちを眺めている鬼の声。
「別にそういうのじゃなくて、私の信念の問題」
『ほう、信念とな』
「医者を目指す人間が、人を殺したがってる連中の側に立つべきじゃない」
蓮華のプライドは、自分の地位だけを堅く守る上司たちに、屈することを許さなかった。
子供のような笑顔を見せる、心根の優しい一人の女性。その命を弄ぶなど、人間のあるべき姿ではない。祖父が蓮華の立場であれば、同じく抵抗したはずだ。
「どちらにせよ、怪我人をよこせだなんてよく言えたものだわ」
『意識が戻るかは分からぬしな』
「蒼鬼」
『――すまん、今のは軽率であったな。許せ』
海堂は刀の命を救ってくれたが、時間の経過と出血だけはどうしようもなかった。脳に酸素が行きわたらない時間が長いほど、植物人間に陥る可能性が強まる。こればかりは刀の回復力に賭けるのみだ。
一週間は様子を見る必要がある、と彼は言っていた。今日がその七日目。
今はアドルフに看てもらっている。なにか起きれば、すぐ連絡してもらう手筈だ。
「まあいいわ。それより、あなたに訊きたいことが」
『なんだ、改まって』
「鬼の主の覚醒って、魔にもある程度分かるの? カタナは黒鬼を完全に目覚めさせたわけではないのに、狙われたわ」
犯人は、これまでも同僚を屠ってきた誰そ彼。しかし今回は、真っ先に障害となる退魔二課の局員を殺した上で、刀を襲撃した。これは明らかに、彼女を標的としたものだった。
蓮華がすぐに駆けつけていなければ、誰そ彼は刀の命を奪い、離脱していただろう。
振り返ってみれば、蓮華も現場復帰の話が出た日に襲われている。管理監室にいた人間以外、知る由もない情報を、どこで手に入れたのか。
『鬼も魔となんら変わらんよ。微弱なものであっても、その気配は力持つモノであれば感じとれる。同じ魔だからこそ、我らは奴らにとって脅威なのだ。危機が迫っているとなれば、噂であろうと一帯に話が伝わる』
数では対異総合管理局よりも勝る彼らだ。鬼の脅威に対抗し、普段はたがいに争う魔たちが団結するらしい。
覚醒前の黒鬼を確実に仕留めるため、東京一帯に根城をかまえた魔たちが、刺客を放ったと考えられる。
ここ数週間で殺された局員たちは、おそらく黒鬼の血を引いた人間だろう。誰そ彼は完全な覚醒にいたらぬ黒鬼の主を探し、とにかく手あたり次第に命を奪ったのだ。
「つまり魔たちは情報網によって、問題対応する能力を持っている、ってわけ」
『そうだ。我々も生前はそれを利用していた。ときには奴らの仲間に変化し、わざと噂を流したり、同士討ちを誘ったりな。さすがに今は無理だが』
「それはそれで、えげつないやり方――」
携帯のバイブレーションが鳴った。仕事用のスマートフォンではなく、旧式の携帯からだ。噂をすればなんとやら、相手はアドルフだった。
「もしもし、先生? なにかあったんですか?」
『レンカ! 聞いてくれ! カタナが目を覚ました!』
「! ……それ、本当ですか?」
廊下の隅に移動し、蓮華は小さな声で訊ねた。盗聴を警戒して別名義の携帯を使っているが、声が大きければ内容がバレてしまう。
刀には悪いが、彼女自身のためにも、今は意識不明のままが都合がいいのだ。
『ああ、すぐ眠っちまったがな。ただ、傷が熱を持っててうなされてる。状態はあんまりよくない』
「分かりました。海堂クンのところに寄って戻ります。現在の体温と容態を教えてください」
蓮華は詳細をメモに控え、即座に海堂のいる病院へ向かった。
眠りに落ちた刀が見たのは、先ほどと同じ暗闇に立つ自分。
鎧の札のこすれる音が聞こえてくる。
「……っ」
身体が勝手に震える。金色の瞳が、こちらを睨みつけた。
無駄だと思いながら、走った。あれに捕まったら、今度こそもう二度と、目を覚まさないかもしれない。
とにかく足を動かす。ここがどこでもいい、逃げなければ。
「はあ、はぁ、はあっ!」
呼吸がまったく落ち着かない。一歩ごとに酸素がうまく吸えなくなっている。
化け物が追いかけてくるのは分かっていたが、振り返って後ろを見る余裕はない。
「どこへ行く」
「……っ!!」
男の低い声が響く。
後ろにいたはずの何者かは、刀の目の前に立ちふさがっていた。
金色の瞳と太刀の光が、闇の中で妖しく輝く。
「どこへ行くと訊いているのだ」
「……あ、あなたは――」
刀の問いは、声の主が振るった剣風に掻き消された。見えない刃が刀を斜めに切り裂き、通りすぎていく。
「たかが器が。俺の問いに問いを返すな」
血が噴きだし、身体が力なく崩れていく。倒れながら、刀はその男の顔を見た。
闇に溶けるほどの黒い髪と、象牙のように白い、一対の角を――。
夢だと気付いたのは、喉の支えに咳が出た時だ。新しい酸素が欲しいのに、なかなか咳は止まらなかった。
「――うっ!」
傷が熱を持っている。咳きこむだけで激痛が走った。
(……あの、ゆめ、は)
刀は痛みを耐えながら、意識を必死にたぐり寄せる。
先のものと似た夢だったが、今度は自分を追いかける男の声を聞き、顔を見た。
全身から汗が噴きだしている。彼の持つ殺気は尋常ではなかった。
これまでどんな魔に対しても、怖いと思ったことはなかった。武器を握れば、そんな気持ちすら起きなかったからだ。
だが、あの男は違う。得物を手に対峙したとしても、恐怖はしまいこめまい。
「っ、は、ァッ。い、っ、つ――!」
再び腹部の傷が痛みを訴えた。片手で傷口を押さえる。が、治まる気配を見せない。背中を丸めてこらえようにも、重たい身体はいうことを利かない。
ベッドを覆う、翠色の結界が発光した。癒やしの効果を持っているのか、光は刀の体内に吸収され、痛みは少しずつ和らいでいく。蓮華の手によるものかもしれない。
「目が覚めたみたいね」
「れ、んか……?」
部屋に入ってきたのは、一週間ぶりに会う相棒の姿だった。いや、もうそれ以上に時間が経っているのかもしれない。刀には、今が朝か昼か夜かも分からないのだから。
蓮華はかたわらに座りこむと、刀の腹部に手をかざした。傷口にしぶとく留まっていた痛みが引く。
結界の光よりも、彼女の治癒術のほうが効果が高いらしい。呼吸するのもずいぶん楽になった。
「ここ、は……?」
「前の相棒が借りてる部屋よ」
そこまで話すと、蓮華は口を閉ざした。まるでこれ以上、語るのをためらうように。
「れんか……?」
彼女は長く、息を吐いた。
「ごめん。私が貴女を独りにしたばかりに、危険な目に遭わせた。――いえ、今も。本当は病院で治療すべきなのは分かってる。でも、貴女を狙う輩がいないとも限らないから、ここに運んだの」
ごめんなさい。もう一度、蓮華は謝罪をこぼす。
「あやまんないでよ、れんか。……たすけて、くれて、ありがと」
彼女が自分を助けてくれた。意識を失う前、一体誰が来てくれるのかと考えていただけに、刀は救われた心地だった。
「……あたりまえよ。相棒でしょ」
蓮華は照れているのか、刀から視線を逸らした。
それがおかしくて笑いそうになるのを、かろうじてこらえる。痛みが引いたのは、一時的なものだ。傷に響く行為は最小限に留める。
「少しだけ、話を聞かせて。あの日、貴女はなにに襲われたの?」
「――」
刀は答えに詰まった。このまま正直に答えていいのだろうか。自分を助けてくれた相手にやられた、など。
「ま、だいたい見当はついてるわ。私に襲われたんでしょう?」
「ど、して、」
「あたりみたいね。貴女をやったのは、人に擬態する魔よ」
「そう、だった、んだ。よかっ――!!」
意識を失う瞬間の記憶が、映画のワンシーンのように思いだされる。
敵か味方か分からぬまま、剣を振るった相手は、本物の蓮華ではなかったか。
刀は彼女の右腕をつかんだ。持てるだけの力で、シャツの袖をめくろうと試みた。
「れんかっ、うでっ、うでは!? けがしてない!?」
「落ち着きなさい、傷に障るわ。腕ならほら、大丈夫」
「で、でも……」
あの時、彼女は刀が振り下ろした打刀を、術を使わないまま、右腕で防いだ。
結界の蒼白い光は、多量出血で視界が薄れていた刀にも、よく分かった。しかし、右手で受けた一撃だけ、その光は見られなかったのだ。
「鍛えてるから、あれくらい平気よ。それよりもう休みなさい。だいぶ熱は引いたけど、安静に――どうかした?」
「やすみ、たくない」
気をゆるめれば、まぶたはいつだって下ろせた。本能に逆らい、拒否信号を脳に送る。今は、眠りたくない。目を閉じれば、あの夢がまた繰り返されるだけだ。
「こわいゆめ、みたから。やすみたく、ない」
思いだすだけで、身体の震えが止まらない。
「……どんな夢だったの」
「よろいきた、おとこのひと。あたまに、つの、があった。……そのひとが、あたしをおいかけてくるの。かたなを、もって、あたしを――っ」
「……大丈夫。そばにいるから、安心しなさい」
蓮華は刀の手を包みこみ、おだやかな声で言った。
「ほん、とに?」
「ええ。だから、おやすみなさい」
「……そのひとが、またでたら、たすけてよ?」
「ええ。必ず追い払う」
「そっ、か……それなら、あんしん、かな」
結界の光が、再び刀を包みこむ。
蓮華の手の温もりを感じながら、まぶたを閉じた。
長い章となりましたが、これで六章は終わりです。次回もお楽しみに。
また今日の更新は19時半、21時半です。引き続きよろしくお願いいたします




