9話 それぞれの思惑
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
ドアの先には、薄暗い部屋。ベッドサイドの灯りだけが、おぼろげにあたりを照らしている。
蓮華はその部屋の中へ入った。ドアを閉めれば空間は閉ざされ、あとを追われる心配はない。
「お帰りなさい、蓮華さん」
部屋にいたのは、元相棒で流鬼の主、海堂豊だった。いつもの笑顔で迎える彼に、少なからず気が楽になる。
「途中で抜けてごめんなさい。カタナは?」
ベッドには青白い顔の刀が、酸素マスクと点滴、生体情報モニタにつながれている。
そのベッド全体が、蓮華と海堂がほどこした翠色の結界で覆われている。重傷の人間の回復を補助する治癒結界だ。
「ひとまず、一命は取りとめました。失血死の恐れは回避できたかと」
「……ありがとう。助かったわ」
「いえ、こちらこそです。蓮華さんの応急処置がなかったら、助けられなかったかもしれません」
医者になるための勉強が、はじめて役に立った。ほどこした処置が正しいものであったことに胸をなで下ろす、しかし――。
「まだ、予断を許さない状況が続いている、のよね」
「はい、一週間は様子を見る必要があるでしょう。病院への移送をおすすめします」
蓮華はモニタに映しだされた心拍数と血圧の値を睨みつけた。海堂の見立てどおり、刀の容態は不安定だ。
「分かってる。設備が十分でないここより、病院なら急変した時に対応しやすい。でも」
退魔二課の生き残りは近藤を通し、病院に搬送する手配をしてもらったのだが、刀に関してはそれを避けた。
「カタナが死んだほうがいいと思っている人たちもいる。誰かがそういう人たちにそそのかされる、いえ、命令されて拒否できない事態が、ないと言える?」
「――それは」
「ごめん、貴方の同僚を疑うようなことを言って。でも、これが一番安全なのよ」
病院内では、様態急変に見せかけた暗殺があるかもしれない。ここで海堂が刀を救っても、無駄になってしまう。
そう判断し、はじめからアドルフの家でも病院でもない、海堂のセーフハウスに刀を運んだ。ここならば、管理局の目もごまかせる。
ただの杞憂であってほしいと、管理官に報告するまでは思っていた。が、新田の反応を見るかぎり、よりその可能性が高まった。
「謝らないでください。私も蓮華さんの立場なら、多少リスクがあってもこの道を選ぶでしょう。あとは、彼女の生命力に賭けるのみです」
「……そうね」
蓮華が治癒の術を掛け続けたとはいえ、刀はいつ命を落としてもおかしくない状態だった。
鬼の主として完全に覚醒すれば、身体能力は格段に上がる。鬼の魂を肉体に結びつける代わり、固有の力をはじめとした恩恵を受けられるからだ。
一般人や局員ならともかく、鬼の主ならば、重傷であっても死の淵から生還する可能性が高い。
しかし刀は覚醒が半端なため、その恩恵の外にある。手術に耐えられたのは、彼女の生きようとする力が強かったからにすぎない。
意識が戻るまでは、ひと時も目がはなせない。一命を取りとめたとはいえ、刀は棺桶に片足を入れた状態だ。
「そういえば、前に蓮華さんがおっしゃっていた件ですが」
「……ごめん、どの件かしら」
すぐに思いだせず、蓮華は頭を軽く叩いた。疲れと緊張のため、現状以外に意識を向けられない。
「楠木さんの訓練所での方針について、です。あれからなかなかお伝えできなかったので」
「ああ、そういえば、そうだったわね」
はじめての任務で、刀は人が変わったように魔を斬り伏せた。戦闘に特化しすぎている、と感じるに十分だった。
局が彼女を兵器にするための教育を行ったのではないか。刀に対する恐怖を煽っておきながら、恐怖そのものを彼らが生みだしているならば、矛盾もいいところだ。そう疑ったのだ。
刀が言うには、得物が真剣に近い形状であるほど、意識が切り替わるとのことだった。
ただ、蓮華もこの一ヶ月、それに慣れてきたのもあって、気にはならなくなってきていた。声をかければ刀も我に返って応えたし、コンビネーションもとれていたからだ。
「やはり訓練所の方針に、不審な点は見受けられませんでした。むしろ想定していた訓練が、楠木さんの持つ剣術によって狂わされ、それ以降はほぼ指導なしへ転換したようです。それも訓練所の所長の独断で。もちろん局に報告はされていません。それだけ脅威に感じたということでしょう」
そういえば、局や魔に対する知識を、刀はほとんど知らされていなかった。本来ならば訓練中に教えられるのだが。
しかしそれを除いても彼女は初陣で動じていなかったし、むしろ圧倒的な剣術で魔を殲滅させた。まともに訓練をさせてもらえなかったとは、誰も信じないだろう。
「……そう。杞憂だったのなら、よかった」
長い息を吐く。頭が鉛のように重かった。ほんの少しだけ、視界もぼんやりしている。目と目のあいだを軽く押してみたが、あまり効果はなかった。
「蓮華さん。今は私が看ていますから、隣の部屋で休まれてください。来客用の布団、敷いておきましたから」
「――いえ、大丈夫。私もここにいる」
刀の容態が安定しないうちに、自分だけが休息をとるわけにはいかない。
「昨日から今日まで、私よりもずっと力を使い続けている。その義手も着けたまま。お疲れのはずです」
「でも」
「それに、少し顔色が悪いですよ。熱はないようですが……さすがの私でも、一度に二人のめんどうは見きれませんから」
額にあてられた手を、蓮華は跳ねのけられなかった。彼の言うとおり、体力の限界点に達しようとしている。
ここで倒れてしまったら、海堂の負担も増えるばかりだ。
「……分かった。夕方になったら、交代するわ。起きなかったら、叩き起こして」
「承知しました。ご入り用でしたら、睡眠導入剤を処方しますよ」
その申し出は断った。薬が効きすぎて、うっかり明日の朝まで眠ってしまったら元も子もない。海堂にも休憩は必要だ。
隣のリビングには、確かに布団が一式、敷いてあった。右の義手を外し、布団にべたりと貼りつく。
すぐさまやってくる睡魔に、蓮華は意識を手放した。
◆
暗闇の世界は魔にとって居心地のよい、自身の力を最大限に発揮できる場所だ。
彼らはそれぞれのなわばりを持ち、時に勢力を争う。ところが重大な事件が発生した場合、誰かが提案する前に自然と集まり、対策を話しあう柔軟性もあった。
魔の群の中、中央に人型の魔が立っている。全身は墨のように真っ黒で、その顔には目も鼻も口もなく、のっぺりしている。
「それでは、そろそろ話をはじめようか」
銀翼の少年が口を開く。彼がこの会議の主催らしい。即座に魔たちからの反応が飛びだした。
「単刀直入に訊ねる。十殺よ、黒鬼の主は倒せたのか?」
魔の群の中から、大柄の男が進みでた。鍛えあげられた肉体に、顔を二つ持つ妖だった。
『重傷を負わせた。トドメを刺す前に邪魔が入った』
十殺と呼ばれたのっぺらぼうの魔――人間たちには誰そ彼の名がつけられている――は、口を開かずに答えた。
確実に命を奪えなかったことに、魔たちは不安げな声を上げた。
「それは失敗ではないか! 奴が本当に目覚めれば、やられるのは我々だぞ。黒鬼は人間に味方しないが、我々にも与しない奴だ。十殺、我々はお前に賭けているのだ。それが分かっているんだろうな!?」
「そうだそうだ!」
二面の男に呼応し、周りの魔が攻め立てる。十殺は彼らの非難を平然と受け流した。
『目覚めれば、の話だ。鬼の力を持たない手負いのヒト一人、すぐに片がつく』
「……いいだろう。だが失敗した時は、お前の首をもらうからな」
いくつものぎらつく瞳が、十殺を囲む。彼らは結局、根っこの部分では敵でしかないのだ。
『好きにしろ』
十殺は球体に姿を変え、魔の輪から抜けだした。ようやく見つけた黒鬼の主、彼女を完全にこの世から葬り去るために。
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