7話 拍動
息を長く吐きながら、刀は周りの音に耳をかたむけていた。出血が止まらないため、視界はぼんやりしたものしか映らない。どれだけの時間が経っているのかも、今の刀には判断できなかった。
「――っ!」
どくんと心臓が跳ねた。蒼鬼と顔をあわせた時と、同じ痛みが胸を差す。
こつん、こつんと廊下に足音が響く。ゆったりとした足どりで、人気を失ったこの構内を誰かが歩いている。考えうるのは相棒か、その姿を模した魔。
「っ!! ……ぁ」
再び、胸が激しく拍動した。講義室のドアが開き、足音の主が入る。やはりなにか探しているのか、部屋の中をゆっくり確認している。
(ここで倒さなきゃ、今度こそ、やられる)
胸の痛みは治まるどころか、脈打つ速さと共に、強くなる一方だった。傷よりもずっと、鮮烈な激痛。いずれは意識を失うだろう。
痛みの原因は間違いなく、この何者かだ。茶色の呪符を取りだし、身体に貼りつける。
足音がはっきり聴きとれる距離になったのを合図に、刀は教卓の裏から飛びだした。
「!!」
白銀の光が矢のように飛びこむ。蓮華は身をひねり、後方に転回した。が、その着地を狙われた。何者かの影が目の前に迫る。
「っ!!」
防御結界を張るひまもなく、とっさに右の義手で受けた。
ぎぎっ、と鈍い金属音が響く。日本刀のような刃物が、腕を断とうとしていた。
蓮華は左足を踏みだし、力まかせに右腕を振り抜いた。相手は弾かれた勢いで数歩下がったが、即座に立て直し、再び突撃した。
相手の動きを止めようとかまえた、蓮華の前から気配が消える。いや、その頭上。空中から殺意が降ってくる。
『レンカ!!』
「ちっ!」
蒼鬼の警告に、意識を瞬時に絞る。机が所狭しと設置されたここでは、避けるのも困難だ。空間を転移、必殺の剣を躱す。
空振りに終わった奇襲は、直前までいた場所をずたずたに裂く。悔しそうに、相手が歯をきしませる。
襲撃者は三度目の突撃を敢行、袈裟に刃を振り下ろした。
甲高い風の音と共に、机が切り刻まれる。
机の断末魔と破片が扇状に広がりながら、鋭利な刃物と化して蓮華を襲った。術でそれを防ぐものの、これでは前に出られない。
「くぅ……っ!」
(この強さ……まさか、黒鬼!?)
さらにもう一振り、先よりも威力の強い一撃が加えられた。右腕がきしむ。後ろに追い詰められれば、下手に空間転移を使うのは危険だ。狭い場所では転移先を読まれやすい。
結界を断ち切ろうと、三撃目の刃が弧を描く。そのまま首を刈らんばかりに。
講義室全体が剣気を受けて吼える。ぴしり、と防御の要にヒビが入り、蓮華は叫んだ。
「カタナ! 私よ!! 分からないの!?」
「っ!!」
相手の動きが止まる。蓮華もそれにあわせて結界を解いた。これ以上、あちらを刺激する必要はない。
「……れん、か?」
か細い声。いつもの元気は失われているが、聞き覚えのある声だ。
「ええ。蓮峰蓮華よ、貴女の相棒の」
「……」
がちゃん、となにかが床に落ちる。相手が手に持っていた打刀が、抜け落ちた音だった。
「カタナ!!」
蓮華の声を聞いて安心したのか、刀は糸が切れたように倒れた。
すぐさま身を助け起こす。左手がぬるりと滑った。
「カタナ、貴女――」
「……っ、は。ごめ……ん。め、よく、みえなく、て。てき、かと。けが、しなかっ、た?」
「バカ、話さないで。なんて無茶をしたの」
刀がほどこした応急処置の上から、強く傷口を縛る。海堂からもらった治癒の呪符も、血を吸いこみ、元の色がどんなものだったか思いだせない。
多量出血に加え、今の一連の動き。重傷の身でできる限界はとっくに超えている。
「てき、まだ、ぃるかも……。きを、づけ、っ!!」
刀は血を吐いた。内臓まで達する怪我だ。鬼の力が覚醒しているならばまだしも、彼女の肉体はほとんど一般人と同じ。このままでは命を落としかねない。
「カタナ! しっかりして!」
大出血を起こしている箇所に治癒の術を掛けながら、耳元に叫ぶ。だが、その声に刀が応えることはなかった。




