3話 ある鬼の兆し
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「……完全な覚醒ではない、とはどういうことですか」
「一度、力の顕現を見ましたが、それ以降は確認されていません。つまり、黒鬼からは鬼の主とは認められていない。しかしながら、その際に無関係の一般人を斬殺しています。黒鬼がこの者の身体を乗っとり、殺戮を行う恐れは十二分にある。過去存在した黒鬼の主は、明暦の大火をまねいています。これは黒鬼が主の肉体を奪った結果です」
白沢の声は淡々としたものだったが、蓮華は言葉を失った。そんな救いのない化け物が、復活しようとしている。
明暦の大火は、江戸時代に起きた大火事だ。二日間にわたった火事は、江戸の街はもちろん、江戸城の天守閣さえ焼きつくした。今、東京に同じ大火が発生すれば、予想される被害は過去の比ではない。
「完全な覚醒の前に、主候補を内々に処理する方法も考えられました。しかし、魔のモノの勢力は苛烈さを増しています。黒鬼が我々の管理下に入れば、魔への有効な一打となります。蓮峰さん、貴女には、黒鬼の監視と制御をお願いしたいのです」
(涼しい顔で難しい注文するわね……この管理官)
過去の実態を把握していながら、なお理想を追い求める。いかにも若い上司が考えそうなことだった。
「私は現実的でないと思うし、処分は早いほうがいいと言ったんだがね、確かにその点も捨てきれない……」
「右に同じく」
これまでだまっていたもう一人の男性も、新田に続いてうなずく。
蓮華の休職以前、退魔一課は新田が力を振るっていた。一年のあいだに、うら若き管理官が主導権を握るなど、誰も予想がつくまい。
しかし、彼女は首を縦に振らなかった。いや、振れない理由があった。
「なぜ、私なのでしょう。私以外にも適任は――、鬼の主はいます。こんな、片腕の人間では」
蓮華は右の二の腕を、精一杯の力をこめて動かした。シャツの袖は、一定の場所からだらりと折れ、小さく揺れている。
彼女の右腕は、二の腕から下がなかった。
「黒鬼と対した記憶を多く持つ蒼鬼、その主であり、誰よりも鬼の力をうまく操るのは貴女しかいません。他の主にはそれぞれに任務があり、さらに負担は難しい。無理を承知でお願いしたいのです」
「復学した場合の学資金等、できることはこちらで援助する。引き受けてもらえないか」
「蓮峰君。我々、いや、この国のためにも、頼む……!」
三人がそろって頭を下げる。
「……少し、考えさせてください」
そう言ったものの、逃げ道がないことは分かっていた。鬼の主である以上、彼女ははじめから、拒否権を持っていないに等しかった。




