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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
六章 たそがれにさく
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6話 血の道

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 もう少し早く手続きに来るんだった、と蓮華は今さらながら後悔した。教授に長く捕まってしまい、想定した三十分を超えてしまったのだ。

 この一ヶ月、自身の仕事の勘を取り戻しながら、刀の監視をはじめ、悩まされる案件が多かった。

 急に非日常に引き戻されたのだから仕方ないのだが、どう(つくろ)っても言い訳にしか聞こえない。母の怒りの訪問がないことを祈るばかりだ。

 事務所の外を出たところで足が止まった。

 講堂が、紫の(もや)に覆われている。なんらかの結界だ。それも、建物がすっぽり収まるほどの。

(あれは――)

『あの結界、鬼のものではないな』

「しまった!」

 蒼鬼の声に、蓮華は弾かれたように走りだした。

 あれを展開できる魔はそう存在しない。一級クラスの魔相手は、刀一人では荷が重すぎる。

「強行突破するわよ、蒼鬼」

『承った』

 右手に鬼の力をこめる。蒼鬼の空間を操る能力は、使役者によって自在にその形を変えられる。盾としても、武器としても。

 自分の背丈ほどの盾をイメージし、魔の結界にねじこませる。

 異物を強引にぶつけられた魔の防壁は、蓮華の侵入を阻めない。

 人気のなさを除けば、中はいたって普通だ。特別な力を持つ者以外は、誰も気付かないだろう。

(反撃なし、蒼鬼を拒む力もなかった。人払いのためか)

 侵入に抵抗して攻撃を行う結界もあるが、これは無意識にこの場を避けるよう意図された、人払いの結界。第三者を排除した上で、刀一人を狙ったに違いない。

 次第に、むせ返るほどの鉄のにおいが鼻を突いた。

「ひどいわね……」

 構内に造られた池の木々に、倒れ伏した男の姿が次々と目に入った。あわせて五人。誰もがたがいの目の届く場所でやられている。蓮華たちを監視していた、退魔二課の人間だった。

 二課の監視班は三から五チームで一つの班だ。一チームの構成は五人だから、彼らは同一チームの人間だろう。全員、すでにこと切れている。いずれも深い切り傷と刺し傷、出血多量によるショック死だ。

 法学部の裏手には男が二人、倒れていた。先の男たちと同じ格好と装備、別のチームだろう。かろうじて、一人には息がある。彼らの中でも、最も若い局員だった。

「貴方、一体誰にやられたの?」

 まだ助けられる傷だ。止血帯を縛り、応急処置をほどこしながら(たず)ねた。

「っ、こ、こっきの……あるじ、に」

 退魔二課の手負いは、おびえた声で言った。

「――ここにいて。助けを呼ぶから、気をしっかり持ちなさい。いいわね?」

 そんなはずはない、と喉元まで出かかるのをこらえる。いつかこうなると分かっていたことだ。深呼吸を一つ、講堂へ向かう。

 なだらかな坂を一気に駆け上がると、血のにおいがより強くなった。

 講堂の前には、黒髪の女性の姿があった。足下には血だまりに倒れ伏した退魔二課の人間。逃げ惑っていたところを斬られたのか、背中には大きな刀傷が開いている。

「カタナ!」

 刀は応えない。血の付いた打刀を払い、(はっ)(そう)のかまえをとる。その目は宝石のごとく、紅い。

『来るぞ!』

 姿勢を低く、刀が地を蹴った。空間を縦に引き裂きながら、蓮華にまっすぐ向かってくる。

 横軸をずらして回避したが、刀は軸足を回転させ、姿勢を変えた。突きから首を刈る斬撃が、髪をかすめる。

「……っ!」

 しかしそれで終わりではなかった。目標を失った剣気は消えず、空間を切り刻む。ガラスに爪を立てるような(いや)な音に、鼓膜が破れそうだ。

(っ、こいつ、コントロール前に戻ってるじゃないの!)

 アドルフに師事する前の刀と同じだ。太刀を振るえば必ず剣気が起こり、その場にあるものをことごとく破壊した、一ヶ月前の彼女の姿。防御陣を張っていなければ、細かな傷を負っているところだ。

 空振りに終わった太刀筋が、再び目の前に迫った。

 (なな)めに振り下ろされたそれを、下がって避ける。

 刀はなおも止まらない。白銀の剣筋は蓮華に追いすがる。

 カメラでこの様を撮ったら、美しい剣舞が写しだされたことだろう。

「しつこい!」

 上段から打ち下ろされた刃を、右足でアスファルトに叩きつけ、左足を振り抜く。

 得物を封じられた刀はまわし蹴りをまともに受け、全身を強かに打ちつけて転がった。

『主、こいつは黒鬼の主ではない。先だって我らを襲った〝()(がれ)〟だ』

(ええ、どうやらそのようね。とりあえず、(えん)(りょ)はしなくてよさそう)

 近藤が言っていた、同業者を狙った殺人。解決したという話はまだ聞いていない。

 誰そ彼は人の姿や戦術をまねる。パニックに(おちい)った二課の人間が、黒鬼が目覚めたと勘違いするのも、無理はない。

 蹴り飛ばされたダメージを感じさせず、刀の偽者はすぐに立ち上がった。しかし武器は蓮華の足下、誰そ彼は戦うすべを失っている。

「さて、どうする?」

 刀の紅い目が、怪しく光った。右手に新しい日本刀を納め、突進する。

 だがその進路には厚い壁が立ちはだかった。蒼白い光をたたえた、蓮華の生みだした防御壁。

 魔は壁の上まで跳んだ。そこを足がかりに、大上段に刃を振り下ろす。

「落ちなさい」

 蓮華は魔の頭上に、新たな壁を作りだした。人を二、三人つぶせる大きさの質量。落下するそれに、偽者はなすすべもなく下敷きに――。

「!!」

 押しつぶされる瞬間、魔は球体に姿を変えた。自身が張った結界を突き抜け、その姿を掻き消そうとしていた。

「待ちなさ――」

 蓮華は追撃の手を、すんでのところで止めた。

 このままあれを放っておくのも危険ではあるが、先に刀を見つけなければ。二課の生き残りの救助も必要だ。

 さいわい、紫の(もや)は消えた。局の応援も呼べる。だが、下手に局に報告すれば、新田管理官がなにを画策するか。

(そうだ、近藤クンに――)

 訓練所での会話を思いだし、近藤へ電話をかけた。

『近藤だ。どうした、蓮峰』

「急にごめん、近藤クン。急いで封鎖してほしい場所があるの、魔による死傷者が多数出ているわ。文京区本郷七丁目よ」

『分かった、すぐ手配する。詳しいことはあとで聞かせてくれ』

「助かるわ、よろしく」

 これでひとまずは、外の目を気にせずにすむ。蓮華は人払いの結界を、構内全体に張りめぐらせた。魔の結界が消えた以上、なにも講じなければ一般の目についてしまう。

 残念ながら、背中を斬られた局員には息がなかった。見開いたままの両目を閉じてやり、周りを見回す。

 ここで激しい戦闘があったのだろう。タイルで()(そう)された道が大きく砕け、(えぐ)られて下の層が見えてしまっている。

(これは……)

 ヒビの始点からぼたぼたと、赤い点が続いている。血痕だ。

 かなり手ひどくやられているらしい。大きな赤い丸が、いくつもつながって地面に広がっている。これだけの出血量、遠くまで行けないはずだ。

 蓮華は血の道をたどった。この先に、きっと刀はいる。

 血痕を見つけるごとに、身体が強張(こわば)っていく。彼女は文字どおり、魔の手にかかって死んだのではないか。

 管理局だけの話ではない。魔にとっても、鬼の主の(かく)(せい)(きょう)()だ。黒鬼の覚醒が近いと恐れた魔たちが、その前に刀を狙ったのではないか。

(想定できたことじゃない。私の時もそうだったみたいに……!)

 無意識に、刀にそれはないと思いこんでいた。常に行動を共にしているのだから、あり得ないと。

『落ち着け、主。まだ黒鬼の主が死んだとは』

「分かってる」

 蒼鬼の言葉には、短く応えた。嫌味を返す余裕は消えている。

 血痕は法学部の建物に続いていた。施設の中に、やはり人気は感じられない。

 通路には照明が点いておらず、昼でもややほの暗い。夕刻となれば、ゾンビが(はい)(かい)する館にも思えた。

 ゴシック調のデザインがほどこされた通路に、自分の足音だけが不気味に反響する。今が逢魔(おうま)が時であることを、(いや)(おう)でも意識させられた。

 ここから奥は、暗くてよく見えない。そっと、スマートフォンを床に近付ける。液晶の光が、血痕を照らした。

 ほぼ(けい)(せん)をたどっていた血の道は、途中から()(せん)を描いていた。柱にも赤い手の痕。

 間違いない。刀はここにいる。

 魔の気配がないことを確認し、血痕が途切れた先の講義室をゆっくり開けた。

 黒板が後ろからでもよく見えるよう、講義室はゆるやかな(けい)(しゃ)がつけられている。つまり最後列からでも、部屋の全体が観察できた。

 しかし教室の中央まで進み、一つ一つ机の下をのぞいたが、刀の姿は見受けられない。

(ここではなかったか……)

 とりあえず教卓の裏まで見て、次の部屋を探そう。そう思いながら近寄った時、風が蓮華の鼻先をかすめた。


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