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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
六章 たそがれにさく
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5話 暗殺者の刃

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 もうすぐ日の沈む時間だ。学生の姿も消え、やや不気味さも感じられる。構内の灯りはまだ点いているが、それも少ない。二人の男は法学部の建物に潜入し、食堂付近を眺めていた。

「動きませんね、蒼鬼の主も戻ってこないし。どうします、下田さん」

 若い男が双眼鏡を外し、上司の顔をうかがう。

「大井管理官からは、監視を(けい)(ぞく)するよう指示を受けている。蒼鬼の主が彼女と合流するまでは待機だ」

「命令とはいえ、早く帰りたいですねぇ。(やっこ)さん、黒鬼の〝こ〟の字も見せないでしょ。監視なんか続けたって無駄だと思うんですけど。向こうもこっちが見てることには、最初から気付いてますし」

「……それでも命令は命令だ。俺だって、一課の連中にしたがうのはごめんこうむりたいよ」

 後輩の問いに、退魔二課の下田は淡々と答えた。彼の直属の上司である大井は、退魔一課の新田管理官の()(ばつ)にいる。大井の命令による監視だが、実際のところは新田からのものに等しい。

 監視ははじめから(かん)()されたものの、命は取り消されなかった。彼女たちとはたがいの存在を確認しあい、一触即発の事態は回避できている。

 ただそれは戦闘における監視の話で、こういった平時のケースは別だ。彼女が長い時間、黒鬼の主――楠木刀からはなれることはなかったからだ。

 監視対象である楠木刀はベンチから動かず、相棒を待ち続けている。

 彼女が講堂まで一人で移動した上、見ず知らずの女子高生と接触した時は緊張が走ったものの、なにも起きなかった。

 だがもしここで黒鬼が暴走しても、下田たちは勝てない。退魔二課は(せい)(えい)ぞろいの一課と違い、鬼の力を操る能力が低いからだ。

 攻撃力は(かい)()に等しいが、長所もある。はじめから微弱な鬼の気配を容易に隠せるのだ。鬼の主ではそう簡単にはいかない。

 そのため、退魔二課は普段より(おん)(みつ)の任を負うことが多い。もし戦闘となれば、鬼の力によらない格闘戦のみ。黒鬼の場合、(てっ)退(たい)しかないと下田は判断している。

「蒼鬼の主を見ている組はどうだ」

「はい、確認します。A2、こちらA1。対象0の姿は見えたか、状況を報告せよ、どうぞ」

 無線の呼びかけに答えたのは、豪雨のようなノイズ。A2は下田の組とは、比較的近い場所に位置している。使っている無線も混信しにくく、電波を(ぼう)(がい)するものがあるとは思えない。

 キエッ、キヨ、と甲高い大きな鳴き声。このあたりに(せい)(そく)する外来のインコだ。全身が緑色を帯びており、双眼鏡にもちらほら映る。銀杏の木をねぐらにしているらしい。さほど監視の邪魔にはならないが、やや耳(さわ)りな鳴き声だ。

「A2、こちらA1。無線チェックせよ、どうぞ。……だめです、応答が――っ、探知機に異常値!!」

「なんだと!?」

 鳥たちが一斉に飛びたった。鳴き声は先とは違い、警戒をあらわにした声を発している。

「空間に魔の(しん)(しょく)域、この一帯です!」

 下田は後輩から無線機を奪い、他の仲間たちに呼びかけた。先に問うたA2はもちろん、三チームあった仲間たちからの反応は、まったくない。下田たちのA1ですら、他のメンバーは無言だ。

「くそっ、作戦変更! 完全に閉じこめられる前に撤退するぞ!!」

「了解です!」

 そこまでの判断は、退魔二課に属する者としては適切なもの。だが監視場所から出てしまったため、姿の見えない相手に居場所を教えたも同然だった。

 彼の背中に、後輩の短い悲鳴が届く。

(まき)!! くそっ!」

 後輩を助けることもできず、下田は走った。目の端には、刀を握った黒髪の女性が迫っていた。


 

 アイドルの観月知恵が去ってからも、刀は待ち続けた。気が付けばあたりは誰の姿もなく、自分一人。

 ひまを持てあましても、指定の場所から動くわけにはいかない。蓮華は食堂までなら行ってもいいと言ってくれたが、退魔二課の人間が見ている可能性もあった。それらしき気配は感じる。鳥たちが騒いでいたのも、そのせいかもしれない。

 世間では終業ぎりぎりの時刻だ。大学の職員はもっと早く来い、などと心の中で愚痴をつぶやいていることだろう。なかなか手続きが終わらないのは、他にも駆けこみの学生がいるからかもしれない。

 しかしこのままでは彼女が戻るより先に、締めだされてしまいそうだ。

 医学部の前まで戻ったほうがいいだろうか、などと思った矢先、金色の長い髪が視界に入った。

「もー、遅いよ蓮華。ここ閉まる前に早く出よう?」

 ベンチから腰を上げ、ようやく姿を見せた相棒に近付く。

 ざん、と風が鳴く。

「っ!?」

 蓮華は詫びの言葉を発することなく、左腕で空間を()いだ。

 斬られた。後ろに下がった瞬間、痛みが走る。脈打つのにあわせて、生温かいものがあふれでていく。軌道上にあったベンチも、切断面をさらしている。

「蓮、華? どうして」

 血濡れた左腕をだらりとたらし、蓮華はなにも答えない。

 紅の瞳を輝かせ、彼女は一足で間合いに飛びこむ。再びその腕が、刀目がけて振り下ろされた。

「くっ……!」

 まるで疾風のような連撃に、武器を抜く間もない。ベンチのあるレンガの通路は狭い。刀は生け垣を跳び越え、芝生へ転がりこんだ。

 それでも切り返しを完全には避けきれず、肩口から血が噴き出す。

 だん、と地が踏み鳴らされる。蓮華が生け垣を越え、迫っていた。

「ちぃっ!!」

 原因が分からぬまま、片手で打刀を引き抜く。後ろは正門へ続く長い道、得物を振るうには十分だ。彼女の手刀から放たれる刃を、下から思いきり(すく)いあげる。

 空気が(とどろ)き、鳴く。

 蓮華の気と刀の剣気。それらがぶつかり、破裂した。

 手刀を弾かれても、蓮華は相殺の余波に微動だにしない。そのまま前へ、一、二、三撃、気の刃を振り下ろす。

 刀はそれをすべて受け流した。打刀さえ抜けば、間合いは有利だ。

 とはいえ、条件はやや不利。策を練る時間は、そこまで残っていない。

 出血はまだ続いている。血の気が抜けてしまう前に、最善の手を採らなければならない。攻撃のすべてを相殺するのは困難だ。

 まるで(むち)のように、蓮華の右足がしなった。上段の蹴りを弾き返そうとするも、激痛がそれを許さない。その場で受けとめたが、腹に力が入ったせいで、足下に血だまりができる。

「う……っ!?」

 蓮華の足は一瞬で引き戻され、打刀にかかっていた圧力が不意にゼロになる。

 左足が目の前にあった時には、避けるひまはなかった。

 何度も石畳に叩きつけられ、息が詰まる。十メートル以上も蹴り飛ばされたため、うまく動けない。

 しかししびれが引くより早く、殺気が迫った。

「っ!!」

 地面ごと(えぐ)られる前に、転がって避ける。

(くそっ……!)

 痛みからか、悔しさからか、歯噛みをおさえられない。

 この一ヶ月、毎日行動を共にした同僚が、突然襲ってきた。

 倒すのが最善だと分かっていても、刀は彼女と親しい人たちのことを知っている。

 反撃して傷付ければ、家族同然の彼らが悲しむ。

(こう、なったら)

 上着の内ポケットから、ありったけの赤い呪符を放つ。予備武装として蓮華がくれたものだった。

 呪符は空中で陣を組み、炎の球を撃ちだす。

 蓮華はめんどうくさそうに掌を広げ、自分の前に結界を展開した。

 炎の威力はすさまじい熱量であったが、彼女はひるみもしない。

 だが寸分の間もなく連射される火炎に、わずかながら進撃が止まった。

(今だ!)

 呪符が燃え尽きて霧散した。蓮華が距離を詰めようと駆けだす。

(頼むから、避けてよ……!!)

 刀は身体のギアを、無理やり最大に上げた。

「はあああああ!!!」

 蓮華の足下に目がけ、特大の剣気を放つ。その威力に舞い上がった埃が、刀の姿をうまくまぎれさせた。

 ひとまず身を隠し、向こうが攻撃の手を止めるのを待つしかない。地下の食堂に逃げるべきか迷ったが、見つかったあとの逃走ルートが限られる。ふらつきながらも、近くの建物に走った。

 どうやら講義室らしい。これならばしばらくのあいだ、時間は稼げそうだ。身体に鞭打ち、前にある教卓の裏へ身を隠した。

「――はぁ」

 ようやく怪我の具合を確かめ、刀は深く息を吐いた。白いTシャツの半分が、赤黒く染まっている。ジャケットの袖を切り裂いて傷口をふさいでみても、出血が止まらない。

 上着のポケットから緑の呪符を取りだし、傷の上から貼りつける。治癒の効果が付与された(ふだ)だ。応急処置程度だが、ないよりましだった。

(でも、これは、だめかな)

 縁起でもないことをつい考え、いけない、と打ち消す。最後まで希望を捨ててはだめだ。誰か助けに現れるかもしれない。

(たすけるって、だれが?)

 誰が自分を助けに来てくれるのだ。恐れ、おびえ、口を利くことさえ(けい)(えん)された。そんな自分を一体誰が。

(蓮華……)

 教卓にもたれかかり、相棒の名を呼ぶ。

 今の刀に、助けを求められる人間は、一人しかいなかった。


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