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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
六章 たそがれにさく
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4話 アイドルとの遭遇

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

「はぁ。いい加減な監視役だなあもう」

 刀は蓮華の背を見送り、やや駆け足でキャンパスの中を突っきった。

 突き当たりの建物に沿って少し進むと、先の朱塗りの門同様、テレビで見た茶色の建物―講堂が目に入った。

 真ん中が塔のように高い逆T字形の造りだ。周辺がなだらかな坂のため、正面と後ろでは高低差がある。

 講堂からは長い道がまっすぐ続く。その両脇の左右対称の建物と、青々と茂る銀杏(いちょう)並木は調和しあい、絵になっている。

 おそらくここが、この大学の中心部だ。奥に行けば、正門が見えるだろう。

 蓮華の言ったとおり、高校生や一般人、英語や中国語で会話する外国人観光客の姿も見受けられる。ひとまず、自分が浮いていないことに胸をなで下ろす。

 講堂の前には円状に配された()(がき)と芝生、その外側にレンガが敷きつめられ、腰を下ろせる場所が設けられている。

 近くには地下に続く階段があり、そばに立つ柱には、食堂の文字とピクトグラムが(おど)っている。

 とりあえずベンチに腰を下ろし、背筋を伸ばす。今日は待たされてばかりだ。

 とはいえ、蓮華のいい加減さが、()()な緊張を(ほぐ)したのも事実だ。ここまで(かん)(よう)(たい)(ぐう)を受けられるなど、退魔部に(はい)(ぞく)が決まった時は予想すらしなかった。

 住む場所を(てい)(きょう)してくれたアドルフ・アンディ親子も、少しも刀を恐れない。まるで昔からの知りあいのように、優しく接してくれる。訓練所とくらべれば天地の差だ。

(でもこれに、甘えてばかりもいられないよね……)

 万が一、黒鬼が覚醒すれば、管理局は蓮華の対応を非難するだろう。たとえ、彼女が的確な対処を講じてもだ。

(もしあたしが、本当に黒鬼の主だったら)

「なに難しい顔をしてるの? お姉さん」

「え……?」

 見上げると、一人の少女が立っていた。

 赤みがかった長い黒髪に、白い肌。レンズに色の入った赤いフレームの眼鏡が、その肌に映えている。紺色のブレザーとスカートに赤のネクタイ、肩にはオレンジのショルダーバッグ。

 どこかの高校に通う生徒だろうか。彼女は人懐っこい顔で微笑んだ。

「ここ、座ってもいいですか?」

「あ、うん、どうぞ」

 何気なくうなずいたが、少女はよほど嬉しかったのか、目を輝かせ、子リスのようにちょこんと腰かけた。

「お姉さん、ここの学生さんなんでしょ?」

「あ、いや、あたしじゃなくて、知りあいがね。つきあいでここに来ただけ。あなたは、ここを受けるの? けっこう見学してる高校生、たくさんいるよね」

 オープンキャンパスなのか、制服姿の学生が和気あいあいと構内を行き来している。

「ううん、わたしも友達の付き添い。大学っていうのを、一度見てみるのもいいかなって思って。でも、やっぱり退屈しちゃった。そもそも大学行くつもりないし」

 大きなため息を吐く少女。しかし、友人を放っておいて大丈夫なのだろうか。彼女には悪びれた様子は見受けられない。

「それにしても、なんであたしに声かけたの? 他の学校の子でもいいじゃない」

「うん。なんかお姉さん、話しかけやすそうだったから。それに、お姉さんもわたしも、ひまを持てあましてる、でしょ?」

 女子高生は茶目っ気たっぷりにウインクする。モデルのような、カメラ目線を意識した目配せだ。

「お姉さんは別の大学に通ってるの? それとも社会人?」

「ええと、社会人、かな。あなたは大学に行く気はないって言ってたけど、将来の夢があるの?」

 仕事の中身を説明できないので、刀はそのまま少女に話題を振った。

「うーん、将来の夢は、実はもう叶っちゃってて」

「へ? そう、なの?」

「わたしね、アイドルやってるの。テレビにも出てる売れっ子なんだから」

 知ってる?、と視線が訴えていたが、残念ながら思いつかない。歌番組は観ないからだ。

「ごめん、アイドルには詳しくないんだ」

「あー、そっかあ。けっこう名前売れてきたって自分じゃ思ってたけど、まだいっぱい(かい)(たく)できそうだなあ。テレビだけが顔を売る道具じゃないし」

 プロデューサーに相談しなくちゃ、などとつぶやきながら、彼女はパステルカラーの手帳にメモをとった。

「仕方ないから、お姉さんには名前を教えてあげる。今度からテレビチェックしてよね。はいっ」

 刀は名刺を手渡された。アイドルも名刺を持っているのか、と驚く。自分から積極的にアピールするために、彼女が独自に作ったものかもしれない。

「デイブレークプロダクション所属……()(づき)()()、ちゃん?」

「そっ、知ーちゃんって呼んでね! お姉さん」

「あっ、いたー!! 知恵ー!! 探した、よー!!」

 カフェテリア目がけて、ボブカットの少女が走ってくる。制服は知恵と同じだ。彼女の行方を追って必死に駆けまわっていたことは、汗だくな顔で一目(いちもく)(りょう)(ぜん)だった。

「ごめんごめん! 由奈が体験ゼミに夢中になってたから、こっそり抜けてきちゃった★」

「一言言ってからにしてよもうっ! ほら、帰るよ!! 明日ロケで早いんじゃなかった!?」

「あぁ、そだった。それじゃお姉さん、またね!」

 知恵は友人に引きずられ、去っていった。

「……不思議な子だったなあ」

 ほんの数分、まるで嵐のようなひと時だった。狐につままれたように、自分の認識が追いつかない。

 有名アイドルが何気なく話しかけてきたなど、どこのドラマか漫画の話だろう。

「観月、知恵ちゃんか」

 今度、アンディに()いてみよう。高校生の彼なら、知っているかもしれない。

「にしても、蓮華まだかなぁ……」

 まったくの単独で待つという行為が、刀に無意識な不安を抱かせていた。


 途中放置されておかんむりの友人には、今度お昼にデザートを一品(おご)ると約束し、知恵はようやくその怒りを解いた。

 友人はめったに怒らないのだが、今回はあこがれの場所に見学するとあって緊張していたらしい。悪いことをした。それを知っていたら、もう少し緊張が吹き飛ぶパフォーマンス―あの講堂の前でゲリラライブやトークショーなど―をやってあげたのに。

 などと言ってしまったのが、またよくなかった。全然反省してない、となじられてしまった。()せない。知恵なりの励ましだったのだが。

 アイドルという立場上、ストーカーには気を付けなければならないと、口すっぱく注意されている。友人と別れたあとは、人通りのある場所で迎えを待つ。

 スマートフォンに着信が入った。迎えの車が近くまで来たのだろうか。

「もしもし、観月でーっす♪」

『私です。不用意な(せっ)(しょく)は避けろと言ったはずですが』

 底抜けの明るさを意識して電話に出たが、声の主は思っていたものと違った。

「もー、どこで見てたんですかぁ? それに今日はわたし、友達の付き添いであそこにいたんですよ? 蒼鬼の主さんは用事で抜けていたし、監視は必要でしょ?」

『……そういうことにしておきましょう』

「あと、付け加えるならあそこ、空気が(よど)みはじめてます。情報統制と現場封鎖の準備、やっておいたほうがよくないかなーって」

 友人が知恵を見つけたあたりから、講堂付近の空間が歪みはじめていた。

 今頃はあの区間だけ、キャンパスとは(かく)(ぜつ)された世界になっているはず。助けに行くならば早いうちがいい。

『分かりました。貴女はこのまま帰りなさい。蒼鬼の主にまかせておけば、片はつきます』

 迎えの車が、クラクションを鳴らして知恵の前に停まった。

 運転手を待たせるのも不審がられる。ここは電話の主の言うとおり、まっすぐ家に送ってもらおう。

「はぁい、じゃあ(ちょっ)()しまーす。お疲れ様です★」

 車に乗りこみ、もう一度大学の方向を見やる。

(何事もないといいけど、ね。刀さん、気を付けてね)


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