8話 長の困惑
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
長の目が、右に左に往復を繰り返し、何度も欠けた刀身を確認する。
彼が簡単に折れない特殊合金を使ったと、話をしたのは昨日のことだ。翌日に破壊された実物を見せられれば、誰でも困惑を隠せないだろう。
「……状況を説明いただけますか、蓮峰さん」
長はくい、と眼鏡の位置を調整する。冷静を装う彼の反応は、蓮華の予想どおりのもので、内心おかしかった。
「先ほど三級の魔、鎧虎に遭遇しました。あれの外皮はダイヤモンド以上に硬い。二合目で折れました」
「バカな……!! あの刀は、鎧虎にも耐えうる強度を持ちあわせた。そう簡単には」
「では、なぜ」
長は呻き、刀へと視線を向けた。その目に悔しさを宿らせ、口を開く。
「楠木さんがあれをどう使ったか、見せていただきたい。我々には検証が必要です」
自分たちの予測データが、本当に間違っているのか知りたい。彼の顔にはそう書いてあった。
二人はある部屋に案内された。ドアは重厚な作り、壁は真っ白の塗料で塗られ、さながら防音室のようである。
部屋の片隅には小さな窓。そこから中央まで、なにかのレールが敷かれている。ここは実験室の一つなのだ。
彼の部下らしき人間が、一振の打刀を持ってきた。
「あれと同じものです。これで斬っていただきたい」
「って、どれを――」
ぎし、と部屋がきしむ。部屋の片隅にあった小窓が開き、金属の厚い板がゆっくりと吐きだされる。巨大なアームがそれをつかみ、レールに沿って部屋の中央まで運んだ。
「鎧虎と同じ強度を持たせた、特殊な鋼板です。蓮峰さん、この部屋に結界を張っていただけますか。機材の損傷は最低限にしておきたい」
「分かりました」
データを取る準備が整い、長に合図が送られる。
「カタナ、いいわよ。遠慮なくやりなさい」
「了解」
刀は予備の打刀をすらりと引き抜き、鋼板を横一文字に薙ぐ。部屋の中に突風が吹き荒れ、金属の鈍い音が反響した。
断ち切られた鋼板の片割れはアームから外れ、床に傷をつけた。
「なんだ、今のは……」
長が思わず声を漏らす。
(カタナの剣気のこと、技術部は知らされていないのか)
蓮華には、折れたおおよその理由がつかめていた。
技術部は、刀が普通に扱うと考えた。刃のない武器でどう戦うと思ったのかは不明だが、固定した鋼板に剣を直接あて、強度を測っていた。これまで培ってきた研究をもとに、攻撃を受けとめられるだけの強度は計算されているだろう。
だが実際、行動によっては運動量は大幅に変化する。剣気という目に見えない力は、なおさらだ。同じ条件下でのみの実験では、折れる可能性を排除したとは言いきれない。
低級の魔相手ならともかく、鎧虎のような中級から上級の魔が相手の場合、武器としては役に立たないのだ。
今の実験で打刀は折れこそしなかったが、刀身の中央が大きくひび割れている。
「うーん……。やっぱある程度、硬いやつが相手だとだめみたいだね、これ」
刀はつぶやきつつ、ヒビの入った刀身を手で折った。長は口を真一文字に結び、彼女からそれを受け取った。
「そのようね。魔の運動量と貴女の剣気、この剣じゃ過負荷が大きい。長主任、今のを考慮して、作り直していただけますか」
「原因は把握できました。しかし――」
折れた刀身と刀を交互に見やり、長は迷いを見せた。
「おっしゃりたいことは分かります。武器の強度や性能は、指示されたとおりのもの。それを無視するわけにはいかないのでしょう?」
彼はなにも言わなかった。公に肯定ができないほど、力を振るう何者かが、裏に隠れている証拠でもあった。
「しかしこれまでと同じではまた折れます。いずれ技術部全体から見て、問題になるのではありませんか」
問題が大きくなれば、長が責任を問われる。自身の経歴に傷がつくことを、彼がよしとするだろうか。
「長主任、貴方は物部氏を祖に持つ、格式ある家の方。先祖の方々が積みあげてきた功績と誇りを、たった一振の刀で失墜させてしまうのは、私の望むところではありません」
「蓮峰さん、なぜそれを――」
長が目を見開く。先祖の名にふれ、彼の声は震えていた。
「蒼鬼に教えてもらいました。貴方の一族は、彼が生まれるよりずっと前から、この国を支えてきたのだと。そうとは知らず、先日は貴方の仕事を疑うようなことを申し上げました。お詫びいたします」
蓮華は長の前に立ち、深く頭を下げた。
「剣先と刃はそのままで構いません。主任と技術部のためにも、どうか作り直していただけませんか。ほら、カタナも」
「よ、よろしくお願いします!!」
長い沈黙ののち、長は観念したのか、ため息を吐いた。
「――……代替品ができるまでは、同じものを使っていただきます。それでもよければ」
「ありがとうございます、長主任」
「あ、ありがとうございます!」
彼は眼鏡の位置を戻しながら首を左右に振った。
「貴女がたのためではありません。私と、先祖の名誉にかけてです。ただ、それを思いださせてくれたことには感謝します」
長はそう取り繕い、右手を差しだす。蓮華は口元をやわらかくゆるめ、その手を握り返した。




