7話 再びの戦
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「……とまあ、こんな感じで。ご心配おかけしました」
管理局へ向かう道すがら、刀は蓮華にことの顛末を話した。
本人の名誉もあるので、彼女が苦労した話はだまっておいた。なにも考えずに口に出してしまったら、無実のアドルフに拳が飛びそうだ。
「本当に、意識を変えただけなのね。驚きを通りこしてあきれるレベルだわ」
「それは、ハイ、おっしゃるとおりだと思イマス……」
あんなに悩んでいたのが馬鹿みたいだ。蓮華の顔にはそう書かれていた。
「ただ、これで少しは蓮華に迷惑かける部分は減ったでしょ」
「それは否定しないけど。先生にまた水を空けられたから、正直複雑ね」
「そ、そんなことないって! ほっ、ほら! 適材適所ってやつ!! 魔とか鬼の力とか、アドルフさんには対応できないのもあるし、ねっ?」
悔しそうに呻く蓮華の背中に、一瞬負のオーラが見えた。フォローしなければ、アドルフに危険が迫ってしまう。
刀が早口でまくし立てたからか、彼女は訝しんだ表情を浮かべた。が、自分に言い聞かせるように、分かっている、とうなずいた。
「なるべく、先生には関わってほしくないから。それだけ」
「……ん、そっか。そうだよね」
新たな格闘術を確立したアドルフだが、鬼の力を持たない一般人だ。
信頼できる人間とはいっても、管理局の深い部分まで見せてしまっては、後戻りができなくなる。蓮華はそれを恐れているのだ。
刀にとっても、それは避けたい。
「あたしも、そう思うよ。蓮華にこうしてサポートしてもらってるのも、早くなんとかしたいし、アドルフさんたちに迷惑かからないようになり――」
刀の背中の筋肉が、ぴりりと強張った。蓮華もなんらかの気配を感じとったらしい、小さくうなずいた。
「……いるね、後ろ」
「ええ。気配を隠さないところを見ると、ここをなわばりにさだめた魔か」
殺意は徐々に近付いている。
「三秒。数えたら左右に散るわよ。牽制は私がやる。貴女はその隙に奴を倒しなさい」
「了解」
「行くわよ。一……、二、今っ!!」
気配が急接近するのにあわせて、二人は左右に分かれた。
そのあいだを、瞬時に黒い風が駆け抜けた。
渾身の一撃を躱された魔が、壁につっこんでいた。しかし、すぐさま壁を壊して体勢を立て直す。
「な、なに、こいつ……」
見た目は虎かヒョウに近い漆黒の身体だが、図体はそれの二、三倍はあろうか。四肢には鋭利な爪を持ち、全身には小札の鱗。
目は赤々と光り、刀たちを獲物と見定めている。
「鎧虎、三級の魔よ!」
蓮華は鬼の力で編みだしたらしい和弓を手にしていた。
彼女は数発を矢継ぎ早に放ったが、鎧虎はそのすべてを躱す、俊敏な動きを見せた。単発で射る弓矢では、動きが読めなければ圧倒的に不利だ。
「すばしこい……!」
「蓮華!!」
鎧虎が蓮華の頭上に跳んだ。迎撃の矢は魔のまとう鎧に弾かれた。猛獣の爪が迫る。
「っ!! ……カタナ!」
「ぐうううぅぅ……!!」
虎の爪が、牙が、鍔にぶつかってカタカタと鳴る。
無我夢中で、刀は彼女の前に割りこんでいた。左腕の上腕がなにやら熱いが、かまっていられない。ここで押し負ければ、二人とも死んでしまう。
(試すしか、ない!)
「邪魔だ!!」
一気にギアを四段階に上げる。
一喝と共に、剣気を放った。振り抜くのではなく、防御したままの状態で。
ほんの一瞬力を溜めて打っただけだが、魔がひるむには十分な威力だった。
刀はそれを見逃さない。間合いを一気に詰め、相手がその爪を閃かせるより速く、一太刀を振り下ろした。
硬い岩石につるはしをあてたような、高い金属音が鳴る。
打刀は無残にも、鍔元から折れてしまっていた。
「カタナ、退きなさい!!」
「っ!?」
蓮華の一言に我に返る。間一髪、鎧虎の爪を避けた。彼女が矢を放って牽制していなければ、追撃を受けたところだ。
「……くそ、折れた。これじゃ戦えない」
刀身をほぼ失った打刀は、もはやアルミのパイプよりもはるかに軽かった。昨夜の木刀に続き、武器が簡単に使えなくなるなど、誰が予想しようか。
「嘆かない、むしろ技術二課に堂々とクレームつけられるわ。それよりカタナ、さっきのもう一回やって」
「さっきのって、どれ」
「気を放ったでしょう。アレを今度はしっかり振り抜くの」
「んな言ったって……これ根元からなくなっちゃってんだけど」
同じことをやろうにも、武器は失われてしまった。折れた刀身は鎧虎の足下、近付いて回収するのは困難だ。
「いいからやる。私があいつを封じこめるから、合図で斬りかかって。来るわよ」
鎧虎の巨躯が、空中に躍る。
蓮華は矢を上空に放った。鎧虎は今度は避けることもしない。己の防御力を誇るように、その身で矢を弾く。このまま勢いにまかせて彼女に一撃を加える、つもりだったろう。
跳ね返った矢は鎖状に形を変え、鎧虎の脚を捕らえた。もう一方は地面に固定されている。
移動することで逃れようとした魔だったが、鎖の長さは一気に縮んだ。
猛獣は地面へと叩きつけられ、四方を蒼白い壁に囲まれてしまった。逃げる場所は、上しかない。
「カタナ!!」
「ああもう、なんだか分かんないけどやってやる!!」
柄だけの打刀を手に、鎧虎の胴へ大上段に振りかざそうとした、その時。
蒼白い刀身が、折れた部分を補って現れていた。
(そういうことか!!)
もう一度、剣気を刀身にこめる。今自分ができるだけの精一杯を、振り下ろす。
「とどめだ怪物!!」
絶叫と共に、漆黒の小札が飛び散る。
鎧虎はその強固な肉体を打ち砕かれ、消滅した。
魔の消滅を確認した蓮華は、すぐさま浄定課に連絡をとっていた。このあたりに魔の潜入する穴がないかどうか、探る必要があるからだ。
「とりあえずこれでよしと。次は貴女よ、カタナ」
「え、あたし?」
蓮華はため息まじりに座れと地面を指差した。
「まだ気付いてないの? 驚くべき精神力ね。それとも鈍いと言うべき? 左腕を見なさい」
「え……? あ――っ、い、いた、……つぅ――!!」
左の上腕が縦に裂けている。それを認めた瞬間、焼けるような痛みが襲いかかった。
鎧虎から蓮華を守る際に、左腕に少し熱を感じたのはこれだったのだ。
「とりあえず動かないで、じっとしてなさい。治すから」
彼女の手が、傷口にかざされた。ほんのりと明るい翠色の光が、刀の左腕に吸いこまれていく。
効果はすぐに現れ、痛みが次第に治まりはじめた。いや、傷そのものがふさがっていく。
「……す、すごい」
「別に大したことないわ。医者を目指す人間としては、こういう術も使えて当然でしょう」
蓮華は手をかざしたまま、淡々と話す。
「や、フツーのお医者さんには無理でしょ」
これは彼女が鬼の主だから、できることだろう。それ以外の局員で、ここまでの治癒術を操れるものはそういないはずだ。
「はい、これでおしまい。動かしてみなさい」
「……痛くない、治ってる。ありがとう、蓮華!」
破れてしまった服はそのままだが、そこからのぞく肌は、傷一つない。
「――よし、それじゃ行くわよ。今日はまず、技術部に直行ね」
「りょーかい」
刀は落ちた刀身を拾いあげ、着ていたジャケットでそれを包んだ。
蓮華はすでに、さっさと先を歩きはじめていた。
明日の更新から、再び21時半となります。よろしくお願いいたします




