6話 天賦の才
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
アドルフと刀の手合わせに神経を使ったせいか、その日、蓮華は泥のように眠った。
普段なら目覚ましのアラームより早く起きるのだが、今日はそれが鳴るまで、一度も意識が浮上しなかった。仕事に復帰して二日でこれでは、刀に示しがつかない。
「ちょっと自制が必要か」
『そうだな、深夜に勉学に励むのは控えたほうがよかろう』
「うるさいわね」
蒼鬼に痛いところを突かれ、思わず声が大きくなる。まるで小言を言う姑のようだ。
将来をめぐって、実家の母に説教されずにすむと喜べたのは、ほんの少しのあいだだけ。今は戦闘から日々の生活にまで蒼鬼につっこまれ、時に笑われる。
『倒れるようなことあらば、流鬼の主が悲しむぞ』
「なんでそこで海堂クンが出てくるの」
にこにこ顔で聴診器を持った、海堂の姿が脳裏に浮かぶ。しかし仕事のつきあいこそあれ、この話に彼は関係ない。
『何度も世話になってるではないか。いいか、あれは悲しんだあと、静かに怒りをぶつける人間だ。怒らせてはならんぞ、おそらく』
「そんなとこ見たことないわよ、大げさな。とにかくこの話は終わり」
刀はもう起きているだろうか。外に出たとたん、背中に緊張が走った。
彼女とアドルフが手合わせをしている。昨夜に張った結界は解除したままだ。
「先生、カタナ! あなたたち――!」
「お、おはようさん。今日はちょいとばかりお寝坊だな、レンカ」
「おはよ、蓮華! ねえねえ、ちょっと見て見て!」
「それどころじゃないわ。あなたたち結界なしでなにやってるの」
「いいから見てやれ、レンカ」
アドルフはウインク一つ、蓮華によこした。刀も早く見せたいと言わんばかり、目を輝かせている。こちらの困惑を少しは察してほしいものだ。
「一体なにを……」
アドルフは刀にアイコンタクトを送る。
彼女は昨夜半分に折れた木刀を、上段から斜めに振り下ろした。
だが、風は起きない。
「カタナ、貴女」
驚きを隠せない。昨日まで、刀は自分の剣を制御できていなかった。理由も原因も分からなかったのに、たった一夜で解決している。まるで魔法かなにかを使ったようだ。
「ま、そういうことだ。カタナ、ここまでにしよう。そろそろアンディが、朝メシ作り終えるころだ」
「はい!」
刀は今までで一番の、清々しい顔でうなずいた。軽い足どりで、母屋へと消えていく。
「……どうやったんですか」
「難しいことじゃない。自分の中に段階的なスイッチを持つ、それを教えてやったのさ。普段の鍛錬に、物や人を傷付ける力は必要ないだろ。意識させたらあのとおりだ」
「そんな簡単に……にわかには、信じられません」
技を制御できない理由は、記憶喪失によると蓮華は考えていた。それが単純に心がまえの問題だったとは、すなおにうなずけない。
「あれは天才だ、覚えが早い。すぐ自分のものにする。ひょっとしたら、加減することも、あえて教えられてなかったのかもな。敵の力量を見誤って、力を抜いちまうのを恐れたんだろう」
刀の能力を把握できなかった、局の教官には非がない。彼らではなく、彼女の実家のあり方が問題なのか。
めまいが起こりそうだった。今時、そんな時代錯誤な家があるなど。
「それよりどうだ、レンカ。俺にあいつの指導をまかせてくれれば、ある程度はお前が楽になるだろう? あいつの中にいる鬼とやらも、意外と簡単にコントロールできるかもしれないぜ」
「……先生には、敵いません」
蓮華は白旗をあげるようにため息を吐いた。
彼とは長いつきあいで、日々、あきれる言動も多い。それでも頭が上がらないのは、アドルフに鋭い洞察力があるからだった。
「はっは、まだお前には負けてやれんからな。もっと俺を敬っていいんだぞ」
「その一言がなければ、すなおに尊敬できるんですけどね……」
そう言いながらも、蓮華は口元をゆるめていた。
眠気まなこをこすりながら、窓を眺める。群青色の空の絨毯に、茜色の布地が何枚も敷かれはじめた。朝焼けだ。
「……きれい」
眠気が吹き飛ぶほどの美しさだった。早起きは三文の徳というのは、こういうことを言うのだろう。
「って、あれ」
庭に視線を移す。朝焼けを見ていたのだろうか、アドルフが立っていた。
彼も刀に気が付き、下に降りてくるよう指で示す。
昨日買った長袖の白いTシャツに着替え、一階の蓮華を起こさないようにそっと階段を下りた。
「おはようございます、アドルフさん。朝早いですね」
「おう、おはようさん。カタナも早起きだな、感心なことだ」
「早起きの習慣がついてるみたいで、自然とこの時間には目が覚めるんです」
病院で意識を取り戻した際は、丸一日眠っていたらしいのだが、それ以降は自然と同じ時刻に起床している。おかげで、美しい朝焼けを見られるわけだ。
「うんうん、“|The early bird gets the worm.《早起きは三文の徳》”というからな。徳を積むために、指導をはじめるか」
アドルフは刀に、三十センチほどの棒切れを投げた。昨夜の手合わせで真っ二つに折れた木刀だ。
「まずは、心がまえの話からだ。カタナ、お前はどう手加減したらいいのか分からないと言っただろ? 俺はな、それはおかしな話だと思うんだ」
「おかしな、はなし?」
「例えば、防御率の高い投手がいる。自己ベストはストレートで九十七マイル。だが、そいつは速い球以外も使う。毎度速球ばかりじゃ疲れちまうし、相手がいいバッターなら、目が慣れて打ってくるからだ」
「ええと。つまり速い球がいけるなら、逆もできてあたりまえ、ってことですか」
「練習度合いやコントロールのありなしで違ってくるとは思うが、まあそうだな。お前さんにはそれがすっぽ抜けてるだけさ。無意識に、常に全力でやろうとしている」
野球をはじめたばかりの人間が、いきなり速球を投げられるはずがない。少しずつ練習を積み重ね、会得するものだ。
そこにたどり着けるのであれば、球速の加減は可能だ。緩急をつけ、相手を手玉に取る。アドルフはそう説いていた。
「ひとまず、今のお前の攻撃が最大の能力と仮定して、それを五段階に分ける」
「ど、どうやって」
とたん、頭にはてなが浮かぶ。
「だから、心がまえの話と言っただろう。まずは想像しろ。自分を車のギアに例えるんだ。それに段階をつけるとしたら、それぞれの力の強さはどのくらいだと思う? 例えば、一段階目は鍛錬レベルだ。人間相手の訓練に、毎度本気でかかる必要はないだろ? 怪我は軽くすむほうが、今後のためにもいいじゃないか」
「……あ、そうか」
言われてみれば、確かにそうだ。
どうやっても手加減ができない、と思いこんでいた。
〝これは訓練だ、本気を出さなくてもいい〟と、なぜ思わなかったのか。
「俺の予想が正しければ、お前の使う剣術は剣気を生むものだ。自分の気迫を剣に乗せ、その威力を増す。数は多くないが、世界にはそういう技を会得した人間がいる。俺のも同じ類でな。この方法でコントロールができるはずだ」
刀は手元の木刀に目を落とした。
もし、そんなことが本当に可能だとしたら。
強さの二段階目は風こそ発生させないが、アドルフや蓮華相手の手合わせレベルか。ここまでは、周りに害はおよばない。
三段階目から、風を起こしていく。先日倒した鳥群虫のような、低級の魔と戦うレベルだ。ここからは、完全に人間相手のものではない。ほんの少しかすっても、指の一本二本、簡単に切断してしまう。敵が攻撃を避ければ、後ろにあった物は破壊されるだろう。
四段階目は三級の魔が相手。五段階目はさらにその上の一、二級の魔か、もしくはとどめを刺す時にとっておく。
身のこなしも同じ方法で考えれば、体力を温存できる。
「どうだ、イメージできたか?」
「はい。ちょっと、やってみます」
身体のギアを五から一へ下げる。歯車が、がちりとまわるイメージだ。ギアチェンジの音を四つ鳴らす。
「ふぅ、いきます。少しはなれてて」
一息、吐くと同時に木刀を振り下ろす。
風は――起きない。
軽く空を斬る音だけが響いた。
「……やっ、た?」
「っ、おいおい、やればできるじゃないか」
アドルフが苦笑いを浮かべながら、刀に拍手を送る。
「これなら気をぶっ放すのも簡単にやれちまうかもな」
「ぶっ放す……?」
「昨日、お前さんを後ろに吹き飛ばしてみせただろ。すぐ気を放つんじゃなくて、溜めておくんだ。川の流れをせき止めるイメージだ。自分自身を、堰にするのさ」
「へえ、あれなんだったんだろうって、ちょっと不思議だったんです。なるほど……」
気のコントロールがつかめた今なら、彼と同じことが可能かもしれない。
「ありがとうございます、アドルフさん。少し希望が見えてきました」
「なんの。心がまえを説いただけで、ここまでやれるとは予想外だが。レンカを教えるよりは楽かもな」
「そ、そうかなぁ。あたしじゃ蓮華には敵わないですよ」
いやいや、とアドルフは首を左右に振った。
「あいつは体術はともかく、気のコントロールはからきしだった。息子とくらべても、時間がかかったな」
「……そうなんですか?」
「ま、今は自分のものにしてる。がんこって言うのは、負けず嫌いってことさ。俺はそういうあいつを、誇りに思っているよ」
彼は弟子の成長を喜ぶ、おだやかな師の表情を浮かべていた。
今日の更新はもう一話、21時半に予定しております。引き続き、よろしくお願いいたします




