5話 蓮華の師
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
蓮華は縁側に向かって指を鳴らした。家と庭木のあいだに蒼白い光をまとった結界が、真四角に形作られた。
またそれとは別に、家も光の壁に覆われた。これならば、被害は格段に低くなる。
「さ、あとはお二人でどうぞご勝手に」
「よぉし、それじゃあ一本、勝負するか! カタナ、木刀持ってこい! 頑丈なやつをな!」
アドルフは持っていた缶ビールを飲み干し、こきこきと身体を鳴らした。特に着替えることもなく、蓮華と共に外へ出ていく。
酒が入った状態で手合わせをしても大丈夫なのか、と言いかけて、やめた。
訊ねたところで、彼は問題ないと豪語する。そんな予感があった。
木刀は仕事が終わったあと、服を買いに行ったついでに求めたものだ。
長さは技術二課で受け取った打刀とほぼ同じ長さ――二尺三寸。やはり鍛錬には、木刀がしっくりくる。
それに前者の武器は、鍛錬の時よりも、意識が研ぎ澄まされるのを感じた。
刃がないとはいえ、形は真剣に近い。形状が影響したのか、武器を抜いたとたん、まるで精密機械のように、身体の捌き方が変わった。力の加減がうまくいかないのはそのままであったが、大きな変化だった。
このことは、戦闘後に蓮華が考えこんでいたのと同じく、刀自身も疑問であった。
もしあの状態で手合わせをすれば、アドルフが傷付く可能性は高い。だからこその木刀なのだが、油断は禁物だ。
「どこからでもかかってきていいぞ、カタナ。お前さんが先手だ」
「は、はい、それじゃあ……」
深呼吸を一つ、蓮華に視線を送る。彼女は結界に不備がないか確認、小さくうなずく。それが開始を告げる合図だった。
「行きます」
間合いを詰める。十メートルくらいならば、二歩あれば十分。アドルフを目がけ、八相のかまえから一気に振り下ろす。
「うおっとっとぉ……すごいなこいつは」
結界が悲鳴を上げた。アドルフが今の一太刀を難なく避けたため、巨大な傷痕がつく。
はがれかけた防御陣は、すぐさま蓮華が修復してくれている。それを目の端に捉えながら、左右に空間を薙ぐ。
両側から襲いくる風の刃をアドルフが掻いくぐった、ところを三の太刀で狙う。
だが、手応えはなにもない。
「ふっ、遅い遅い」
(今のを避けた!?)
掻いくぐった瞬間、彼は横に転がり、三つ目の攻撃も躱した。まさに間一髪のタイミングで。
蓮華も刀の突きを続けざまにいなして見せたが、アドルフはそれ以上。
〝先源流〟――自身で編みだした格闘術を、彼はそう称した。文字どおり、相手の先の手を読んで闘う。これ以上にない厄介な相手だ。
「くっ……!」
もう一度、一気に間合いを詰める。手加減なしの突き、それを胴狙いで繰りだす。
「おうおう、容赦ないな」
のらりくらりと躱される。だが――。
「む」
「せぇっ!!」
刀は得物を引き戻し、アドルフの足下を抉った。バランスを崩したところに、必殺の袈裟懸けを振り下ろす。
しかし剣先を降ろす瞬間、地面を這って襲いかかる圧。
アドルフの下段の蹴りが迫る。
「ちっ」
刀は大きく間合いを取った。
アドルフは目を丸くしたが、刀に届かないと分かると空中で身体をひねる。
間合いが開いたため、体勢を整えるひまをあたえてしまったが、前向きに考える。これで仕切り直しだ。
「ふむ、今ので決めるつもりだったんだがな。よく躱した」
「蓮華にやられた手ですからね。同じ手は食いません」
「ほお、こいつはあとでレンカにも指導が必要みたいだな」
返しながら、最善の策をたぐる。優勢をとるには、彼の勢いを殺がなければ。
(間合い詰めての速攻は効かなかった。遠くから攻撃する? でも、それじゃ決定打にはならない。避けられる可能性が高い……)
アドルフの足を止めるには、それを上まわる速さと威力が必要。中途半端な攻撃は、隙をあたえるだけ。
次に打つ手はなにか、得物を握って迷うことはこれまでなかった。思うまま剣を振るえば、それで相手をねじ伏せられた。
それができなかったのは、たった一度。
それを阻止した者の師に、勝てる方策などあるのか?
(っ、どうすれば――)
「さてカタナ、そろそろいいか? 今度はこっちの番だ!!」
「っ!?」
考えがまとまらないまま、無意識に攻めではなく守りに入ってしまった。格上を相手に、それは手足をもがれたも同然だ。
「ふぅっ!!」
息を大きく吐きながら、アドルフの拳が前に突きだされた。
「――!?」
一瞬、刀は我が身になにが起こったのか分からなかった。
立っていた場所から、後ろに思いきり押しだされた。三半規管が狂わされたのか、うまく立てない。
(まずい……!!)
迫る大上段からのかかと落としを、膝を突いたまま防ぐしかなかった。木刀で受けたその衝撃は、全身を伝って地面をも震わせる。
「ぐぅ……っ!!」
「ほれ、もう一発だ」
「っぁ――!?」
手刀がまっすぐ振り下ろされる。再びの重い一撃。かかと落としの初撃には耐えた木刀が、二人のあいだに木片を撒き散らした。
刀はまだ動けなかった。全身がしびれ、特に手の感覚がない。
「こいつでトドメだ」
「……!!」
地を揺るがす衝撃波に、思わず目をつむったが、痛みは襲ってこない。
おそるおそる目を開けた先には、蒼白い壁が刀の前にそびえ、アドルフの蹴りを受けとめていた。
「まったく。守るのが先生でなくてカタナとはね」
「れ、蓮華……ありがと」
必死に立て直そうとしていた全身の力が抜ける。彼女があいだに入っていなかったら、やられていたのは刀だった。
「怪我はない?」
「う、うん、大丈夫。ちょっと、身体がしびれてるけど」
誰かと対峙してはじめて、〝怖い〟と感じた。普段は陽気で人のいい男が、恐怖を刷りこませたのだから、受けた衝撃も相当だった。
「しかしカタナ、お前手加減できないっつったわりにゃ大したことないな。楽しめると思って、こっちはちょい本気出したのによ」
「ちょ、ちょい……?」
「先生の本気が化け物レベルなんです」
アドルフが得意げに笑う一方、蓮華はあきれ、額に手をあてる。恐れていた結果とは真逆になったのだから、無理もない。
「手加減できないっていうのは、今みたいにどうやっても風みたいなのが起きちゃうって意味で」
これが奥の手かどうかは分からない。はじめて木刀を握って訓練を受けた日から、剣風は発生した。力も入れずにほんの一振りしただけで、だ。教官も周りの訓練生たちも、顔を真っ青にしていたことを覚えている。
だが、この風をおさえこむ試みは、うまくいかなかった。これが刀自身の実力によるものなのか、鬼の力が関係しているのか分からない。
「俺が思うに、お前さんのその技は簡単に明かしちゃならない。使うならトドメか、ヤバイ奴相手か。バケモノと戦うなら、なおさらだ。顔が知れると、強い奴には対応されちまうからな」
「それは、確かにアドルフさんの言うとおりかも。でも、どうすれば」
「俺でよければ、そいつを教えてやってもいいぜ」
「ほ、本当ですか!?」
アドルフは力強く胸を叩き、おうとも、と応えた。
「お前さんの剣術には興味が湧いたし、ま、弟子の手助けにもなるしな」
「別に、先生に助けてもらわなくても」
「眉間にシワ寄せて難しそうな顔をする時は、お前がよけいになんかしょいこんでるか、悪い方向に考えている証拠だ。たまには師匠を頼れ」
蓮華は口を一文字に閉ざした。一瞬、師匠を睨みつけ、顔を伏せる。
だがそれだけで分かってしまった。彼女の飄々とした立ち居振る舞いは、弱みを見せないため。抱えこんでいるものは、決して軽くはないということが。
「アドルフさん、ぜひお願いします。まだ一緒に仕事して二日ですけど、蓮華の負担が大きいのはあたしも感じてます」
「ん、なら決まりだな。よかったなレンカ! 弟弟子、じゃねぇ妹弟子が増えたぞ!」
アドルフは力強く蓮華の肩を叩いた。新弟子の入門を喜んでいるのは、おそらく彼だけだが。
「カタナに変なことは教えないでくださいね、頼むから……」
蓮華はそう言うと結界を解除し、母屋へと戻っていく。
「蓮華?」
「もう今日は風呂入って寝るわ。あなたたちもそこまでにしなさい」
彼女の足どりはこれまでの動きと一変、緩慢だった。アドルフに自分が抱えた問題を看過され、まとっていた鎧の重さに気付いた。そんな様子だった。
「蓮華、大丈夫かな……」
「昔から妙なところで責任感強い奴なんだ。がんこっつうのかな。あいつをくれぐれもよろしく頼む。まだお前が、自分のことなに一つ分からないのは知ってるが」
「いえ。あたしが何者かなんて、忘れたころに思いだせると思いますから、気にしないでください。ただ、今は―」
今は少しずつ、蓮華を支えられるようになりたい。局で働きはじめて二日、彼女に助けられてばかりいる。
命がかかった仕事だ。もし、任務中に彼女を守れなかったら。
(蓮華になにかあったら、この人たちが悲しむ)
家族のつながりを自分が台なしにしてしまうのが、一番怖かった。
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