5話 うごめく人影
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
管理局の中において花形で、勢力を誇る部署はどこかと問われれば、誰もが退魔部と答えるだろう。
そして、中でも退魔第一課は、優秀な人材を集めた課。その課をまとめる課長もまた、幹部を目指す者ならば、あこがれの存在だった。
新田一は、そんな退魔一課長である、日野資の下を訪れていた。
日野は新田と同じ大学の出身で、なにかと馬があう。彼に協力し、新田は自分の評価と権力を高めてきた。
新田が日野にすり寄る様を、陰で批判する声は聞こえたが、降格運動にはつながっていない。
なぜなら、日野は他の課長や部長とのパイプを持っているからだ。もし新田降ろしが画策されても、上と強いつながりのある日野が、それをひねりつぶす。
反対派が数を減らすころには、新田が課長、日野が退魔部長として権力を振るっているだろう。
だがその青写真は、今危ういものとなっていた。
「課長、ご無沙汰しております。重要な案件が多々ございまして、なかなか顔を出すことが叶いませんでした」
低い背丈をさらに縮め、新田は頭を下げる。
「そんなかしこまらなくても大丈夫だ、新田。私と君の仲じゃないか」
「は、恐縮です……」
日野にうながされたソファは、普段なら大変座り心地がよい。だが、今日に限って身体を呑みこまんばかりに深く沈む。浅めに座り直したが、どうも格好がつかない。日野は課長らしくゆったりと腰かけているというのに。
「報告が上がってきた。黒鬼の主が五級の魔相手とはいえ、はじめての任務で圧倒したと。あの案を承認した私にも責任はあるが、白沢管理官は本当に、あれを運用するつもりなのだな」
「はい。技術一課に手をまわし、殺傷能力のない武器に仕様変更させたのですが、効果は薄く……。私が会議の段階で彼女の案を阻止できず、誠に申し訳ございません」
「なに、問題が出てくるのはこれからだ。その時に黒鬼の処分もろとも、白沢管理官を引きずりおろす。彼女は警察庁からの出向組、いずれはここを去る人間だ」
白沢月子は新田や日野と同じく、エリートルートをたどってきた人間ではあるが、育った畑が違う。
根を張って大きく成長する前に、彼女は間引かなければならない。
そうでなければ彼女の日陰にさえぎられ、本来引き立てるはずの人材が枯れてしまう。
「彼女が墓穴を掘るまで、高みの見物といこう。新田、しばらく妨害工作は控えてくれ」
「……は、かしこまりました」
日野の下を辞し、すぐに技術部に向かう。
彼はずいぶん楽観的だ。白沢がそのあたりを考慮していないはずがない。
もし事を起こすのであれば、彼女の不在時期に、楠木刀を処分するのが先だろう。
それから監視の任を受けた蓮峰蓮華にも、手立てを講じなければ。
彼女は下っ端のくせに、権利を堂々主張する人間だ。黒鬼の主の処分を聞きつければ、必ず邪魔をするだろう。能力は惜しいが、障害になるのであればつぶさなければ。
技術部の部屋を素通りし、照明の切れた廊下の奥を進む。いつ来ても気味の悪い、技術一課の変人の部屋がそこにはある。
立入禁止の札がかけられたドアを、力まかせに叩く。
「山岡!! いるんだろう!? 私だ、新田だ!!」
新田の叫びに、鉄のドアは沈黙を保つ。無視を決めこむつもりか。もう一度ドアに拳を振りあげた時、ようやく山岡が姿を現した。
「うるさいな。事前に連絡しろと言っただろ」
あいかわらずの青白い顔で、山岡はめんどうくさそうに話す。服とネクタイはしわだらけでだらしなく、他部署とはいえ、上司にさらしていい姿ではない。
「電話は故障中で通じなかったんだ!! 古くてもあれは局の備品だぞ、直しておけ!! それくらい簡単だろう!?」
「ああ……そういえばこのあいだ、鬱陶しくて線を切ったんだったな。それで、用件はなんだい?」
「山岡、お前は白沢の奴と手を組んだのか」
「? なんのことかな」
単刀直入に問う。これまで、山岡は新田に与していた。
「とぼける気か!! 白沢の依頼で、蓮峰君の義手を作っただろう!! 私は許可を出していないぞ!!」
山岡は虚空を見つめ、あああれか、とつぶやいた。どうでもよさそうな声だった。
「確かに、あの女の依頼を受けて、蓮峰女史に義手をわたしたともさ」
「なぜそんなことをしたッ!!」
山岡の白衣をつかんだ瞬間、新田は突然息が詰まった。気付けば床に背中を打ちつけられ、悶える。
「まったく、慣れない術を使うと疲れる。忘れたのかい? 新田管理官。僕は僕の研究を支援してくれるなら、誰だっていいんだ」
山岡は、身を起こせずにいる新田の顔を、歪な笑顔でのぞきこむ。
「魔とヒトの細胞を融合させた培養実験。あれさえ通してくれれば、僕はあんたにこれからも協力する。でもあんたはこれまで口ばっかりだったからな。ぴーぴーわめく前に、対価をよこしなよ、え? それとも今、あんたが実験台にでもなるかい?」
「ひ、ひぃ……っ」
情けない声が喉から漏れる。山岡は悪魔にでさえ、魂を売りわたすような男だった。それを、新田は今の今まで忘れていた。
「僕はいつでも待つよ。でも白沢が先に許可を出したら、あんたとは手切れだ。よく考えるんだね、ふふ」
山岡は笑い声を上げて、部屋の中へ入っていく。
新田は、それをただ見送ることしかできなかった。
この話で四章は終わりです。次回をお楽しみに。




