3話 初陣
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
監視分析課が観測した魔の出現地点は、路地裏の袋小路だ。蓮華たちは近くの建物の屋上から、発生時刻まで待機する。
魔の強さ、脅威の度合いは一級から五級まであるのだが、今回は五級の魔を一掃する任務を受けている。
鬼の主が請け負うには役不足の仕事だが、蓮華は一年ぶりの現場復帰、刀は鬼の力が使えないままの初陣だ。様子見には適当かもしれない。
「もうすぐ出現時間ね。人払いの術は掛けたし、あとは結界を張るだけか。カタナ、準備はいい? カタナ?」
刀は目をこらし、あたりをうかがっていた。蓮華も彼女の視線の先を眺めたが、なにもない。
「どうしたの、さっきから」
「うーん……なんかあたしたちのこと、見てる人がいるような。姿は見えないけど」
蓮華は蒼鬼の力を、半径五千メートルの範囲へ拡げた。
ざっくり空間をスキャンしたところ、二人を遠巻きに囲む、何人もの人の姿があった。
人払いの術は、同じく半径五千メートルの範囲に掛けている。にも関わらず、彼らはその円の中。結界に侵入できるのは同業者か、術者の見知った人間だけ。おそらく退魔二課の連中だ。
(よけいなまねを)
『武器の件といい、信用されていないな』
同じ鬼の力の気配に、蒼鬼も苦笑する。人間はいつの時代も変わらない。ヒトならざる力を恐れ、害があろうとなかろうと排除しようとする。
(まあこうなるんじゃないかとは思っていたけど。先に家に結界を張っておいて正解だったわね)
アドルフの家は、鬼の血を引いた人間や魔を、結界が拒む。人払いのとは逆の効果だ。蓮華が安全だと判断した者以外、何者であろうとも弾かれる。
空間の使い手では蓮華の右に出るものはなく、潜入を試みる同業者は、まずいまい。
それにしても恐ろしいのは、刀の気配を読みとる勘だ。蓮華が鬼の力でようやく察したことを、彼女は肌で感じとった。鬼の主としては不完全でありながら、人間ばなれした身体能力を持っている。
「カンの鋭さじゃ貴女に敵わないわね。彼らはただの様子見よ、無視して構わないわ」
「ん、分かった」
蓮華は人払いの術を掛けた範囲の内側に結界を張った。
二課にはこちらの様子がのぞけるよう、遮蔽効果はつけないでおく。お前たちには気付いている、という警告もこめて。
報告のあった時間だ。夕方五時を知らせるチャイムが、あちこちのスピーカーから響きわたる。
袋小路になった道の壁に、小さな穴が空いた。穴は次第に渦を巻きながら、大きくなっていく。
「今回の目標は烏群虫という五級の魔よ。一匹一匹が小さいから、なるべくまとめて倒すこと。鬼の力がなくても魔は視認できる。慌てず確実に応戦しなさい。それから、無茶はしないように。説明終わり」
「おっけー。どこまでやれるか分かんないけど」
刀は肩にかけていたロッドケースを下ろした。
ケースを吊っていたベルトの接続部のボタンを押す。鞘はケースに固定されている。中に充填されていたガスの圧力によって、打刀が抜ける仕組みだ。
「……あれが、魔」
刀がぽつりとつぶやく。引き抜いた打刀を握り、彼女は魔をその目に捉えた。
大きくなった穴から、烏群虫が我先にと、放射状に飛びだしていく。
真っ黒な翼に甲虫の外骨格が、夕焼けに染まった空を覆う。三百はゆうに超えている。群れて蠢く姿は、まるで龍のよう。
「先に行くよ」
「ちょっと待ちなさ――!?」
しかしその数に怖じ気付くどころか、刀は屋上の縁を蹴り、真っ逆さまに烏群虫のど真ん中に飛び降りた。蓮華が止めるまもない。
刀は降下しながら、大上段から白刃を振り下ろした。ビルを震わすほどの轟音と共に、下から上へ風が突き抜ける。風は屋上にいる蓮華の髪を揺らすどころか、毛先の一房をも断ち切った。
「な……っ」
巻き起こった風は小さな鎌に分裂し、虫たちを木っ端微塵に斬り刻む。刀身に刃がなかろうと、欠けていようとお構いなしだ。まともに近付けない。
「カタナ!!」
刀が宙にいたのはほんの一、二秒、地上は目と鼻の先。蓮華は彼女の落下地点に、空間の足場を生みだす。それを踏み台に、彼女は再び宙に身を躍らせた。
まるで剣舞のように、刀が円を描く。突風が竜巻状に巻き上がり、烏群虫の巨大な塊を吹き飛ばした。
(すごい威力……!)
しかし虫たちは仲間たちの非常事態にも動じず、風の届かない上空で、また群れをなそうとする。
彼らには、一級二級の魔ほどの殺傷能力はない。小を捨て、大をとる。群れて生存率を上げ、再び勢力を回復するのだ。
だが、先に張りめぐらされた結界がそれを許さない。
狭い空間の中で、憐れな烏群虫は逃げ惑う。
地を掬いあげる刀の一撃が、上空へ逃げた烏群虫を突く。ガラスを割るような断末魔。再び集結した黒い龍の胴体は断たれ、霧散した。
三百以上あった虫の群れは、たった三太刀で数えるほどに減ってしまった。
追い詰められた烏群虫は、ガチガチと口を鳴らす。今さらの威嚇に、刀がうろたえるはずもない。
虫たちの生き残りはそれぞれの高度と角度から、彼女を取り囲んで突進する。
彼らはぶつかる直前に一体化し、鋭い槍に変化した。弾丸のように速く、刀を貫くスピードとしては十分だった。
「カタナっ、避けなさい!!」
しかし、彼女は打刀を持った手をくんと振りあげただけ。
一本の風の刃が、漆黒の槍を真ん中から断ち切る。
生き残った一匹の烏群虫が、右へ左へふらついていたが、とどめの一突きがそれをさえぎった。
「……私の出る幕はなかったわね」
蓮華は虫に向けた左手を所在なく下ろした。
刀が短期決戦におよんだために力を使えなかったのもあるが、彼女の対応はどれも的確だった。人が変わったように、冷静な挙動ですべて捌いてみせたのだ。
虫たちの最期の抵抗を、片手一本で打ち破ったことも驚くべきものだった。
生半可な攻撃は彼女には効かない。刀は今、一人の兵器だった。
「カタナ」
「――あ。ごめん、獲物残しとくべきだった?」
刀身を鞘に納めたところで、刀はようやく我に返った。別の意識が働いていたのか、今の今まで蓮華が目に入っていなかったらしい。
「……ええ、そうね。ウォーミングアップにもならなかった」
「ごめん、次はとっとく」
「いや、それはいいんだけれど。戦闘は状況判断が先よ。なにが起こるか分からないんだから、あんな風に突撃するのはやめなさい」
苦笑する刀を、茶化さずにたしなめる。
彼女が鬼の力に頼らずとも、十分戦えることは判明した。どれだけ武器が貧弱であろうと、彼女はそれを最強の武器に変えるだろう。
だが鬼の力がないゆえに、無防備な姿をさらす時が必ず来る。場合によっては、蓮華がサポートにまわれない可能性もあるのだ。
「……ごめん。なんか刀抜いたら、意識がふっと切り替わる感じになって、身体が自然と動いちゃって。でも、次は気を付けるね」
「ええ、頼むわ。さて、局に報告しなきゃ。穴は浄定課がふさいでくれるから、引き継いだら戻るわよ」
浄定課――退魔部の課の一つで、魔を排除した場所の事後処理にあたる――にこの場を引きわたし、局へ引き返す。
退魔二課の局員の気配は、すでになくなっていた。




