2話 斬れない打刀(後)
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「……ん?」
打刀を持ちあげたとたん、刀が眉をひそめる。
「どうかした?」
蓮華の問いに答えず、そのまま鯉口を切り、抜き身の刀身を照明にかざす。
(あ――)
日本刀にうとい蓮華でも、はっきり分かったものがあった。
刃先がない。途中から折れている。
振るうこともせず、刀は刀身の長さを確認しただけで鞘に納めた。
「カタナ、ちょっとそれ、貸しなさい」
彼女はうなずき、蓮華に打刀をわたした。抜いてみれば、刀身の輝きは金属と見間違えるほどだが、その重さはまるでアルミのパイプのようだ。
刃に指をあててみる。ほんの少し指の腹が沈むだけで、切り傷の一つもつかない。
「長主任。これは模造刀ですか?」
「いえ。魔の攻撃を受けても容易には折れぬよう、本来使われる玉鋼とは別の特殊合金を使用しています。一般流通されている模造刀とは、そもそも格が違います」
模造刀呼ばわりされたことに、技術部のプライドが許さなかったのだろう。長はむっとした口調で言い返す。
「私の注文内容が大雑把だったのは認めますが、刃と刃先がついていないのは誰の指示です? これでは魔も斬れないでしょう。現場の判断ですか」
武器の製作は蓮華から依頼したものだが、特別な注文はつけていない。何者かが、そののちに指示を出したとしか考えられなかった。
「申し上げられません。私は依頼どおりに作らせただけです」
「私以外の依頼どおりに、の間違いでは?」
事務的な答えに、思わず拳を握りしめる。魔との命のやり取りに、よけいな配慮は無用だ。現場を知らぬ何者かの思惑など、なんの役にも立たない。
「蓮華、もういいって」
「は――?」
さらに詰問しようとした蓮華の肩を引き寄せ、刀は耳打ちした。
「貴女、なに言ってるの」
「あたしはこれで十分。ここで騒いだら、長さんたちに迷惑がかかるよ」
「……貴女、本当にそれでいいの? 貴女の命を守る武器が、こんな竹光みたいなもので構わないの?」
彼女は困ったように微笑み、小さくうなずいた。
『主、黒鬼の主の申すとおりだ。ここはおさえろ。お前はやや、独断専行に走るところがある。局もお前の行動には目を光らせているのではないか?』
先日の海堂の苦言を思いだす。彼は蓮華に、組織の一員であることを自覚し、行動するよう忠告していた。
「分かった。長主任、このままいただきます。でも外で持ち歩くにはいろいろめんどうですから、なにかいいカモフラージュはありません?」
たとえ刃と切っ先がなくとも、それを他人の目にさらせばなにかと厄介だ。
警察に局の名前を出したところで、巡査や巡査部長クラスでは信じてもらえないだろう。
「ロッドケースを改造したものを用意してあります。そちらもお受け取りください」
長は眼鏡の位置を確かめながら答えた。内心安堵したのか、彼の表情からはやや堅さが抜けていた。もう少し圧をかけていれば、武器の件は押し通せていたかもしれない。
そのまま技術部との接触は、おたがいいい印象を抱けずに終わってしまった。
山岡もそうだが、技術部の人間はプライドの高い人物が多いのだろうか。長もどこか、他人を突き放すような態度だった。
「カタナ。もう一度確認するけど、本当にそれでいいの?」
蓮華は隣を歩く刀に視線を向けた。彼女は左肩に黒のロッドケースをかけている。中身はもちろん、先ほど受け取った打刀だ。
「うん。局の人が決めたことだもん、大丈夫。それに蓮華、忘れた? あたし、木刀でああだったんだよ。今さら刃のあるなしくらいじゃ、そんなに変わんないよ」
「……そう」
相づちを打つも、納得できない。心の中にもやもやが残る。蓮華が刀と手合わせたあとと同じで、よく分からない衝動が沸き起こっている。
なにかに対しての怒りではないか、と考えてはみたものの、今ひとつはっきりしない。
『今日はよい顔合わせとはいかなかったが、奴を通して今後も接触すべきだと思うぞ』
(長主任と? なんでまた)
蓮華は半ばげんなりしながら、居候の蒼鬼に応えた。できれば長とは、再び顔をあわせたくなかったからだ。
『長氏は武器の製造、管理、軍事に長けた物部氏を祖とする。私が生まれる前からいる一族と言えば、その古さが分かるだろう。なんにせよ、関係は作っておくに越したことはない』
「なるほどね……」
「? なにが?」
「いえ、なんでも」
管理局には、大きな特徴がいくつかある。局員の先祖の多くが、有史以来の一族であるのも、その一つだ。
蒼鬼の言葉はだいたい聞き流すのだが――はじめは仕方なく聞いていたが、うんちくに耳を貸すのがめんどうになった――、今回の情報はまあまあ役に立つ。
長が技術部で主任を務めているのも、彼の祖を考えれば適任だ。
過去に楠木を名乗った一族も、古い豪族・橘氏の子孫と自称している。あながち嘘ではないのかもしれない。
もちろん、由緒ある家と関わりの薄い鬼もおり、一概には言えない。蓮峰家じたい、斎宮とくらべれば新しい家だ。
「ねえ、蓮華。あたしたちこれから現場に行くんだよね?」
「ええ、その予定だけど」
「質問してもいい? 魔って、どうやってこっちの世界に出てくんの? あたし、魔の姿見たことないからさ」
昨日は鬼について長々と説明したが、魔についてはさわり程度だった。任務の前に疑問は解消しておいたほうがいいだろう。
「魔は、大昔からこの国に住んでいたというのは話したわね。でも彼らはもともと、人間の世界で生まれたものではないの」
「じゃあ、どっから来てるの?」
「魔界よ、ネーミング分かりやすいでしょ。魔は、日本と魔界がつながってしまった場所から現れる。つなぎ目は見つけ次第、ふさぐようにはしているんだけど。今は昔とくらべて魔に対する人の警戒心が薄れているから、住み心地のいい環境になっているそうよ」
蓮華も妖怪や幽霊などといった類は、非科学的だと信じてはいなかった。昔の人が創った与太話だと考えていた。
実際に、魔と遭遇して襲われるまでは。
「魔の発生は、管理部にある監分――監視分析課から連絡が来るわ。私たちはそれを受けて、現場におもむく。魔界のなわばり争いに敗れて逃げてきた魔も、落ちのびた先で勢力を広げるから、排除するしかない」
「ち、ちょっと待って。その監視分析課が気付く前に、魔の姿を目撃した人がいたら、どうなるの?」
「教えてもいいけど、おすすめはしない」
「――」
刀は息を呑み、それ以上は追及しなかった。
目撃者は、すでに魔によって殺されていることが多い。
仮に逃げおおせても、局員が術を使って記憶を消す。化け物に襲われたという記憶は、忘れたほうが楽だ。
「もうすぐ出現時間よ、急ぎましょう」
「――うん」
さぞ真っ青になっているだろうと、刀の顔を一瞥する。しかし意外にも、表情の色は変わっていなかった。まるで自分の仇と言わんばかりに、その眼には闘志が宿っていた。




