5話 前夜
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
◇
この家の陽気な主人、アドルフ発案による歓迎会は盛大に――仕事はいいのかと蓮華に訊ねたが、午後は半休をとっていたらしい。用意がいい――、数時間にもわたった。
彼が酔いつぶれ、ようやく会はお開きとなった。
賑やかな歓迎会だったが、ほとんどアドルフが騒いでいただけともいえた。
ベッドに寝転がり、今日のことを思い返す。
驚きの連続で、一日がとてつもなく長く感じられた。蓮華に局や鬼の説明を受けたのが、ずいぶん前の出来事のようだ。
刀の部屋は母屋ではなく、庭にあった別棟の二階――蓮華はこの一階――だった。
古そうな外観だったが、中は改装がほどこされており、伝統的な日本家屋の母屋とは様子が変わる。建てられた時代が新しいため、リフォームしやすかったのだろう。
「……眠れないな」
時計は深夜二時を指している。コンクリート打ちっ放し、金属の扉と格子の檻、結界で隔離された訓練所の部屋とは違う景色。それが逆に刀を落ち着かなくさせた。
もしかしたらこれは夢で、自分はまだ訓練所にいるのかもしれない。そう思うと眠れなかった。
刀はベッドから起き上がり、一階に下りた。灯りが漏れでて見える部屋のドアを、小さくノックする。
「あの、蓮華。刀だけど、起きてる……?」
なるべく小さな声で話しかける。
するとドアは、ひとりでに開いた。蓮華が鬼の力を使ったのかもしれない。
おそるおそる中をのぞく。
彼女は机に向かい、なにやら勉強中だった。ぶ厚い本が何冊も、レンガのように積み重ねられている。
「どうしたの? こんな夜中に」
手を止め、彼女は振り返った。
「あ、いや、その、ちょっと眠れなくてさ。もし起きてるなら話したいと思ったけど、勉強の邪魔になるし戻るね」
「いえ、構わないわ。自習はいつでもできるから」
蓮華はデスクから席を外し、空のカップを二つ手に取った。慣れた手つきで急須に茶葉を入れ、魔法瓶の湯をそそぐ。
そして砂時計をひっくり返したところで、座布団の上に腰を下ろした。
「ほら、突っ立ってないで、座りなさい」
「う、うん。失礼します……」
小さなテーブルをはさみ、蓮華の前に正座する。昼間もこうして向かいあったが、今は少し気まずく、砂時計に視線を落としてしまう。
「それで、話って?」
「ええと、蓮華の話、聞きたいなあって」
「私の?」
蓮華の目が、一瞬丸くなった。
「昼間に言えばよかったんだけど思いつかなくて。あたしは記憶がないから、自分のことなにも話せない。だから、蓮華の話が聞きたい。今日一日で、前と印象が変わったし、一緒に仕事するなら、もっと知っておきたいと思ったんだ」
砂時計の砂がすべて落ちた。蓮華は先ほどの茶をカップにそそいだ。
ハーブティーだろうか、花の香りがほのかに立ち昇る。
「そうね。確かに昼間は、仕事の話しか、してなかったわね」
「じゃ、じゃあ、訊いても、いい?」
彼女は首を縦に振った。
「蓮華の金髪って、すごく綺麗だよね。お父さんかお母さんが外国の人?」
一番気になっていた、蓮華の髪の色。
彼女が訓練所に姿を現した時、その鮮やかな髪の色が印象的だった。染めたものでないことは、髪の輝きで分かった。日本人ばなれした容姿も、見た誰もが美人だと言うだろう。
「いえ、祖父がアメリカ人で、私はクォーター。ハーフに間違えられるけど、それは母のほう」
「へえ?、お祖父さんとお祖母さんはどうやって知りあったの?」
「祖父は医者だったんだけど、いろいろあって病院を辞めて、日本に旅行した時に祖母と出逢ったらしいわ」
「いろいろって……」
「詳しくは知らない。でも、その病院の不正を公に暴いたから、いられなくなったとかなんとか。正義感が強くて、優しい人だったから。なんにせよ、祖父がそうしていなかったら、私は生まれていないわけ」
「それはまた……なんていうか複雑だね」
そんなことはない、と蓮華は軽く否定してみせた。
「祖父は日本でも医者として働いて、みんなから尊敬されていたわ。誰からも愛されていた。ここに来てよかった、ってよく言っていたわ。……ほんとうに素晴らしい人だった」
昔に思いを馳せているのか、その言葉には今日話した中で一番、感情が強くこもっていた。祖父は特別な人だったのだろう。
「お祖父さんのこと、尊敬してるんだね」
「……ええ。私もあの人みたいになりたいと思ってる」
「お医者さんに?」
もちろん、とうなずく蓮華。勉強机にあるぶ厚い本は、すべて医学書だ。
「でも、ずいぶん遠まわりしてるわ。鬼の力なんてものに目覚めたから、大学も休まないといけなくなった。医者になるのはずっと先の話ね」
「そっか……。蓮華も局に入ったの、けっこう最近なんだ。アドルフさんは、知ってるの?」
「ええ、最初に彼に話した。あんな人だけど口は堅いし、信頼できる。だから、カタナのこともある程度は伝えているわ。気を悪くしないで」
「ん、そこはだいじょぶ。だいたい対異総合管理局がどんなところとか、なかなか説明できないじゃん。そのあたり、ごまかさなくて気が楽かも」
むしろ、彼女がアドルフに話を通してくれていたから、空き部屋に入れたのだ。感謝してもしきれない。
「ところでアドルフさんと蓮華の師弟関係って、いつからなの?」
「小学校高学年のころだったから――かれこれ十二年。物心ついた時にはうちによく来てたから、つきあいはもっと長いわ」
「へえ……。あ、そういえば蓮華がここに住むようになったのも、鬼の力が理由?」
「いえ、高校を卒業したあと。大学から近かったから」
「実家が遠いの?」
しかし、彼女は首を横に振る。実家は都内にあるらしい。
「じゃあ、どうして」
「将来のことで母ともめてね。父は認めてくれたんだけど、勝手に進学決めちゃったから家を出たの」
「えええ!?」
とんだ爆弾発言に、深夜なのを忘れて叫んでしまった。当の本人はまったく動じていない。
「もしかして、それからお母さんと会ってない……?」
「ええ。反対押しきって進学したのに、今は行っていない。その理由も説明できない。だったら、顔をあわせないほうがいいでしょう」
「だ、だめだよそんなの!!」
蓮華はどうして、と言わんばかりに首をかしげた。
「局の仕事って、いつ命を落とすか分からないんでしょ? あたしは親とかいるか分かんないけど、蓮華はそうじゃないでしょ。ちゃんと会って、少しでも話してさ。それだけでも、ご両親安心すると思うな」
「そんなものかしらね」
「ごめん……。事情もよく知らないのに、偉そうに言って」
「いいえ」
深いため息を吐いたきり、彼女はだまってしまった。刀も次の話題を見つけられず、カップにそそがれた茶を一口飲んだ。
「な、なんか不思議な味がするお茶だね、これ」
「ああ、カモミールよ。安眠効果があるの」
口に含むと、ミントの清涼感も感じる。苦くもすっぱくもないが、未体験の味だ。眠れないと言った刀のために、わざわざ出してくれたのだろう。
「これ飲んだら、もう寝なさい。明日から本格的に仕事することになるわ」
「……うん。蓮華も、早く寝なよ?」
残っていたカモミールティーを飲みほし、刀は立ち上がった。
「今日はいろいろとありがと、明日もまたよろしくね、蓮華。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
部屋に戻り、刀は言われたとおり、すぐ寝床に就いた。
話すことで気がまぎれたのか、カモミールのお茶のおかげか、先ほどまでのごちゃごちゃした悩みはなくなっていた。
やってきた睡魔に身をまかせ、刀は重くなったまぶたを閉じた。
『今日はずいぶんとお喋りだったな』
刀が部屋を去ったあと、蓮華に話しかける少年の声があった。昼間、勝手に主人の身体を拝借した蒼鬼だ。
『お前が自分や家族の話をするなど。珍しい』
「あなたこそ、自分から表に出てくるなんて、どういう風の吹きまわし?」
『数百年ぶりの、黒鬼の主だぞ? じかに会い、言葉をかわしたいと思うのが、〝鬼情〟ではないか』
蒼鬼は愉快に笑う。そもそもの性格なのか、現代の文化にふれたからなのか、彼はときどき、野次馬根性を発揮する。もう少し、畏怖の対象である自分の格を、気にしてほしいところだ。
「ああそう。それで? あなたが見たところどうなの、彼女」
『安心しろ、あれは間違いなく黒鬼の主だ』
先の楽しそうな声とは一転、彼は静かに告げた。過去三人の主と共に黒鬼と戦い、敗れた二人の死を、看取った蒼鬼。その奥に潜む感情は、蓮華ですら測れない。
「安心していい問題じゃなくなったわね」
『早いうちに分かっておいたほうがよかろう。お前が黒鬼の主に、自分の家族の話をしたようにな』
「私や家族の事情は、別に隠す必要がないから。……それに局は、彼女の家族構成や内情を調査ずみ。私が自分のことを話さないのは、フェアじゃないでしょう」
海堂からもらった資料には、楠木家の情報――失踪時期の刀の情報は、まだ見つかっていない――も多く含まれている。
両親は刀が幼いころに離婚しており、楠木家は母方の実家だ。その家は古い慣習の残ったところで、調査書を見るかぎり、世間一般の温かい家庭とはかけはなれているようだった。
それにくらべれば、蓮華の実家は比較的普通だ。冷戦状態の母を除けば、父とは良好な関係を保てている。
刀は自分の家庭事情を思いだせないまま、家族に会って話したほうがいいと言ったのだ。なんとも皮肉な話である。
『ふぇあ、確か公平という意味だったか。公平というならば、お前が流鬼の主から得た情報を教えてやるべきではないのか?』
「それは今じゃないわ。話すなら、もう少し彼女の足跡を調べてからでしょう。もう寝るから話しかけないで」
『分かった分かった、よい夢をな』
ついいつものくせで深夜まで勉強してしまったが、明日からついに、魔とあたることになる。一年ぶりの現場は蓮華にとって未知数だ。鬼の力を使えない刀の剣術が、どれほど魔に通用するかも予測がつかない
(明日、無事に切り抜けられますように)
机の上の写真立てを手に取り、祈る。そこには幼いころの蓮華を抱く、老紳士が微笑んでいた。
この話で三章は終わりです。続きをお楽しみに。




