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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
三章 異邦に放りこまれたもの
19/68

5話 前夜

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。



 この家の陽気な主人、アドルフ発案による歓迎会は盛大に――仕事はいいのかと蓮華に(たず)ねたが、午後は半休をとっていたらしい。用意がいい――、数時間にもわたった。

 彼が酔いつぶれ、ようやく会はお開きとなった。

 賑やかな歓迎会だったが、ほとんどアドルフが騒いでいただけともいえた。

 ベッドに寝転がり、今日のことを思い返す。

 驚きの連続で、一日がとてつもなく長く感じられた。蓮華に局や鬼の説明を受けたのが、ずいぶん前の出来事のようだ。

 刀の部屋は母屋ではなく、庭にあった別棟の二階――蓮華はこの一階――だった。

 古そうな外観だったが、中は改装がほどこされており、伝統的な日本()(おく)(おも)()とは様子が変わる。建てられた時代が新しいため、リフォームしやすかったのだろう。

「……眠れないな」

 時計は深夜二時を指している。コンクリート打ちっ放し、金属の扉と(こう)()(おり)、結界で(かく)()された訓練所の部屋とは違う景色。それが逆に刀を落ち着かなくさせた。

 もしかしたらこれは夢で、自分はまだ訓練所にいるのかもしれない。そう思うと眠れなかった。

 刀はベッドから起き上がり、一階に下りた。灯りが漏れでて見える部屋のドアを、小さくノックする。

「あの、蓮華。刀だけど、起きてる……?」

 なるべく小さな声で話しかける。

 するとドアは、ひとりでに開いた。蓮華が鬼の力を使ったのかもしれない。

 おそるおそる中をのぞく。

 彼女は机に向かい、なにやら勉強中だった。ぶ厚い本が何冊も、レンガのように積み重ねられている。

「どうしたの? こんな夜中に」

 手を止め、彼女は振り返った。

「あ、いや、その、ちょっと眠れなくてさ。もし起きてるなら話したいと思ったけど、勉強の邪魔になるし戻るね」

「いえ、構わないわ。自習はいつでもできるから」

 蓮華はデスクから席を外し、空のカップを二つ手に取った。慣れた手つきで(きゅう)()に茶葉を入れ、魔法瓶の湯をそそぐ。

 そして砂時計をひっくり返したところで、座布団の上に腰を下ろした。

「ほら、突っ立ってないで、座りなさい」

「う、うん。失礼します……」

 小さなテーブルをはさみ、蓮華の前に正座する。昼間もこうして向かいあったが、今は少し気まずく、砂時計に視線を落としてしまう。

「それで、話って?」

「ええと、蓮華の話、聞きたいなあって」

「私の?」

 蓮華の目が、一瞬丸くなった。

「昼間に言えばよかったんだけど思いつかなくて。あたしは記憶がないから、自分のことなにも話せない。だから、蓮華の話が聞きたい。今日一日で、前と印象が変わったし、一緒に仕事するなら、もっと知っておきたいと思ったんだ」

 砂時計の砂がすべて落ちた。蓮華は先ほどの茶をカップにそそいだ。

 ハーブティーだろうか、花の香りがほのかに立ち昇る。

「そうね。確かに昼間は、仕事の話しか、してなかったわね」

「じゃ、じゃあ、訊いても、いい?」

 彼女は首を縦に振った。

「蓮華の金髪って、すごく綺麗だよね。お父さんかお母さんが外国の人?」

 一番気になっていた、蓮華の髪の色。

 彼女が訓練所に姿を現した時、その鮮やかな髪の色が印象的だった。染めたものでないことは、髪の輝きで分かった。日本人ばなれした容姿も、見た誰もが美人だと言うだろう。

「いえ、祖父がアメリカ人で、私はクォーター。ハーフに間違えられるけど、それは母のほう」

「へえ?、お祖父さんとお祖母さんはどうやって知りあったの?」

「祖父は医者だったんだけど、いろいろあって病院を辞めて、日本に旅行した時に祖母と出逢(であ)ったらしいわ」

「いろいろって……」

「詳しくは知らない。でも、その病院の不正を公に暴いたから、いられなくなったとかなんとか。正義感が強くて、優しい人だったから。なんにせよ、祖父がそうしていなかったら、私は生まれていないわけ」

「それはまた……なんていうか複雑だね」

 そんなことはない、と蓮華は軽く否定してみせた。

「祖父は日本でも医者として働いて、みんなから尊敬されていたわ。誰からも愛されていた。ここに来てよかった、ってよく言っていたわ。……ほんとうに素晴らしい人だった」

 昔に思いを()せているのか、その言葉には今日話した中で一番、感情が強くこもっていた。祖父は特別な人だったのだろう。

「お祖父さんのこと、尊敬してるんだね」

「……ええ。私もあの人みたいになりたいと思ってる」

「お医者さんに?」

 もちろん、とうなずく蓮華。勉強机にあるぶ厚い本は、すべて医学書だ。

「でも、ずいぶん遠まわりしてるわ。鬼の力なんてものに目覚めたから、大学も休まないといけなくなった。医者になるのはずっと先の話ね」

「そっか……。蓮華も局に入ったの、けっこう最近なんだ。アドルフさんは、知ってるの?」

「ええ、最初に彼に話した。あんな人だけど口は堅いし、信頼できる。だから、カタナのこともある程度は伝えているわ。気を悪くしないで」

「ん、そこはだいじょぶ。だいたい対異総合管理局がどんなところとか、なかなか説明できないじゃん。そのあたり、ごまかさなくて気が楽かも」

 むしろ、彼女がアドルフに話を通してくれていたから、空き部屋に入れたのだ。感謝してもしきれない。

「ところでアドルフさんと蓮華の師弟関係って、いつからなの?」

「小学校高学年のころだったから――かれこれ十二年。物心ついた時にはうちによく来てたから、つきあいはもっと長いわ」

「へえ……。あ、そういえば蓮華がここに住むようになったのも、鬼の力が理由?」

「いえ、高校を卒業したあと。大学から近かったから」

「実家が遠いの?」

 しかし、彼女は首を横に振る。実家は都内にあるらしい。

「じゃあ、どうして」

「将来のことで母ともめてね。父は認めてくれたんだけど、勝手に進学決めちゃったから家を出たの」

「えええ!?」

 とんだ爆弾発言に、深夜なのを忘れて叫んでしまった。当の本人はまったく動じていない。

「もしかして、それからお母さんと会ってない……?」

「ええ。反対押しきって進学したのに、今は行っていない。その理由も説明できない。だったら、顔をあわせないほうがいいでしょう」

「だ、だめだよそんなの!!」

 蓮華はどうして、と言わんばかりに首をかしげた。

「局の仕事って、いつ命を落とすか分からないんでしょ? あたしは親とかいるか分かんないけど、蓮華はそうじゃないでしょ。ちゃんと会って、少しでも話してさ。それだけでも、ご両親安心すると思うな」

「そんなものかしらね」

「ごめん……。事情もよく知らないのに、(えら)そうに言って」

「いいえ」

 深いため息を吐いたきり、彼女はだまってしまった。刀も次の話題を見つけられず、カップにそそがれた茶を一口飲んだ。

「な、なんか不思議な味がするお茶だね、これ」

「ああ、カモミールよ。安眠効果があるの」

 口に含むと、ミントの(せい)(りょう)(かん)も感じる。苦くもすっぱくもないが、未体験の味だ。眠れないと言った刀のために、わざわざ出してくれたのだろう。

「これ飲んだら、もう寝なさい。明日から本格的に仕事することになるわ」

「……うん。蓮華も、早く寝なよ?」

 残っていたカモミールティーを飲みほし、刀は立ち上がった。

「今日はいろいろとありがと、明日もまたよろしくね、蓮華。おやすみなさい」

「ええ、おやすみなさい」

 部屋に戻り、刀は言われたとおり、すぐ寝床に就いた。

 話すことで気がまぎれたのか、カモミールのお茶のおかげか、先ほどまでのごちゃごちゃした悩みはなくなっていた。

 やってきた(すい)()に身をまかせ、刀は重くなったまぶたを閉じた。


『今日はずいぶんとお(しゃべ)りだったな』

 刀が部屋を去ったあと、蓮華に話しかける少年の声があった。昼間、勝手に主人の身体を(はい)(しゃく)した蒼鬼だ。

『お前が自分や家族の話をするなど。珍しい』

「あなたこそ、自分から表に出てくるなんて、どういう風の吹きまわし?」

『数百年ぶりの、黒鬼の主だぞ? じかに会い、言葉をかわしたいと思うのが、〝鬼情(きじよう)〟ではないか』

 蒼鬼は()(かい)に笑う。そもそもの性格なのか、現代の文化にふれたからなのか、彼はときどき、()()(うま)根性を(はっ)()する。もう少し、()()の対象である自分の格を、気にしてほしいところだ。

「ああそう。それで? あなたが見たところどうなの、彼女」

『安心しろ、あれは間違いなく黒鬼の主だ』

 先の楽しそうな声とは一転、彼は静かに告げた。過去三人の主と共に黒鬼と戦い、敗れた二人の死を、看取った蒼鬼。その奥に潜む感情は、蓮華ですら測れない。

「安心していい問題じゃなくなったわね」

『早いうちに分かっておいたほうがよかろう。お前が黒鬼の主に、自分の家族の話をしたようにな』

「私や家族の事情は、別に隠す必要がないから。……それに局は、彼女の家族構成や内情を調査ずみ。私が自分のことを話さないのは、フェアじゃないでしょう」

 海堂からもらった資料には、楠木家の情報――失踪時期の刀の情報は、まだ見つかっていない――も多く含まれている。

 両親は刀が幼いころに離婚しており、楠木家は母方の実家だ。その家は古い慣習の残ったところで、調査書を見るかぎり、世間一般の温かい家庭とはかけはなれているようだった。

 それにくらべれば、蓮華の実家は比較的普通だ。冷戦状態の母を除けば、父とは良好な関係を保てている。

 刀は自分の家庭事情を思いだせないまま、家族に会って話したほうがいいと言ったのだ。なんとも皮肉な話である。

『ふぇあ、確か公平という意味だったか。公平というならば、お前が流鬼の主から得た情報を教えてやるべきではないのか?』

「それは今じゃないわ。話すなら、もう少し彼女の足跡を調べてからでしょう。もう寝るから話しかけないで」

『分かった分かった、よい夢をな』

 ついいつものくせで深夜まで勉強してしまったが、明日からついに、魔とあたることになる。一年ぶりの現場は蓮華にとって未知数だ。鬼の力を使えない刀の剣術が、どれほど魔に通用するかも予測がつかない

(明日、無事に切り抜けられますように)

 机の上の写真立てを手に取り、祈る。そこには幼いころの蓮華を抱く、老紳士が微笑んでいた。



この話で三章は終わりです。続きをお楽しみに。

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