4話 アドルフ家
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
一杯のカプチーノに心の平穏を得たところで、再び連れられるがまま歩く。
賑やかな都会とは思えない、静かな街並みに入った。建物は古いものが多く、新築はあまり見受けられない。下町の雰囲気がただよっている。
「あの、蓮華さん」
「……」
背中を呼びとめるも、形だけの上司に反応なし。蓮華はずんずん先を進んでいく。
「れ、蓮華!」
「なに?」
ようやく蓮華が振り向く。心の中でさん付けしたおかげか、ほんの少しだけ罪悪感がまぎれる。
だが振り返った彼女は、不審そうにうかがう。心を見透かすように、黒い瞳が刀を捉える。
今度は、左胸の痛みは襲ってこない。やはり先のは、魔眼の一種だったのかもしれない。
「あ、あたしたちはどこに向かってるんですかな?って!」
丁寧口調が抜けきれず、変な訊ね方になってしまい、なんとかあいそ笑いでごまかす。
そもそも約一年間、丁寧語や敬語なしで話せた相手は一人しかいなかったのだ。少しはそのあたりを考慮してほしい。
「貴女の住む場所よ。聞かされてないでしょう」
「え、てっきり局の寮かなんかかと思ってまし、思ってた」
「確かにね。でもあそこは男ばかりだし、プライバシーの保護もあてにならないし、私も引っ越さないといけなくなるからめんどうで。今住んでいる家にちょうど空きがあるから、そこを使えるように頼んでおいたの」
「あっ、ナルホドソウイウコトデスカ……」
蓮華の本音がかいま見えた気がする。
彼女は局から、刀の監視を命じられていると言った。ならば、同居は必須だろう。
刀の私物はボストンバッグ一個に収まるもので、引っ越しの手間を考えれば、彼女の家に居候させてもらうのが一番楽だ。
「着いたわ、ここよ」
「……な、なんか立派な家!!」
ここに来るまでに見た、他の家々とは明らかに違う。武家屋敷だろうか、格式高い木造の家があった。
石の正門をかまえ、広大な庭には綺麗に整えられた松。庭にはさらにもう一棟、時代は下るが、昭和の雰囲気を残した家屋が建っている。
窮屈な都会にこれほど広々した敷地、江戸時代の旧家かなにかに違いない。
「ほら、入るわよ」
「あっ、ままま、待って!!」
蓮華は正門をさっさとくぐり、立派な家の引き戸に手をかけた。
「ただいま戻りました」
「おぅ、おかえり! 酒は買ってきたか、レンカ」
戸を開けて目に飛びこんできたのは、金色の長い髪をオールバックに流した、青い瞳の中年の男性。
彼はぼさぼさの無精ひげで、白のTシャツ、ももひきに腹巻と、典型的な昭和の親父の格好だった。
「〝……出迎えの言葉がそれ? あと人を連れてくるって、私、伝えてましたよね。その格好は一体なんなのか、説明していただけるかしら〟」
一瞬の間ののち、蓮華は金髪の昭和親父に英語でなにやら問いかけた。
「〝新入りを出迎えるのに酒は必要だろ? それにこのスタイルはニホンのオヤジのスタンダードだろうが、いちいち文句言うない〟」
「〝スタンダード? ふっ、いつの時代に生きてるんです? そうしてほしいなら、笑ってさしあげてもいいんですけど?〟」
「〝それはこっちのセリフだ。世間の厳しさを知らないペーペーめ〟」
煽り文句を放ち、二人はだまって火花を散らしはじめる。蓮華は冷静さを保っている風にも見えるが、その実、目にはにこやかさの欠片もない。
「あ、あの、蓮華……こ、この人は? 蓮華のお父さん?」
冷戦が本物の争いに発展する前に、慌てて二人のあいだに割って入る。
静かな怒りをたたえた蓮華の目が、ぎろりと向けられた。
「んなわけないでしょ」
そうは言ってもブロンドの髪は似ており、おたがい日本語も英語も話し、けんかをする姿は親子のそれだ。ここは蓮華の実家ではないのだろうか。
「ひどいなレンカ、赤ん坊からここまで育ててやったのに」
「息するように嘘を吐かない。彼は私の先生、アドルフ・ローマン。カタナと手合わせした時のアレを、教えてくれた人」
「あ、あの格闘技の……?」
彼女の使った技は、どれも非常に実戦向きの格闘術だった。訓練所で身に着けた技術かと思いきや、彼が手ほどきをしたらしい。
「先源流、合気道と気功術を基本に組みあわせた、俺のオリジナルだ」
「聞こえはいいけど、他の格闘技のおいしいとこ盗んだ闘術だから」
「それを率先して学んだ奴がなにを言うか、このこの、可愛い奴めふご?!」
蓮華の頬をつついてからかったアドルフが、突如倒れこむ。腹部には弟子の拳が入っていた。
「なんだ、表が騒がしいと思ったら。おかえり、レンカ」
家の奥から、アドルフと同じ、金の長い髪の少年が姿を現した。十代後半だろうか、大人びた背格好だ。
「ただいま、アンディ。このあいだ話していた人を連れてきたわ」
「はじめまして! 俺はアンドリュー・ローマン。アンディと呼んでくれ」
「はじめまして、楠木刀です。これからお世話になりま――」
「ええいかたっ苦しいな日本人は! 敬語なんざいらねぇよ!!」
アドルフは突然身を起こし、人差し指を振ってみせた。
「えっ、で、でも、部屋を借りるわけですし」
「遠慮すんな。これから一緒に釜の飯食うんだ、もう家族同然だぜ!」
「き……、急に言われても」
刀はどう返せばいいか分からず、困った顔を浮かべるしかなかった。
自分の家族がどうだったか、そもそも普通の家族だったのか、思いだせない。などと言い訳しようとしたのだが。
「そうと決まれば話は早い、レンカの職場復帰と新入りを祝わねえとな!! レンカ、酒買ってこい!!」
「VIPにパシリやらせる主催者がどこにいるのよ……」
「親父、俺が行ってくる!」
「おう、頼んだ息子!!」
彼らの勢いに押され、口に出すことができなかった。




