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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
三章 異邦に放りこまれたもの
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4話 アドルフ家

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 一杯のカプチーノに心の平穏を得たところで、再び連れられるがまま歩く。

 賑やかな都会とは思えない、静かな街並みに入った。建物は古いものが多く、新築はあまり見受けられない。下町の雰囲気がただよっている。

「あの、蓮華さん」

「……」

 背中を呼びとめるも、形だけの上司に反応なし。蓮華はずんずん先を進んでいく。

「れ、蓮華さん!」

「なに?」

 ようやく蓮華が振り向く。心の中でさん付けしたおかげか、ほんの少しだけ罪悪感がまぎれる。

 だが振り返った彼女は、不審そうにうかがう。心を()(すか)かすように、黒い瞳が刀を(とら)える。

 今度は、左胸の痛みは襲ってこない。やはり先のは、魔眼の一種だったのかもしれない。

「あ、あたしたちはどこに向かってるんですかな?って!」

 丁寧口調が抜けきれず、変な(たず)ね方になってしまい、なんとかあいそ笑いでごまかす。

 そもそも約一年間、丁寧語や敬語なしで話せた相手は一人しかいなかったのだ。少しはそのあたりを(こう)(りょ)してほしい。

「貴女の住む場所よ。聞かされてないでしょう」

「え、てっきり局の(りょう)かなんかかと思ってまし、思ってた」

「確かにね。でもあそこは男ばかりだし、プライバシーの保護もあてにならないし、私も引っ越さないといけなくなるからめんどうで。今住んでいる家にちょうど空きがあるから、そこを使えるように頼んでおいたの」

「あっ、ナルホドソウイウコトデスカ……」

 蓮華の本音がかいま見えた気がする。

 彼女は局から、刀の監視を命じられていると言った。ならば、同居は(ひっ)()だろう。

 刀の私物はボストンバッグ一個に収まるもので、引っ越しの手間を考えれば、彼女の家に居候させてもらうのが一番楽だ。

「着いたわ、ここよ」

「……な、なんか立派な家!!」

 ここに来るまでに見た、他の家々とは明らかに違う。武家屋敷だろうか、格式高い木造の家があった。

 石の正門をかまえ、広大な庭には綺麗に整えられた松。庭にはさらにもう一棟、時代は下るが、昭和の雰囲気を残した家屋が建っている。

 窮屈な都会にこれほど広々した敷地、江戸時代の旧家かなにかに違いない。

「ほら、入るわよ」

「あっ、ままま、待って!!」

 蓮華は正門をさっさとくぐり、立派な家の引き戸に手をかけた。

「ただいま戻りました」

「おぅ、おかえり! 酒は買ってきたか、レンカ」

 戸を開けて目に飛びこんできたのは、金色の長い髪をオールバックに流した、青い瞳の中年の男性。

 彼はぼさぼさの無精ひげで、白のTシャツ、ももひきに腹巻と、典型的な昭和の親父の格好だった。

「〝……出迎えの言葉がそれ? あと人を連れてくるって、私、伝えてましたよね。その格好は一体なんなのか、説明していただけるかしら〟」

 一瞬の間ののち、蓮華は金髪の昭和親父に英語でなにやら問いかけた。

「〝新入りを出迎えるのに酒は必要だろ? それにこのスタイルはニホンのオヤジのスタンダードだろうが、いちいち文句言うない〟」

「〝スタンダード? ふっ、いつの時代に生きてるんです? そうしてほしいなら、笑ってさしあげてもいいんですけど?〟」

「〝それはこっちのセリフだ。世間の厳しさを知らないペーペーめ〟」

 (あお)り文句を放ち、二人はだまって火花を散らしはじめる。蓮華は冷静さを保っている風にも見えるが、その(じつ)、目にはにこやかさの欠片もない。

「あ、あの、蓮華……こ、この人は? 蓮華のお父さん?」

 冷戦が本物の争いに発展する前に、慌てて二人のあいだに割って入る。

 静かな怒りをたたえた蓮華の目が、ぎろりと向けられた。

「んなわけないでしょ」

 そうは言ってもブロンドの髪は似ており、おたがい日本語も英語も話し、けんかをする姿は親子のそれだ。ここは蓮華の実家ではないのだろうか。

「ひどいなレンカ、赤ん坊からここまで育ててやったのに」

「息するように嘘を吐かない。彼は私の先生、アドルフ・ローマン。カタナと手合わせした時のアレを、教えてくれた人」

「あ、あの格闘技の……?」

 彼女の使った技は、どれも非常に実戦向きの格闘術だった。訓練所で身に着けた技術かと思いきや、彼が手ほどきをしたらしい。

先源流(せんげんりゅう)、合気道と気功術を基本に組みあわせた、俺のオリジナルだ」

「聞こえはいいけど、他の格闘技のおいしいとこ盗んだ闘術だから」

「それを率先して学んだ奴がなにを言うか、このこの、可愛い奴めふご?!」

 蓮華の頬をつついてからかったアドルフが、突如倒れこむ。腹部には弟子の拳が入っていた。

「なんだ、表が騒がしいと思ったら。おかえり、レンカ」

 家の奥から、アドルフと同じ、金の長い髪の少年が姿を現した。十代後半だろうか、大人びた背格好だ。

「ただいま、アンディ。このあいだ話していた人を連れてきたわ」

「はじめまして! 俺はアンドリュー・ローマン。アンディと呼んでくれ」

「はじめまして、楠木刀です。これからお世話になりま――」

「ええいかたっ苦しいな日本人は! 敬語なんざいらねぇよ!!」

 アドルフは突然身を起こし、人差し指を振ってみせた。

「えっ、で、でも、部屋を借りるわけですし」

「遠慮すんな。これから一緒に(かま)の飯食うんだ、もう家族同然だぜ!」

「き……、急に言われても」

 刀はどう返せばいいか分からず、困った顔を浮かべるしかなかった。

 自分の家族がどうだったか、そもそも普通の家族だったのか、思いだせない。などと言い訳しようとしたのだが。

「そうと決まれば話は早い、レンカの職場復帰と新入りを祝わねえとな!! レンカ、酒買ってこい!!」

「VIPにパシリやらせる(しゅ)(さい)(しゃ)がどこにいるのよ……」

「親父、俺が行ってくる!」

「おう、頼んだ息子!!」

 彼らの勢いに押され、口に出すことができなかった。


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