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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
三章 異邦に放りこまれたもの
17/68

3話 鬼について

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 これまで表情を変えなかった蓮華が、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 もったいないな、と刀は思った。ようやく彼女に表情らしい表情が表れたと思いきや、綺麗な顔立ちにあわないものだったからだ。彼女が笑顔を見せれば、それだけでその場の空気が華やかになるだろうに。

 そんな刀の心境を知る余地もなく、蓮華は淡々と刀の問いに答える。

「鬼は肉体が滅んでも、魂をある形で生きながらえることができるの」

「どうやって、ですか?」

「例えば、Aという鬼が死んだ。Aには人とのあいだに生まれた子どもが、たくさんいるとするわね。その子孫の中で、最も素質に優れた人間Bが現れた時、Aは自分の魂をBに宿らせる。BはAの力を、最大限に振るうことができる。Bは鬼の主――つまりAの主と呼ばれるようになるわ。他の子たちは、Bより強い力は操れない」

 そこまで言って、蓮華はさらに不機嫌そうに額にしわを寄せた。ますます綺麗な顔が台なしだ。彼女には喜怒哀楽の喜、哀、楽はないのだろうか。

「とはいえ、鬼と人は必ずしも主従関係ではないわ。あり方はそれぞれ違う」

「……なんか、それ、選ばれた人によっては、ありがた迷惑ですね」

「ええ。器扱いされたくないし、自分の家に勝手に住まわれているようなものだし、気持ちはよくないわね」

 まるで自分のことのように話す蓮華に、刀はひょっとして、と口を開いた。

「あの、気を悪くしたらごめんなさい。蓮峰さんって、もしかして」

「――ああ、ご想像のとおり。私はレンカに居候させてもらっている身だ」

「!? あ……」

 蓮華の声に少年の声が(かぶ)って聴こえる。

 その瞳の色は蒼く、彼女のものとは明らかに違っていた。

「ぐ――」

 刀は左胸をおさえた。(わし)づかみされるような痛みが、心臓を刺し貫く。すべてが二重にも三重にも映り、正しい色がどれかさえ分からない。

(なに、これ……!)

「自己紹介だ。私は(そう)()と言う。レンカ共々よろしく頼むぞ、黒鬼の主殿」

「……っ、よろしく、おねがい、します」

 痛みに耐えながら、頭を下げた。これ以上、この鬼の目を見てはいけない。自分が自分でなくなってしまう、そんな恐怖が湧き上がる。

「ふむ、刺激が強すぎたか? ならばさっさと退散しよう。それではな」

 蒼鬼の気配が去ったのを感じたのか、胸の痛みは引いていった。深呼吸を三度繰り返したところで顔を上げれば、蓮華の不機嫌な顔があった。

「今、蒼鬼の奴がなにかした?」

「あ、いえ……大丈夫、です。ちょっとびっくりして、心臓飛びでるかと思いましたけど」

「そう、それならいいけど。あいつが勝手に表に出てくるなんてめったにないから、油断してたわ。悪かったわね」

 蓮華は眉をひそめ、小さく頭を下げた。

 彼女の言うとおり、鬼とその主の関係は必ずしも主従関係ではないらしい。でなければ、蓮華の意思とは反対に、蒼鬼は刀の前には現れなかったろう。

「まあそういうわけで、私は蒼鬼の主として選ばれた。彼は空間を自在に操る能力に()けているから、私もなにもないところに壁を作ったり、空間を移動したりできる。蒼鬼の血を継いだ他の人は、結界は張れても空間移動は無理でしょうね」

「へえー……空間移動、すごく便利そうですね」

 電車やバスがなんらかの理由で止まった状況や、急いでいる時は(ちょう)(ほう)しそうだ。

 また空間を仕切る能力は、一つの空間に新しい空間を作りだすということ。発想次第では応用がいくらでも効くだろう。例えば空へ上がる階段を作ったり、半分に欠けた器を補ったり、崩れかかった壁を補強するなど。

「黒鬼の情報はまた聞きのものだけど、影を操る能力があるそうよ。あと、黒い太刀を持っていたとか。剣士なのかしらね」

(影を操る、黒い太刀の剣士……か)

 はじめて訓練を受ける際、訓練生たちはそれぞれ武器を選んだ。刀が一番扱いやすそうだと手にしたのが、木刀だった。

 しかし彼女自身も驚くほど、はじめから(くろ)(うと)並みに身体を(さば)けた。木刀を振るえば(なぞ)の風が起こり、教官たちを(そう)(ぜん)とさせた。訓練への参加が見学のみになったのは、それから一ヶ月後のことだ。

 これまでの出来事は、すべて黒鬼の血がなせるものなのかもしれない。

「説明はこんなところか。そろそろ、本題に入るわ」

 カプチーノを一口含んだ蓮華は、かまえて言った。

「楠木さん、ここまで来ればだいたい察しがつくでしょう。局は貴女が黒鬼の主ではないかと疑っている。訓練所での異様な処置はその力を恐れたからよ。蒼鬼の主である私は、貴女の監視を命じられている」

 ああ、と相づちを打つ刀の声は、蓮華に聴こえたかどうか。

「……ですよね。黒鬼は、きっとすごく怖い鬼なんでしょ?」

 会う人のほとんどが刀を避け、近付こうとしなかった。(おそ)まきながらその理由が明かされ、ようやく()に落ちる。

 しかし蓮峰蓮華という人には、刀に怖じ気付いた様子はない。

「さあね、強い鬼だとは聞いているけど。でも鬼の力を使えない貴女を、黒鬼の主と断定するのは時期(しょう)(そう)よ。仮にそうであっても、局の対応は()(じょう)だわ」

「……蓮峰さんは、あたしが怖くないんですか」

 その問いに、彼女の回答は、

「全然」

 と予想どおりのものだった。()()ではなく、本心から感じているようだ。

「このあいだ、貴女はずっと人の目を気にしていた。右腕を(ねら)ったことも、私に正直に話した上に謝ったでしょう? 驚きこそはすれ、怖いとは思わなかったわね」

 蓮華は大した問題ではないと言うように、胸の前で小さく両掌を広げる。

「でも鬼の力が使えなくても、あたしが木刀振るうとああなるんですよ?」

「程度は違っても、私も同じ手合いよ。それにあれでびびってたら、低級の魔すら倒せないわよ、新人さん」

 挑戦的な言葉を吐き、蓮華は笑った。はじめて見た彼女の笑顔は、不敵に満ちたものだった。

「あと、貴女にはむしろ負けて悔しいと思ったくらいだし」

「えっ!? いえっ、あれはあたしの負けで――」

「次は勝つから」

「あっ、は、はい……」

 切れ長の瞳が、刀を射すくめる。彼女はがんこなだけでなく、負けず嫌いなところもあるらしい。

(クールな人かと思ってたけど、けっこう熱い人なのかな……)

「ま、あまり固くかまえないでくれていいわ。貴女の行動すべてを監視するつもりはないし、単独の外出さえ(ひか)えてもらえれば、自由にしていいから」

「そ、そんなテキトーで大丈夫なんですか……?」

 大丈夫、と蓮華はうなずき、ふと思いだしたように続けた。

「そうだ、その話し方も(えん)(りょ)してもらえる? 上司と部下の関係は形だけのものだし、年も同じ二十二でしょ。気を(つか)うの疲れるし、なんかイライラするから」

「ええええええいやいやいやいや!! んないきな」

「これは命令。(てい)(ねい)語はやめて、名前で呼びなさい。いいわね、カタナ」

 上司と部下の関係は形だけと言ったそばからこれである。意地が悪い。

「……っ。わ、分かりま、分かったよ、名前で、だね。蓮華さん」

「さんもとりなさい」

「ヒィ」

 思いきり睨みつけられ、(すく)みあがるしかなかった。まるで(たか)に狙われた小鳥だ。

「説明はこんなところ。これ片付けたら、次の場所に移動するわよ」

 刀は慌てて、未だに口をつけていなかったカプチーノに手を伸ばした。

 泡だてられた牛乳とコーヒーの苦味、そしてほのかな甘味が、口の中に広がる。

「おいしい……」

 今まで飲んだことのあるコーヒーは、ただ苦いと感じるだけだったが、これはおいしさがじんわり滲みでている。

 妙な呪文を覚えてまで注文する、客の気持ちも分かる。この味はまねしようと思っても、なかなかできない。

「……ま、もう少しゆっくりしていきましょうか」

 そんな刀に、蓮華は苦笑まじりに提案したのだった。


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