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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
二章 挑戦者 対 訓練生
13/15

3話 予感

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 訓練施設は特別な用がないかぎり、外出が禁じられている。訓練中の時間帯であればなおさらだ。蓮華たちがここを出入りするあいだに見たのは、守衛だけ。

 中に入れば人の集まる場所はあるが、外の人気のなさは不気味だった。

 ここに蓮華がいたのは一ヶ月ほどだったが、この独特の静まり返った空気が苦手だった。息が詰まる監獄。ここを一言で表すならば、それがぴったりだった。

「黒鬼の主候補、強い方でしたね」

 かたわらを歩く海堂が口を開いた。

「ああ、鬼の力も使わないで結界を傷付ける、あの剣術はすごいな」

 もう一人の同行者、退魔一課の同僚である(こん)(どう)(だい)()がうなずく。

 彼は(てっ)()という鬼の主で、この最近、主任に(しょう)(しん)したばかり。元は陸自の幹部候補生だったため、そのノウハウを見こまれてのことらしい。

 未来の部下たちを視察するという名目で近藤に訓練所を訪れてもらい、それに同行する形をとれば怪しまれない。昨日、海堂はそう提案した。

 はじめは近藤が断るかと思いきや、彼もそれはおもしろそうだと乗り気になった。

 堅実そうに見えて、意外とおちゃめなところがあるのかもしれない。

「でもま、それに勝っちまう蓮峰もすごいが」

「……いえ、あれは私の負け」

「蓮峰?」

 右の義手にふれながら、蓮華はつぶやいた。

「近藤クン、忙しいのにわざわざつきあってくれてありがと」

「あ、ああ。それじゃ蓮峰、海堂、先に失礼するぞ」

 近藤は首をかしげつつ、施設に停めていたスポーツタイプのバイクにまたがった。

「一つ言い忘れた。最近、何人もの局員が独りの時、それも任務外でやられている。二人とも帰りには気を付けろよ」

「もしかして〝()(がれ)〟の犯行?」

「被害者が全員、()(せき)に入っているからな。犯人は不明だ。どうしてそう思う」

一昨日(おととい)、襲われたから」

 こともなげに答えた蓮華に、近藤が眉を吊りあげた。

「お前な、管理官たちが信用ならないのは分かるが、俺くらいには早く言え。〝誰そ彼〟だな。退魔部全体に周知しておく。じゃあな」

「ええ、お疲れ様」

 彼はバイクを発進させ、すぐに姿が見えなくなった。

「蓮華さん、近藤さんの言うとおりです。なぜ、もっと早くに報告しなかったんですか」

「私がいたころ、何度、上がまともに取りあってくれた?」

 一年前、彼女が右腕を失うまでの退魔部は、大きな成果が予想されるものを優先し、小さな事件や事象に対しては静観する傾向があった。それが結果として大事件に発展したのは、一度や二度ではない。

「私たちは鬼の主、とはいえ組織の一員です。蓮華さんもその点を自覚して、気になったことは今後も報告すべきです。それに、今は管理官たちへの風あたりが強くなっていますから、彼らも現場の声を無視できません」

「……そうね。今後は気を付けるわ」

「お願いします。それで、さっきのはどういう意味です? 負けただなんて」

 海堂は探偵のようにあごに手をあて、疑問をこぼす。蓮華の戦闘能力を知る海堂には、彼女が敗北を宣言する意味が理解できなかったのだ。

 蓮華は右腕を目の高さにかかげ、拳をさっと開いた。義手とは思えぬ自然さであったが、指はかすかに震えをともなっている。

「彼女に右手のことを気付かれた。だからあれは私の負け」

「義手を使いはじめてまだ一日くらいでしょう。勝ち負けはともかく、あれだけ動かせたなら十分ではないですか」

(それは、そうなんだけれど)

 義手が使い手になじむにはもう少し時間がかかる。どんな道具でもいえることだ。

「私は勝つ気だったのよ。負けるのは気分のいいものじゃないわ」

「誰がどう見ても、あれは蓮華さんが勝ったと思いますよ、私は」

()せぬは本人ばかりなり、か)

 蓮華は一撃目に、どんな攻撃でもあわせるつもりだった。だから受けた。

 しかし、そのあとの攻撃をすべて(さば)ききれたか、と問われれば嘘になる。二割は直感が頼りだった。

 おまけに、見え見えの誘いに乗ってしまった。

 勝つつもりで(のぞ)む。これは自分を(ふる)い立たせる上では大切だが、勝てる、と思いこむのは危険だ。だからぎりぎりまで、その気持ちはおさえておかなければならない。最後の一瞬で、すべてがひっくり返されることもある。

 分かっていながら、手綱をゆるめてしまった。防戦一方になった彼女を見、それまで封印していた右の貫手を出してしまった。

 右手の攻撃が狙いだったと気付いたのは、躱される瞬間だった。

 そこから寝技に持ちこめたのは、蓮華が彼女よりも少し、速かっただけ。あの手合わせは薄氷の勝利でしかない。

 ただ、はたして万全の状態でも勝てたのかどうか。

 白沢が説明したとおり、楠木刀は鬼の力が使えない。

 ところが鬼の力を借りずとも、彼女は自分の剣術だけで、結界に穴を空けてみせた。

 教官たちは訓練生たちの手前、慌てふためきはしなかったが、はじめて見た時の驚きは相当なものだっただろう。

(それにしても、いろいろ解せないところがあったわね……)

 黒鬼の制御ができなかったとはいえ、人を斬り殺した人物だ。見た目はともかく、中身がどんな人間なのか――極悪人なのかと予想していたのだが、実際の楠木刀はその斜め上をいく人物だった。

 戦いを()()し、教官にうながされるまで首を縦に振らなかった。特殊な力を持つ自分を、恐れてさえいた。

 そんな人間が、本当に人を斬殺したのだろうか。

 教官に許可を得て挑戦を受けたほどであったし、模擬戦が終わったあとは、再び手錠をかけに戻る律義さだった。あれだけ慎ましい態度で、教官にしたがう人間もまれだろう。

 黒鬼の主かもしれない彼女が、訓練所の中でどんな扱いをされているかは察しがつく。おそらく常に監視の目があり、部屋の外に出るのもままならないはずだ。

 しかし自身の待遇には諦めているのか、まったく抵抗を見せる様子がなかった。

(私なら一日で逃げだしてるわね、あれ)

『お前と一緒にしてやるな。あれだけ(そく)(ばく)されてかわいそうにな』

(うるさいわよ、蒼鬼)

 蒼鬼のつっこみに、蓮華は思わず言い返した。

 手錠は黒鬼を恐れての対応なのだろうが、あそこまでする必要性が感じられない。

 そもそも、黒鬼が目覚めればあんなものはおもちゃ同然だ。鬼の主には効果がない。

 黒鬼が完全に覚醒していない理由は不明だが、接したかぎりでは、話が通じそうな相手ではあった。それだけでも収穫といえた。

(なのになぜかしらね。もやもやするのは)

 蓮華は自分でも分からない衝動が沸き起こるのを感じていた。

 この衝動に目を背けても、なんのマイナスもない。むしろ目を向ければ最後、深入りしてしまう恐れもある。だが、本能が無視してはならないと警告している。

(――仕方ない、か)

『主、本当にいいのか』

(乗りかかった船よ。この気持ち悪さだけでも、片をつけないとね)

『承知した。ならば、私から言うことはなにもない。確かめに行け』

 蒼鬼の一言は、蓮華の背中を押すに十分だった。自分が抱いた違和感の正体を、探る方法はたった一つ。そこに彼がついてきてくれるのだから、あとは前に進むだけだ。

「海堂クン、とりあえず今日のところは別れましょう。私はこのまま管理官に会ってくるから」

「いえ。でしたらご一緒します」

 海堂の申し出に、蓮華は首を横に振った。

 彼にはこれまで情報を(てい)(きょう)してもらった。さらに協力となると、海堂は管理官たちから痛くもない腹を探られかねない。

「気持ちだけ受け取っておくわ。でも、ここからは私と局との話だから。海堂クンは仕事に戻って」

「……分かりました。ご武運を」

 おたがいに拳を突きあわせたあと、二人は別れた。近い将来、任務を共にする日を予感しながら。


 三人の管理官は来訪を予想していたのか、蓮華を待っていた。管理官の誰か一人にでも伝えるつもりだったが、むしろこのほうが好都合かもしれない。

「そろそろ来るころだと思っていました」

 笑顔の一つも見せず、白沢が淡々とした口調で出迎える。

「山岡氏の義手を着けているということは、黒鬼の件を承諾したと見てよろしいのですね? 蓮峰さん」

「……なぜそれを」

 蓮華が次の言葉をつむぐより早く、新田管理官が驚いた様子で叫んだ。

「やっ、山岡の義手だ!? 白沢君、一体誰の許可を得――」

「貴女が(せき)(わん)を理由に断る可能性は、非常に高かった。ですから先に、手をまわしておいたのです。が、その前に貴女から彼に会いに行っていたようですね。なによりです」

(先を見こしていた……? じゃあ、あの時点で山岡クンも一枚噛んでいたのか)

 監視の目を気にして行動したつもりが、白沢にはお見通しだったらしい。まったく底の見えない人物だ。

 だがそれならば、こちらが上げる条件もあっさり飲んでくれるかもしれない。蓮華が首を縦に振らなければ、白沢の考えているプランは()(たん)してしまうはずだ。

「いえ、まだ受けるとは決めていません。いくつか条件があります。それを承諾していただけないのであれば、お断りします。義手も山岡さんにお返しします」

「条件……ですか。ひとまず聞きましょう」

「ひとつめ、黒鬼の主の監視方法や、その処分検討は私に一任する。ふたつめ、どんなに時間がかかろうと、私は医師の道を諦めません。断続的で構わないので、復学期間を設けること。以上です」

 蓮華は白沢に二枚の紙を差しだした。おたがいの取り引き条件を記した(せい)(やく)(しょ)だ。

「なるほど、貴女も用意がいいですね。これに私たち全員の署名(なつ)(いん)せよ、と。分かりました、すぐに会議に(はか)りましょう」

「お願いします」

 頭を下げながら、ちらりと二人の管理官に目をやった。戸川は落ち着いていたが、新田はたかが一局員の条件など飲めるか、と顔を真っ赤に染めていた。

「それでは、私はこれで。失礼します」

 管理官たちに背を向け、部屋をあとにする。

 おそらく、新田の憤りは実を結ばないだろう。黒鬼の主の処分については会議は(ふん)(きゅう)していたかもしれないが、方針はすでにさだまっている。蓮華の出した条件は、承認せざるを得ない。

 管理官同士の権力争いには、はじめから無関心だ。が、今一番力を持っているのがあの年若い管理官であることは、間違いなさそうだった。


土日祝の投稿時間を今日から変更しております。10時、19時半、21時半の予定です。

引き続き「うつし世の鬼」をよろしくお願いいたします。

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