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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
二章 挑戦者 対 訓練生
12/15

2話 招かれざる客(後)

「そこの貴女」

「へっ? あ、あたし、ですか」

 視線を外していなかったのは、どうやら楠木だけだったらしい。退魔一課の強者は、こちらへ来いと手まねきする。

「相手になってもらえるかしら」

「え、えっと、……すみません」

 楠木は頭を深く下げた。蓮華は目を丸くし、首を一瞬かしげた。それから、()(げん)な顔で楠木を睨みつける。

 どういう意味だ、説明を求める。そう(うった)える目だった。

「そ、その、ですね。あたしは、やめといたほうがいいと――」

「……解せないわね」

 心底、理解できないといった声。いらだちというオーラが、目に見えるようだ。

 楠木は視線で教官に助けを求めたが、彼は行け、と(ひじ)(てつ)で背中を押すのみ。ざわめきは次第に拡がっている。

「ちょ、教官!」

「奴はここにいたころ、優秀な訓練生を何人も再起不能にした。今また同じことを繰り返されちゃ、俺たちの責任になる。お前がのして追い払え」

 楠木は小声で抗議するものの、教官は聞く耳を持たない。

 仕方なく彼女は立ち上がり、金色(こんじき)の勝利者、蓮峰蓮華に向かいあった。

「あの。あたし、試合やると手加減とかそういうのできないぶきっちょなんですけど。本当にそれでもいいですか」

「大した自信ね。私はそれで構わないけど」

「いや、自信は、ないんですけど。怪我させちゃうかもしれな」

「医者は連れてきてるから大丈夫」

 蓮華は端のほうにこぢんまりと座った、白衣の男を指差した。

 なにがなんでも試合をするつもりだ。

 こうなっては仕方がない。楠木は覚悟を決めた。

「わかりました、少し待ってください。……教官」

 楠木は教官の前に両手をかかげた。手錠を外してもらわなければなにもできない。

 教官は手錠に先とは違う呪符を貼りつけた。赤い光が消え、かちゃりと()(かせ)の鍵が開く。

「よし、術を使えるものは結界を張れ!! 身を守る自信のないやつは、ここから退避しろ!!」

 それを聞いた訓練生と他の教官たちが、幾重もの結界を室内に張りめぐらせる。

 色とりどりの光の壁が、部屋を覆った。その中は、楠木と蓮華だけ。

 楠木は適当に木刀を一振(ひとふ)りつかみ、かまえた。

 記憶は少しも戻らないが、木刀を握れば、身体は不思議と動く。思考回路が研ぎ澄まされる感覚を、楠木はよく知っていた。

「――それじゃ、行きます。忠告はしましたからね」

 木刀を目の高さまで持ちあげ、切っ先を向ける。

「ふっ!!」

 周りの安全がだいたい確保できたところで、先に仕掛けたのは楠木だった。瞬きするほどのあいだに、たった一歩で肉薄する。

 相手が速攻で決めるスタイルならば、先手を取る。自分のペースではじめ、得意な間合いを保てば勝てる。

「はあっ!!」

 初手、片手で真正面に突きを繰り出す。木刀を中心に(するど)い風が起きた。

 すりガラスを爪で引っ掻いたような音が(とどろ)く。一番内側に張られた結界が風船のように弾け、訓練生たちのどよめきと悲鳴が反響した。

 自分の手を知らぬ蓮華は、腕を怪我するかもしれない。そう思い、楠木は木刀を振り下ろす瞬間、目を閉じていた。

「なる、ほど」

「!!」

(この人――あたしの風を防いだ!?)

 おそるおそる目を開けた先には、木刀を難なく受けとめる、金髪の女性の姿があった。

 右腕に、蒼白い光が盾の形に浮かび上がっている。騎士が持つような細長い盾。訓練生たちとの戦いでは、一度も見かけなかった代物だ。これが鬼の力によるものだと、楠木はすぐに判断した。

 彼女はまったく使えないのだが、同期生たちは皆、物を宙に浮かべたり武器を作りだしたり、多種多様な超能力を発揮している。蓮華の盾もそうだろう。

(油断したら、こっちがやられる) 腕を小さく折りたたみ、喉目がけて数段階もの突きを繰りだす。

 だがそれもひとかすりもしない。(じょ)(じょ)に突きの速さを上げているのに、蓮華は無駄のない動きで(かわ)す。結界に穴が穿(うが)たれ、何枚かが破れるだけだ。教官たちが、慌てて新しい防御壁を築く。

(これなら、どうだ!!)

 突きから切り返し、大上段に振り下ろす。後ろに退いた隙を狙って、一足で間合いを詰める。

「せえっ!!」

 ()いだ木刀が蓮華の頭をかすめた。と、同時に楠木は大きく後ろに跳んだ。

 木刀をしゃがんで避けた彼女が、間髪入れずに足払いをかけていた。身体が先に反応していなかったら、今ので沈められただろう。

 再び広がった間合いを詰める前に、蓮華が動いた。それはまるで低く飛ぶ燕のよう。

(しまった!!)

 木刀を振りまわすひまもない。なんとか手元に引き寄せ、貫手の鋭い一撃を弾き返す。木刀に防がれた貫手のエネルギーは、楠木の後方にある結界をびりびり震わせた。

(なんだ、これ――!)

 今のは鬼の力とは違う、蓮華本人が持つなんらかの技術。彼女の貫手は楠木の剣と同じだ。武器を使わず、自分の身体で風を生みだしている。

 結界を揺らすほどの力を放ちながら、彼女は衝撃の反動をものともせず、追撃の貫手を胸元に突く。

「ぐぅっ!?」

 楠木は柄をあてて直撃を避けたが、先に受けた一手よりも重い。弾ききれなかった力が、電流のように全身を駆けめぐる。

「が……っ!?」

 動きが止まった楠木の腹部に、蓮華の(ひざ)蹴りが深く入った。遠くなりかける意識を必死に堪え、木刀で牽制する。

 予想していたか、彼女は床板を(えぐ)るその一撃を避けた。そしてすぐさま間合いを詰めにかかる。

 この絶えまない攻撃をすべて(かわ)しきれなければ、負けるのは自分だ。はじめて楠木はそれを意識した。勝つ方法を頭の中でたぐり寄せる。

(狙うとすれば、右手からの攻撃……!)

 蓮華はほぼ(いっ)(かん)して、左手と両足からの攻撃を仕掛けている。優位に立った今もだ。つまり、畳みかける攻撃に右手が向かないということ。

 ならば、右手でも使いたくなる隙を見せ、誘いこむしかない。

 後ろに退くのをやめ、流していた攻撃を前へ弾いた。

 その勢いのまま右足で床を蹴り、右から()()()けにしようと木刀を振りかざす。

 左脇を甘く開けた態勢に、蓮華の右手がついに動いた。

(さあ、こい!!)

 貫手が、空間をなぞる。楠木は身体を丸めて躱し、彼女の背中にまわりこんでいた。

(もらった!!)

 背中に木刀を振り下ろそうとした瞬間、視界の上下がひっくり返った。


 蓮華は後ろを振り返った。振り向きぎわに、右足で楠木刀の足を払う。

 そしてそのまま左手を伸ばし、彼女の右肩をおさえる形で、組み手に持ちこんだ。

 手からこぼれた木刀を右手でつかみ、首に突き立て――。

「蓮峰、ストップストップ!!」

 同行していた同僚の声に、我に返った。

 彼は蓮華の右腕を捕らえ、それ以上の行動は無用だと目で訴える。

「……ごめんなさい。ついうっかり、組み手に持ちかけてたわ」

「い、いいえ……だいじょうぶです」

 喉元に突きつけられた、木刀の切っ先と蓮華を(こう)()に見ながら、刀が(こた)える。怪我はしていないようだ。

「ついうっかりで組み手やるのは、お前だけだと思うんだがなあ」

 首でも掻き切るつもりか、と男はあ然とした声を漏らす。返す言葉もない。気まずさを押しこめながら彼女を助け起こす。

「悪かったわね、つきあわせて」

「……いえ。あたしこそ、すみません」

「え?」

「右手、怪我してるんですよね? その影響があるの分かってて、そこにつけこみました。すみません」

 木刀を拾いあげた刀は小さく頭を下げると、手錠を持った教官の下へ戻っていった。



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