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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
二章 挑戦者 対 訓練生
11/21

1話 招かれざる客(前)

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

 部屋の隅にある小窓から朝日が差しこむのを、彼女はその日も待っていた。身体に染みついた習慣なのか、朝日が昇る時間には自然と目が覚めるのだ。

 光が差せば、現実がやってくる。

 部屋には簡易ベッドとトイレ、支給されたほんの数枚の着替え。そしてコンクリートの冷たい壁。

 重たい鉄のドアと、コンクリートの壁をくり抜いて作った、小さな引き戸。まるで刑務所だ。

 そのドアを開ければ、部屋が金属の(こう)()に囲まれていることが分かる。そこには常に二人の見張りが立ち、虹色に(うず)巻く光のバリアがある。

 彼女はここに来て、もうすぐ一年になる。記憶喪失状態で保護され、未だに自分が何者なのか思い出せない。詳しい話を(たず)ねたくとも、誰も進んでは教えてくれない。

 ただ、ここが化け物を相手に戦う、〝対異総合管理局〟の訓練所だということは聞かされている。

 バリア――結界が解ける音がする。モーターが急速回転するような気味の悪い音だ。ここでの暮らしにずいぶん慣れた彼女も、毎日のこの音だけは不快であった。

 ドアのロックが解除され、見張りの男が顔を出す。

「楠木、出ろ」

「――はい」

 楠木と呼ばれた彼女は寝床から立ち上がり、男に両手を差しだした。

 男はその手首に手錠をかけ、上から文字の書かれた札を貼った。

 札は赤く発光し、札の文字が手錠に()みこんでいく。解除されないかぎり、手錠は外せない。部屋から出る際は、必ず着けることになっていた。

 しかし外出というほど大げさなものではない。これは単に訓練室に向かうだけの外出だ。

 この訓練所には、人にもよるが、一年から三年ほどの育成期間がある。

 警察よりも長い訓練を受ける理由は、現場の即時投入では、魔との戦闘で命を落とす可能性が高まるからだ。

 局に保護された彼女――楠木も、その育成人員の一人だった。

 訓練室にはすでに多くの訓練生が集まり、それぞれの武器を手に技術を磨いている。

 教官は首を軽く振り、壁側に座れと指示した。彼女もそれにだまってしたがう。

 訓練をはじめた当初は、木刀を握ることもあったが、今はほとんど見学するだけであった。

 背を丸めてしゃがみ、周りの様子を観察する。

(あ、あの人。今ので死んでる)

 視線の先に、槍を模した棒を振りまわす男がいた。彼の一連の動きを見、ぼんやりと思う。

 彼女はなぜか、相手の動きを瞬時に予想でき、こうしたら命を落とす、というのが直感で分かった。

 実戦でも十分戦えると教官から言われたのは、訓練をはじめてから一ヶ月も経たないころである。

 しかし、その後もこの訓練施設に留めおかれたままだ。

 自分の扱いを局が決めかねている。楠木はそれを肌で感じとっていた。

 今はただ、教官たちにだまってしたがうだけだ。

(……ん?)

 見慣れない顔が三人ほど訓練室の入口をくぐった。

 一人は白衣姿の男性。この場は教官を含め、同じ服を着た訓練生ばかりだ。医者は医務室に控えているため、ここに顔を出すことはない。彼の姿は、明らかに浮いている。

 もう一人は、スーツの上に革のジャケットを着込んだ男性。白衣の男にくらべれば、体格もしっかりしていて、大きく見える。

 そして最後の一人は女性だ。外国人だろうか、金色の長い髪と白い肌が、遠目から見ても美しい。

 しかし、その容姿に不釣りあいな、訓練用の道着を着ている。新入りだろうか、今まで見かけたことがない女性だ。すでに所属していたとしても、あれだけの美人ならば、訓練所の中で噂になっていてもおかしくない。

 彼女は、先ほど棒を振りまわしていた男を呼びとめた。早速、()()戦をはじめるようだ。

 おたがい適当な間合いをとったが、彼女は武器を持たず、なにもかまえない。困惑する訓練生をよそに、金髪の女性は低い姿勢で突進した。

 虚を突かれた訓練生は、棒で(けん)(せい)するまもなく、左腰の帯に差していた短い木刀を抜いた。しかしそこまで。挑戦者は木刀を右手で絡めとり、その勢いにまかせて彼を床に叩きつけた。

 あまりにも鮮やかな一本に、他の訓練生もあ(ぜん)とした様子で見つめる。

 闖入者(ちんにゅうしゃ)はそんな視線を気にも留めず、次の相手を指名、またも速攻で沈めた。

 二人の不甲斐ない結果に、腕にそこそこ自信のある者が我先にと挑んでいった。

 だが、結果は変わらなかった。誰も彼女に一太刀も浴びせられない。

「教官。あの金髪の女の人、何者ですか。うちにいましたっけ、あんな強い人」

 楠木は近くに立つ教官の(すそ)を引っ張り、小さな声で(たず)ねた。

 教官ならば、彼女の()(じょう)を知っているかもしれない。彼は視線をあわせることなく、めんどうくさそうに答えた。

「あれは退魔一課の(はす)(みね)(れん)()だ。ここの訓練生が(かな)う相手じゃない」

「へー、局の人。すごく綺麗な人ですね、ハーフかなんかなのかな」

 楠木は食い入るように、じっと彼女の動きを見つめた。

 攻撃態勢に移る寸前まで、そのそぶりを見せない洗練された動き。(けい)(かい)する相手にはうまくフェイントで誘いこんでいる。

(あれっ)

 彼女の動きに違和感を覚えた楠木は、再び教官の(そで)を引っ張った。

「……教官。あの人の右手の動き、ちょっと変じゃないですか?」

「は? アレのどこが」

 教官は、相手を軽く(さば)く蓮華に、目を(しばたた)かせる。

「ほんのちょっぴり、左手にくらべると手の振りが遅いかなって。でもそれに気付かせないようにしてる。本当に強いですね、あの人」

 教官も訓練生も、動体視力に優れていれば、見抜けたかもしれない。

 彼女はなんらかの理由で、力をセーブしている。あれはどこまでやれるか、一つ一つ確かめる動きだ。

 話しているうちに、最後の挑戦者が倒された。

 誰もが蓮華と目をあわせるのを避け、顔を伏せる。教官ですら、その()()に気圧されているようだった。


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