1話 招かれざる客(前)
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
部屋の隅にある小窓から朝日が差しこむのを、彼女はその日も待っていた。身体に染みついた習慣なのか、朝日が昇る時間には自然と目が覚めるのだ。
光が差せば、現実がやってくる。
部屋には簡易ベッドとトイレ、支給されたほんの数枚の着替え。そしてコンクリートの冷たい壁。
重たい鉄のドアと、コンクリートの壁をくり抜いて作った、小さな引き戸。まるで刑務所だ。
そのドアを開ければ、部屋が金属の格子に囲まれていることが分かる。そこには常に二人の見張りが立ち、虹色に渦巻く光のバリアがある。
彼女はここに来て、もうすぐ一年になる。記憶喪失状態で保護され、未だに自分が何者なのか思い出せない。詳しい話を訊ねたくとも、誰も進んでは教えてくれない。
ただ、ここが化け物を相手に戦う、〝対異総合管理局〟の訓練所だということは聞かされている。
バリア――結界が解ける音がする。モーターが急速回転するような気味の悪い音だ。ここでの暮らしにずいぶん慣れた彼女も、毎日のこの音だけは不快であった。
ドアのロックが解除され、見張りの男が顔を出す。
「楠木、出ろ」
「――はい」
楠木と呼ばれた彼女は寝床から立ち上がり、男に両手を差しだした。
男はその手首に手錠をかけ、上から文字の書かれた札を貼った。
札は赤く発光し、札の文字が手錠に沁みこんでいく。解除されないかぎり、手錠は外せない。部屋から出る際は、必ず着けることになっていた。
しかし外出というほど大げさなものではない。これは単に訓練室に向かうだけの外出だ。
この訓練所には、人にもよるが、一年から三年ほどの育成期間がある。
警察よりも長い訓練を受ける理由は、現場の即時投入では、魔との戦闘で命を落とす可能性が高まるからだ。
局に保護された彼女――楠木も、その育成人員の一人だった。
訓練室にはすでに多くの訓練生が集まり、それぞれの武器を手に技術を磨いている。
教官は首を軽く振り、壁側に座れと指示した。彼女もそれにだまってしたがう。
訓練をはじめた当初は、木刀を握ることもあったが、今はほとんど見学するだけであった。
背を丸めてしゃがみ、周りの様子を観察する。
(あ、あの人。今ので死んでる)
視線の先に、槍を模した棒を振りまわす男がいた。彼の一連の動きを見、ぼんやりと思う。
彼女はなぜか、相手の動きを瞬時に予想でき、こうしたら命を落とす、というのが直感で分かった。
実戦でも十分戦えると教官から言われたのは、訓練をはじめてから一ヶ月も経たないころである。
しかし、その後もこの訓練施設に留めおかれたままだ。
自分の扱いを局が決めかねている。楠木はそれを肌で感じとっていた。
今はただ、教官たちにだまってしたがうだけだ。
(……ん?)
見慣れない顔が三人ほど訓練室の入口をくぐった。
一人は白衣姿の男性。この場は教官を含め、同じ服を着た訓練生ばかりだ。医者は医務室に控えているため、ここに顔を出すことはない。彼の姿は、明らかに浮いている。
もう一人は、スーツの上に革のジャケットを着込んだ男性。白衣の男にくらべれば、体格もしっかりしていて、大きく見える。
そして最後の一人は女性だ。外国人だろうか、金色の長い髪と白い肌が、遠目から見ても美しい。
しかし、その容姿に不釣りあいな、訓練用の道着を着ている。新入りだろうか、今まで見かけたことがない女性だ。すでに所属していたとしても、あれだけの美人ならば、訓練所の中で噂になっていてもおかしくない。
彼女は、先ほど棒を振りまわしていた男を呼びとめた。早速、模擬戦をはじめるようだ。
おたがい適当な間合いをとったが、彼女は武器を持たず、なにもかまえない。困惑する訓練生をよそに、金髪の女性は低い姿勢で突進した。
虚を突かれた訓練生は、棒で牽制するまもなく、左腰の帯に差していた短い木刀を抜いた。しかしそこまで。挑戦者は木刀を右手で絡めとり、その勢いにまかせて彼を床に叩きつけた。
あまりにも鮮やかな一本に、他の訓練生もあ然とした様子で見つめる。
闖入者はそんな視線を気にも留めず、次の相手を指名、またも速攻で沈めた。
二人の不甲斐ない結果に、腕にそこそこ自信のある者が我先にと挑んでいった。
だが、結果は変わらなかった。誰も彼女に一太刀も浴びせられない。
「教官。あの金髪の女の人、何者ですか。うちにいましたっけ、あんな強い人」
楠木は近くに立つ教官の裾を引っ張り、小さな声で訊ねた。
教官ならば、彼女の素性を知っているかもしれない。彼は視線をあわせることなく、めんどうくさそうに答えた。
「あれは退魔一課の蓮峰蓮華だ。ここの訓練生が敵う相手じゃない」
「へー、局の人。すごく綺麗な人ですね、ハーフかなんかなのかな」
楠木は食い入るように、じっと彼女の動きを見つめた。
攻撃態勢に移る寸前まで、そのそぶりを見せない洗練された動き。警戒する相手にはうまくフェイントで誘いこんでいる。
(あれっ)
彼女の動きに違和感を覚えた楠木は、再び教官の袖を引っ張った。
「……教官。あの人の右手の動き、ちょっと変じゃないですか?」
「は? アレのどこが」
教官は、相手を軽く捌く蓮華に、目を瞬かせる。
「ほんのちょっぴり、左手にくらべると手の振りが遅いかなって。でもそれに気付かせないようにしてる。本当に強いですね、あの人」
教官も訓練生も、動体視力に優れていれば、見抜けたかもしれない。
彼女はなんらかの理由で、力をセーブしている。あれはどこまでやれるか、一つ一つ確かめる動きだ。
話しているうちに、最後の挑戦者が倒された。
誰もが蓮華と目をあわせるのを避け、顔を伏せる。教官ですら、その覇気に気圧されているようだった。




