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うつし世の鬼  作者: タケハタユウ
一章 蠢動する闇、日常の終わり
10/15

9話 謎の義手

本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。


※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。

※章ごとに話数を分けて投稿しています。

(やま)(おか)さん、いらっしゃいますか。海堂です」

「……君か。なんだい、人がせっかく寝ていたところを」

 真っ暗の部屋から、革靴の音が近付く。本当に眠っていたのか、声には力がなかった。

「すみません、火急の案件で。実は貴方に会いたいという方を連れてきていまして」

「ふん、僕に会いに来るだなんて、そいつはよっぽど変わった奴だね」

 非常灯のかすかな灯りが、声の主を照らす。まるで幽霊のような白い肌とやせこけた頬が、ぼんやり浮かぶ。

 顔だけでなく、全身が骨と皮だけのような若い男性だ。なにかの病気を抱えているのか。

「君かい? 僕に会いたいって奴は」

 目をぎらりと光らせ、(そう)(しん)の男性は、蓮華を(なが)めた。まるで品定めをするかのように。

「……退魔一課の蓮峰蓮華。蒼鬼の主よ」

「ああ、君が。僕は技術部技術一課、(やま)(おか)那智(なち)(ばん)()の主だ」

(万鬼の主……!?)

 蓮華にとって、これまで一度も聞いたことのない鬼の名前だ。退魔一課の誰も、山岡の名前をあげるものはいなかった。

「蓮華さん。彼は退魔部ではなく、技術部の所属なんです。とはいえ、彼を知っているのは、技術部と退魔部でもごく限られた人間ですが」

「……どおりで。聞いたことがないわけね」

 山岡は蓮華の全身をくまなく観察し、引きつった笑みを浮かべた。

「なるほど。君が来た理由はだいたい理解した。その右腕、おおかた魔にでもやられ――」

「山岡さん。貴方なら戦闘にも耐えうる、精巧な義手が作れませんか? 誰が見ても、義手に見えないものを」

 海堂は山岡の視線から蓮華を隠すように前に出ると、本題に入った。

 山岡は不機嫌そうに舌打ちしたが、一言、

「できるよ」

 と答えた。

「というか、ある。よければ試していくかい? 以前作ったんだが、気味悪がられてね。実験体がいなくて放置していたんだ。データが取れるし、僕としては願ったり叶ったりだね」

「……お願いするわ」

「なら決まりだ。ここで立ち話なのもなんだし、中に入るといい。照明は暗いが」

 普段は暗闇のままであろう部屋に、うっすら灯りが()く。

「えー、どこにやったかな。……ああ、あった。失礼だが蓮峰(じょ)()、君の右腕を見せてもらえるかな。寸法をあわせたい」

 山岡は巻き尺を投げてはキャッチする、野球少年の仕草をしてみせた。

「山岡さん、プライバシーに関わる行為は――」

「はぁ。だから一言断っただろう? それなら海堂、君が代わりに測るか。彼女の身体を診たのも一度や二度じゃないんだろうし」

「っ、貴方は」

「海堂クン、いいわよ別に。腕の痕くらい、今さらどうってことないから」

 揺れるだけの(そで)をまじまじと見られるのは、一年も経てば慣れたものだ。それに、事情を知っている人間が相手ならば、()()(かい)な感情は抱かずにすむ。反応は違えど、二人は蓮華の身に起きたことを()(あく)している。

 シャツを肩までめくれば、切断()(しょ)()いあわせた短い腕があらわになる。まるでぬいぐるみの手のように、腕の先は丸い。

「ふうん、けっこう()()にやったねえ……肩口から十五センチまで、その下は切断か。腕の長さは左を基準にするか」

「利き腕は左だから、右より三センチ長いわ。そこは注意して」

「君、測ったことあるなら先に言いたまえよ。分かった分かった」

 めんどうくさがりながらも、山岡は腕の寸法をメモに書きつけた。

「身長も高ければ手足も細い。おまけに日本人ばなれした顔。はは、もったいないね、君は。こんな辛気くさいところに来て。化け物の血なんか引いてなかったら、モデルか女優になれたろうにね」

「山岡さん」

「おっと、さっさとすませるとしよう。海堂は怒ると怖いからね」

 海堂の声は静かなものだったが、目に宿した光は怒りに満ちていた。山岡は彼とは長いつきあいなのか、矛先を向けられる前に、義手をかかげて見せた。

 とたん、金色の光が山岡の持つ義手に集まった。ほのかな灯りだけだった部屋が、まばゆいほどの光に包まれていく。

「調整完了。蓮峰女史、着けてみるといい。はじめは痛むと思うけどね」

 義手の見た目は、関節部位に球体がはめこまれた人形の腕だった。

 山岡が力を使ったのも一瞬のことで、どのあたりが調整されたのかまったく分からない。

 蓮華は言われるがままそれを受け取り、義手に設けられたくぼみに右腕を差しこんだ。

「……ッ!!?」

「蓮華さんっ!?」

 義手から右腕の先端を通って、全身に激痛が走る。電気信号が脳に伝わる様子を、痛みをもって体験しているようだ。

 蓮華は身体を丸め、痛みが引くのをただ待った。海堂がなんらかの術を掛けようとするのを、左手で止める。

「いい、から、海堂クン。だい、じょうぶ、だから」

「しかし!」

「義手を最適化させる必要工程だ。命に関わるものじゃない。もうすぐ痛みも引く」

 時間は一分もかからなかっただろう。激痛ははじめからなかったかのように消え、蓮華はゆっくり身を起こした。

「……驚いたわね」

 山岡が得意げに胸を張る。人形のパーツのようだった義手は、人の腕と変わらぬ質感と温かさを持っていた。掌を開いて握ることも、意思どおりにできる。手首にふれれば、脈さえ感じとれた。

「その義手は術を発動した場合も、君の力の出力にあわせられる。よっぽど外部から強い力が加わらないかぎりは、壊れないよ。しかし普段使いはオススメしない。義手の動力源は君の鬼の力だからね。着けているだけでも少しずつ力を消費する。仕事以外では外しておいたほうが無難だね」

「分かった。ありがとう、山岡クン。恩に着るわ」

「別に、礼を言われることはしてないよ。ああ、それと次に来る時はちゃんとアポイントを取ってきてくれ。海堂は勝手に入ってくるけどね、アポなしは迷惑なんだ」

 用がすんだら早く帰れとばかりに、山岡はドアを開けた。地下の暗くよどんだ空気が、蓮華たちの肌に突き刺さる。確かにここは、気軽に訪れる場所ではなさそうだ。

「山岡さん、急に訪ねてすみませんでした。また次の検査の時にお会いしましょう」

「できればごめん被りたいところだね」

 鉄の扉が閉まり、部屋の灯りが消える。彼は再び、眠りの床に就くのだろう。

「……変わった人ね、貴方の友人」

「昔から、ああなんです。根は悪くないのですが、持病が彼を偏屈(へんくつ)にさせていまして」

 すみません、と海堂は頭を下げた。

「どうして貴方が謝るの。少なくとも私は、彼に感謝しているわ」

 失った自分の腕が、仮とはいえ戻ってきた。それだけで十分だった。

「謝ったのは、山岡さんのことだけでは」

 ぼそりと彼が()らした言葉を、蓮華は聞かなかったふりをした。

「海堂クン。一度、黒鬼の主に接触してみたいんだけど、彼女はまだ局の訓練所?」

「え、ええ、そうですが、それがなにか」

「明日にでもリハビリ兼ねて、様子を見に行ってみようと思うの」

 山岡の作った義手が、本当に以前と同じ動きが可能なのか、確認しておきたかった。それには擬似的に訓練してみなければ分からない。黒鬼の主に会うのは、そのついで。偶然の出来事にしてしまえばいい。

「ですが明日とはまた、急すぎませんか。黒鬼の主との接触は、もう少しあとのほうが。管理官たちがどう思われるか」

「関係ないわ。私を引きずりこんだ局の都合なんて、知るもんですか」

 こうだと決めたら我が道を行く。上司にただしたがうだけの人間にはならない。蓮華にはそういう頑固なところがあった。

「……仕方ないですね。私も同行します。それと一つ提案なのですが――」

「提案?」

「蓮華さんがあそこに行っても怪しまれない策があります」

 海堂は子どもがいたずらを企むように目配せし、微笑んだ。


 小さく伸びをした山岡は、のそのそと寝床に入り直した。あと四時間ほどは惰眠を貪り、自分の研究を進めるつもりで。

 だが、その試みはうまくいかなかった。部屋におかれた黒電話が、けたたましく鳴り響いたからだ。

「山岡だ。人が休もうって時に、どういう了見だい?」

 寝る矢先のことに、山岡の言葉は少し荒くなっていた。

『……それは失礼。頼んでいた義手は、どうなりましたか』

 電話の主は、聴きとれるぎりぎりの声で話す。そこに、気圧(けお)された様子はない。謝っておきながら、自身の行為を失礼だとは感じていないようだ。

「は、趣味が悪いね、どこから見ていたか知らないが。ご命令とおり作ってわたしておいたよ。ふふ、僕の渾身の作だ、感謝するんだね」

『ええ、もちろんですとも』

 感情のこもっていない淡々とした声が、山岡をいらつかせる。

「用件はすんだだろう? 僕は眠いんだ、今日はもう電話してこないでくれ!」

 山岡は乱暴に受話器をおき、机に転がっていたナイフで電話線を叩き切った。

 跳ね上がる心臓が、これ以上無茶をするなと訴えかける。先に鬼の力を使ったことが、彼の身体に大きな負担をかけていた。

「ぐっ……!? はあっ、はあっ……ちくしょ、う……!」

 胸を押さえ、ベッドに倒れこむ。枕元の薬を噛み砕き、口からこぼれるのも構わずに水を飲み干す。

 ただ嵐が過ぎ去るのを、山岡は耐え忍ぶしかなかった。


次回から二章です。ここまでお読みくださった方、ありがとうございます。

次回もよろしくお願いいたします。

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