9話 謎の義手
本作は、過去に同人誌として発表した作品を、Web向けに一部改稿のうえ再掲載したものです。
※本作は現代日本を舞台にしたローファンタジー/異能バトル作品です。
※章ごとに話数を分けて投稿しています。
「山岡さん、いらっしゃいますか。海堂です」
「……君か。なんだい、人がせっかく寝ていたところを」
真っ暗の部屋から、革靴の音が近付く。本当に眠っていたのか、声には力がなかった。
「すみません、火急の案件で。実は貴方に会いたいという方を連れてきていまして」
「ふん、僕に会いに来るだなんて、そいつはよっぽど変わった奴だね」
非常灯のかすかな灯りが、声の主を照らす。まるで幽霊のような白い肌とやせこけた頬が、ぼんやり浮かぶ。
顔だけでなく、全身が骨と皮だけのような若い男性だ。なにかの病気を抱えているのか。
「君かい? 僕に会いたいって奴は」
目をぎらりと光らせ、痩身の男性は、蓮華を眺めた。まるで品定めをするかのように。
「……退魔一課の蓮峰蓮華。蒼鬼の主よ」
「ああ、君が。僕は技術部技術一課、山岡那智。万鬼の主だ」
(万鬼の主……!?)
蓮華にとって、これまで一度も聞いたことのない鬼の名前だ。退魔一課の誰も、山岡の名前をあげるものはいなかった。
「蓮華さん。彼は退魔部ではなく、技術部の所属なんです。とはいえ、彼を知っているのは、技術部と退魔部でもごく限られた人間ですが」
「……どおりで。聞いたことがないわけね」
山岡は蓮華の全身をくまなく観察し、引きつった笑みを浮かべた。
「なるほど。君が来た理由はだいたい理解した。その右腕、おおかた魔にでもやられ――」
「山岡さん。貴方なら戦闘にも耐えうる、精巧な義手が作れませんか? 誰が見ても、義手に見えないものを」
海堂は山岡の視線から蓮華を隠すように前に出ると、本題に入った。
山岡は不機嫌そうに舌打ちしたが、一言、
「できるよ」
と答えた。
「というか、ある。よければ試していくかい? 以前作ったんだが、気味悪がられてね。実験体がいなくて放置していたんだ。データが取れるし、僕としては願ったり叶ったりだね」
「……お願いするわ」
「なら決まりだ。ここで立ち話なのもなんだし、中に入るといい。照明は暗いが」
普段は暗闇のままであろう部屋に、うっすら灯りが点く。
「えー、どこにやったかな。……ああ、あった。失礼だが蓮峰女史、君の右腕を見せてもらえるかな。寸法をあわせたい」
山岡は巻き尺を投げてはキャッチする、野球少年の仕草をしてみせた。
「山岡さん、プライバシーに関わる行為は――」
「はぁ。だから一言断っただろう? それなら海堂、君が代わりに測るか。彼女の身体を診たのも一度や二度じゃないんだろうし」
「っ、貴方は」
「海堂クン、いいわよ別に。腕の痕くらい、今さらどうってことないから」
揺れるだけの袖をまじまじと見られるのは、一年も経てば慣れたものだ。それに、事情を知っている人間が相手ならば、不愉快な感情は抱かずにすむ。反応は違えど、二人は蓮華の身に起きたことを把握している。
シャツを肩までめくれば、切断箇所を縫いあわせた短い腕があらわになる。まるでぬいぐるみの手のように、腕の先は丸い。
「ふうん、けっこう派手にやったねえ……肩口から十五センチまで、その下は切断か。腕の長さは左を基準にするか」
「利き腕は左だから、右より三センチ長いわ。そこは注意して」
「君、測ったことあるなら先に言いたまえよ。分かった分かった」
めんどうくさがりながらも、山岡は腕の寸法をメモに書きつけた。
「身長も高ければ手足も細い。おまけに日本人ばなれした顔。はは、もったいないね、君は。こんな辛気くさいところに来て。化け物の血なんか引いてなかったら、モデルか女優になれたろうにね」
「山岡さん」
「おっと、さっさとすませるとしよう。海堂は怒ると怖いからね」
海堂の声は静かなものだったが、目に宿した光は怒りに満ちていた。山岡は彼とは長いつきあいなのか、矛先を向けられる前に、義手をかかげて見せた。
とたん、金色の光が山岡の持つ義手に集まった。ほのかな灯りだけだった部屋が、まばゆいほどの光に包まれていく。
「調整完了。蓮峰女史、着けてみるといい。はじめは痛むと思うけどね」
義手の見た目は、関節部位に球体がはめこまれた人形の腕だった。
山岡が力を使ったのも一瞬のことで、どのあたりが調整されたのかまったく分からない。
蓮華は言われるがままそれを受け取り、義手に設けられたくぼみに右腕を差しこんだ。
「……ッ!!?」
「蓮華さんっ!?」
義手から右腕の先端を通って、全身に激痛が走る。電気信号が脳に伝わる様子を、痛みをもって体験しているようだ。
蓮華は身体を丸め、痛みが引くのをただ待った。海堂がなんらかの術を掛けようとするのを、左手で止める。
「いい、から、海堂クン。だい、じょうぶ、だから」
「しかし!」
「義手を最適化させる必要工程だ。命に関わるものじゃない。もうすぐ痛みも引く」
時間は一分もかからなかっただろう。激痛ははじめからなかったかのように消え、蓮華はゆっくり身を起こした。
「……驚いたわね」
山岡が得意げに胸を張る。人形のパーツのようだった義手は、人の腕と変わらぬ質感と温かさを持っていた。掌を開いて握ることも、意思どおりにできる。手首にふれれば、脈さえ感じとれた。
「その義手は術を発動した場合も、君の力の出力にあわせられる。よっぽど外部から強い力が加わらないかぎりは、壊れないよ。しかし普段使いはオススメしない。義手の動力源は君の鬼の力だからね。着けているだけでも少しずつ力を消費する。仕事以外では外しておいたほうが無難だね」
「分かった。ありがとう、山岡クン。恩に着るわ」
「別に、礼を言われることはしてないよ。ああ、それと次に来る時はちゃんとアポイントを取ってきてくれ。海堂は勝手に入ってくるけどね、アポなしは迷惑なんだ」
用がすんだら早く帰れとばかりに、山岡はドアを開けた。地下の暗くよどんだ空気が、蓮華たちの肌に突き刺さる。確かにここは、気軽に訪れる場所ではなさそうだ。
「山岡さん、急に訪ねてすみませんでした。また次の検査の時にお会いしましょう」
「できればごめん被りたいところだね」
鉄の扉が閉まり、部屋の灯りが消える。彼は再び、眠りの床に就くのだろう。
「……変わった人ね、貴方の友人」
「昔から、ああなんです。根は悪くないのですが、持病が彼を偏屈にさせていまして」
すみません、と海堂は頭を下げた。
「どうして貴方が謝るの。少なくとも私は、彼に感謝しているわ」
失った自分の腕が、仮とはいえ戻ってきた。それだけで十分だった。
「謝ったのは、山岡さんのことだけでは」
ぼそりと彼が漏らした言葉を、蓮華は聞かなかったふりをした。
「海堂クン。一度、黒鬼の主に接触してみたいんだけど、彼女はまだ局の訓練所?」
「え、ええ、そうですが、それがなにか」
「明日にでもリハビリ兼ねて、様子を見に行ってみようと思うの」
山岡の作った義手が、本当に以前と同じ動きが可能なのか、確認しておきたかった。それには擬似的に訓練してみなければ分からない。黒鬼の主に会うのは、そのついで。偶然の出来事にしてしまえばいい。
「ですが明日とはまた、急すぎませんか。黒鬼の主との接触は、もう少しあとのほうが。管理官たちがどう思われるか」
「関係ないわ。私を引きずりこんだ局の都合なんて、知るもんですか」
こうだと決めたら我が道を行く。上司にただしたがうだけの人間にはならない。蓮華にはそういう頑固なところがあった。
「……仕方ないですね。私も同行します。それと一つ提案なのですが――」
「提案?」
「蓮華さんがあそこに行っても怪しまれない策があります」
海堂は子どもがいたずらを企むように目配せし、微笑んだ。
小さく伸びをした山岡は、のそのそと寝床に入り直した。あと四時間ほどは惰眠を貪り、自分の研究を進めるつもりで。
だが、その試みはうまくいかなかった。部屋におかれた黒電話が、けたたましく鳴り響いたからだ。
「山岡だ。人が休もうって時に、どういう了見だい?」
寝る矢先のことに、山岡の言葉は少し荒くなっていた。
『……それは失礼。頼んでいた義手は、どうなりましたか』
電話の主は、聴きとれるぎりぎりの声で話す。そこに、気圧された様子はない。謝っておきながら、自身の行為を失礼だとは感じていないようだ。
「は、趣味が悪いね、どこから見ていたか知らないが。ご命令とおり作ってわたしておいたよ。ふふ、僕の渾身の作だ、感謝するんだね」
『ええ、もちろんですとも』
感情のこもっていない淡々とした声が、山岡をいらつかせる。
「用件はすんだだろう? 僕は眠いんだ、今日はもう電話してこないでくれ!」
山岡は乱暴に受話器をおき、机に転がっていたナイフで電話線を叩き切った。
跳ね上がる心臓が、これ以上無茶をするなと訴えかける。先に鬼の力を使ったことが、彼の身体に大きな負担をかけていた。
「ぐっ……!? はあっ、はあっ……ちくしょ、う……!」
胸を押さえ、ベッドに倒れこむ。枕元の薬を噛み砕き、口からこぼれるのも構わずに水を飲み干す。
ただ嵐が過ぎ去るのを、山岡は耐え忍ぶしかなかった。
次回から二章です。ここまでお読みくださった方、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。




