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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第3章

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第26話 氷の宰相、倒れる

王宮から屋敷までの馬車の記憶は、ほとんどない。

覚えているのは、隣で崩れ落ちたクラウス様の身体が、死体のように冷たかったことだけだ。


「ハンスさん! 手を貸して! クラウス様が!」


屋敷に到着するなり、私は御者台から飛び降りて叫んだ。

玄関の扉が開き、ハンスさんが飛び出してくる。

だが、馬車の扉を開けた瞬間、彼は「ひっ」と息を飲んで後ずさった。


車内から、猛吹雪のような冷気が噴き出したからだ。


「こ、これは……!」


「魔力の暴走です! 早く寝室へ! それとレオンさんを叩き起こして!」


私はハンスさんの制止も聞かず、クラウス様の腕を肩に回した。

重い。そして痛いほど冷たい。

『氷絹』のドレスと、左手の指輪が守ってくれているおかげで、私はかろうじて動けている。

だが、普通の人間なら触れた瞬間に心臓が麻痺するレベルだ。


「わ、私が持ちます!」


「無理よ! あなたじゃ凍ってしまうわ!」


私はハンスさんを怒鳴りつけ、歯を食いしばって歩き出した。

幸い、火事場の馬鹿力というやつか、今の私には彼を支えるだけの力があった。


廊下を進むたびに、パキパキと音を立てて壁が凍りついていく。

花瓶の水が瞬時に氷塊に変わり、窓ガラスに幾何学模様の霜が走る。

屋敷全体が、巨大な冷凍庫に変貌しつつあった。



寝室のベッドにクラウス様を横たえる頃には、私の感覚も麻痺しかけていた。

布団を掛けるが、掛けたそばから布地が凍りつき、バリバリに硬化していく。


「……クソッ! なんて数値だ!」


ドタドタと足音を立てて、レオンが飛び込んできた。

彼は手にした魔力測定器を見て、顔面蒼白になっている。

白衣の上に、防寒用の毛皮を三枚も重ね着しているが、それでもガタガタと震えていた。


「レオンさん! 状況は!?」


「メルトダウンだ! 魔力回路が完全に焼き切れてやがる! 生成された魔力が体の中で行き場を失って、暴れまわってるんだよ!」


レオンはベッドの遠くから叫んだ。

近づけないのだ。

彼の高い魔力耐性をもってしても、今のクラウス様の半径三メートル以内は致死圏内らしい。


「治療法は!?」


「ねえよ! 今の閣下は、安全装置の外れた爆弾だ! うかつに触れば誘爆して、この領地ごと氷河期だぞ!」


レオンが絶望的な声を上げる。

入り口では、ハンスさんが涙を流しながら膝をついていた。

彼もまた、主人のそばに行くことさえできない。


「……そんな」


私はクラウス様の顔を覗き込んだ。

睫毛も、銀色の髪も、霜で白く染まっている。

唇は紫色で、呼吸は浅く、途切れがちだ。


一ヶ月?

冗談じゃない。

今夜が山だ。いや、数時間もつかどうか。


「……逃げろ」


かすかな声がした。

クラウス様の目が、うっすらと開かれている。

焦点は合っていない。

けれど、その唇は確かに言葉を紡いでいた。


「エレナ……逃げるんだ……。私は……もう……」


「嫌です」


私は即答し、彼の手を強く握った。

私の体温が、指輪を通じて彼に流れていくのを感じる。


「離れろ……! 君まで……死ぬぞ……!」


彼は最後の力を振り絞って、私の手を振り払おうとした。

その目には、恐怖が宿っていた。

自分の死への恐怖ではない。

私を巻き添えにしてしまうことへの、底知れぬ恐怖。


「死にません! あなたも、私も!」


私は彼の手を両手で包み込み、自分の頬に押し当てた。

冷たい。氷のように冷たい。

でも、その奥でドクン、ドクンと、心臓が必死に命を刻んでいるのが分かる。


「レオンさん! 諦めないで! 魔力が暴れているなら、抜けばいいんでしょう!?」


「だから、その抜き先がねえんだよ! これだけの質量を受け止められる器なんて、人間じゃありえねえ! 魔石だって一瞬で砕け散るぞ!」


レオンが髪を掻きむしる。


「……待って」


私の脳裏に、ある光景が閃いた。

この屋敷に来たばかりの頃。

レオンが言っていた言葉。


『閣下の魔力は、大気中のマナと共鳴しやすい』

『この土地の地下には、古い地脈が通っている』


人間がダメなら。

魔石がダメなら。

もっと巨大な器――「大地」ならどうだ?


「レオンさん。……この屋敷の地下に、古代の『地脈レイライン』が通っていると言いましたよね?」


「あ? ああ、言ったけど……それがどうした」


「そこに流すのよ」


私はベッドの上のクラウス様を見据えたまま、言った。


「クラウス様の魔力を、パイプを通して地下の地脈に接続し、放流する。……そうすれば、彼の身体は爆発せずに済むはず」


「はぁ!? 正気か!? 地脈に接続なんて、大工事だぞ! それに、接続した瞬間のバックドラフト(逆流)で、術者が消し飛ぶ!」


「やるのよ。他に方法がないなら、可能性に賭けるしかない」


私はクラウス様の額に口づけを落とした。

唇が張り付きそうなほど冷たい。


「……聞こえますか、クラウス様。私は絶対に諦めない。あなたが『効率的』に生き延びる方法を、私が必ず構築してみせます」


彼は何かを言おうとして、けれど力尽きたように瞼を閉じた。

意識が途切れたのだ。

残された時間は少ない。


「ハンスさん! 立てますか!?」


「は、はいっ! 旦那様のためなら、この命、とうに捨てております!」


ハンスさんが涙を拭い、立ち上がった。


「屋敷中の人手を集めて! つるはしでもスコップでも何でもいい、庭を掘り返すわよ! レオンさん、あなたは魔導ドリルを持ってきて!」


「……ちっ、マジかよ」


レオンは呆れたように、しかし口元に不敵な笑みを浮かべて眼鏡を直した。


「ブラック職場にも程があるぜ。……でもま、実験としちゃ最高にスリリングだ」


「ええ。成功すれば、ボーナス弾むわよ」


私は立ち上がった。

ドレスの裾をまくり上げ、戦闘態勢に入る。


泣いている暇はない。

嘆いている時間もない。

私の最愛のパートナーを救うためなら、大地だろうが運命だろうが、この手で掘り返してみせる。


「総員、配置につきなさい! オペレーション『温泉掘削』、開始よ!」


私の号令が、凍りついた屋敷に熱く響き渡った。

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