第25話 プレゼン対決、国王vsコンサル
「証明せよ」
国王陛下の一言が、重い槌音のように謁見の間に響いた。
一ヶ月。
それが、私たちに残された猶予であり、クラウス様の命と自由を守るためのタイムリミットだ。
私は深呼吸をして、背筋を伸ばした。
ここで怯んでいては、コンサルタントの名折れだ。
相手が国王だろうと、クラウス様の利益を守るために最善の提案をする。
それが私の仕事だ。
「畏まりました。では、現状の分析と、今後の展望について説明させていただきます」
私は懐から、手帳と一枚の羊皮紙を取り出した。
常に携帯している『銀雪』の売上データと、レオンさんが試算した『魔力変換効率表』だ。
「陛下。クラウス様の『魔力過多症』は、これまで不治の病、あるいは災害の種とみなされてきました。……生成される魔力量が膨大すぎて、排出が追いつかないからです」
私は陛下の目を真っ直ぐに見つめた。
「ですが、視点を変えてください。これは『災害』ではなく、『未利用の巨大エネルギー源』です」
「……ほう?」
陛下の片眉が上がる。
「我が国では現在、魔導具の動力源として高価な魔石を輸入に頼っています。そのコストは国家予算の二割を占めるはずです」
私は羊皮紙を広げ、数字を指し示した。
「しかし、クラウス様の魔力総量は、王都の魔石消費量の一ヶ月分に匹敵します。……これをただ垂れ流し、暴走させるのは、金の延べ棒をドブに捨てているのと同じです」
「……金の延べ棒、か」
「はい。我が領地では、レオン・ヴァン・ストラテンという研究者が開発した『変換回路』により、クラウス様の余剰魔力を冷却エネルギーに変換することに成功しました。その結果が、これです」
私は『銀雪』の売上推移グラフを見せた。
右肩上がりの急激な曲線。
「わずか数週間で、これだけの利益を生み出しました。これは単なるお菓子販売ではありません。……『魔力エネルギー産業』の実証実験なのです」
会場がざわめいた。
近衛騎士たちも、宰相の魔力が金に変わるという発想に驚いているようだ。
「陛下。もし、このシステムを確立し、安全に運用できれば……我が国は輸入魔石に頼らず、自前のクリーンエネルギーを手に入れることができます。クラウス様は『危険人物』ではなく、国の繁栄を支える『心臓』となるのです」
一気にまくし立てた。
論理と、数字と、未来の利益。
合理主義者の陛下なら、この価値がわかるはずだ。
陛下はしばらくグラフを眺め、やがて顔を上げた。
その瞳は、冷徹な評価者のままだ。
「……理屈は分かった。だが、それは『制御できれば』の話だ」
陛下は玉座の肘掛けを叩いた。
「先日の夜会で見せたような、あの大規模な凍結。あれがもし、制御を失って王都の中心で起きたらどうなる? ……利益どころか、国が滅ぶぞ」
痛いところを突かれた。
今のレオン様の冷蔵庫は、あくまで「漏れ出た魔力」を使っているだけだ。
クラウス様の本気を受け止めきれるものではない。
「リスク管理ができぬ技術など、絵に描いた餅だ。……その男を地下深くに幽閉し、安全な距離から管を繋いで魔力を吸い上げるほうが、確実ではないか?」
幽閉。
人間電池扱い。
陛下は本気だ。国を守るためなら、一人の人間の人権など躊躇なく切り捨てる。
私が反論しようと口を開きかけた時。
隣にいたクラウス様が、一歩前に出た。
「陛下」
静かな、けれど芯の通った声だった。
「私は、幽閉されるつもりはありません」
「……ほほう? 王命に逆らうか」
「いいえ。……幽閉されれば、私は枯れます。ただ魔力を吸われるだけの家畜になれば、私の精神は死に、魔力の質も落ちるでしょう」
クラウス様は私を見た。
その瞳に宿るのは、かつての凍てついた孤独ではない。
温かく、強い意志だ。
「私は、彼女と共に生きたいのです。彼女が淹れるコーヒーを飲み、彼女が整えた机で仕事をしたい。……その『欲』こそが、今の私を支え、魔力を制御する楔となっています」
彼は陛下に向き直り、胸に手を当てた。
「彼女というパートナーがいれば、私はただの爆弾ではありません。……意思を持った、国の盾となれます。それを、証明してみせます」
「……クラウス様」
胸が熱くなった。
あの不器用な彼が、王の前でこれほど堂々と、自分の意志と私への想いを語るなんて。
陛下は二人をじっと見比べ、やがてフンと鼻を鳴らした。
「……よかろう。賭けに乗ってやる」
陛下が立ち上がった。
「期限は一ヶ月だ。それまでに、その魔力を完全に制御し、暴走の懸念がないことを証明せよ。……方法は問わん」
「成功すれば?」
「婚約を認めよう。……そして、宰相の地位も安泰とする」
陛下はニヤリと笑った。
「だが失敗すれば……分かっているな? エレナ、そちの提案通り『資源』として有効活用してやる。……地下牢でな」
「……御意」
私とクラウス様は同時に頭を下げた。
交渉成立だ。
首の皮一枚繋がった。
「下がってよい。……期待しているぞ、コンサルタント」
◇
謁見の間を出て、長い廊下を歩く。
足音がコツコツと響く。
緊張の糸が切れ、どっと疲れが押し寄せてきた。
「……はぁ。寿命が縮まりました」
私は大きく息を吐き出した。
「でも、やりましたねクラウス様。一ヶ月の猶予を勝ち取りましたよ」
「ああ……君のおかげだ」
クラウス様が微笑む。
だが、その笑顔はどこか力がない。
「とりあえず屋敷に戻りましょう。レオンさんを叩き起こして、作戦会議を……」
言いながら、私は彼の顔を見上げた。
そして、息を飲んだ。
白い。
あまりにも、顔色が悪い。
額には脂汗が滲み、呼吸が浅い。
「クラウス様?」
「……すまない。少し、眩暈が……」
彼が立ち止まり、壁に手をついた。
その瞬間。
バキキキッ!
彼が触れた壁の石材が、一瞬で凍りつき、ひび割れた。
「え……?」
「……制御が、効かん……」
彼が苦しげに呻く。
その身体から、抑えきれない冷気が溢れ出している。
私の『魔力制御リング』が、警告するように熱く脈打った。
(……限界なの!?)
私は悟った。
夜会での大規模魔法。
そして今の、国王陛下との対峙による緊張。
それらが、彼の壊れかけた魔力回路にトドメを刺そうとしているのだ。
「クラウス様! しっかりしてください!」
私は彼の身体を支えようとした。
冷たい。
まるで氷塊を抱きしめたようだ。
ドレスの温度調整機能がなければ、私も凍傷になっていただろう。
「……エレナ、離れろ……。私に触れるな……」
「離しません! 帰りますよ、私たちの家に!」
私は彼の腕を肩に回し、無理やり歩かせた。
重い。
けれど、絶対に放すものか。
一ヶ月?
とんでもない。
そんな猶予はない。
彼の命のタイムリミットは、もう目の前まで来ている。
(レオンさん! ハンスさん! 急いで!)
私は心の中で叫びながら、出口へと急いだ。
勝利の余韻など吹き飛んでしまった。
ここからは、死神との競争だ。




