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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第21話 証拠確保と大捕物

大広間の扉をくぐると、むっとする熱気と、例の甘ったるい香りが押し寄せてきた。


私は迷わず、クラウス様が待つ場所へと歩を進める。

彼は壁際に立ち、周囲を寄せ付けない冷気を纏いながら、入り口の方をじっと見つめていた。

私を見つけた瞬間、その凍てついた瞳がふわりと和らぐ。


「エレナ!」


彼が早足で歩み寄り、私の手を取った。

その手は冷たかったが、握りしめる力は強かった。


「遅いぞ。……何かあったのかと思った」


「申し訳ありません。少し、準備に手間取りまして」


私は彼の耳元で囁いた。


「『掃除用具』の準備は整いました。……始めましょうか」


クラウス様は一瞬だけ目を丸くし、それから微かに口角を上げた。

全てを察してくれたようだ。

彼は無言で頷き、私をエスコートする体勢に入った。


その時。

フロアの中央から、甲高い声が響いた。


「まあ! 奥様、お戻りになられたのですねぇ」


リリア・ローズブレイドだ。

彼女はオスカー殿下を伴い、勝ち誇ったような笑顔でこちらへ近づいてくる。

周囲の貴族たち――特に男性陣が、彼女の動きに合わせてゾロゾロと動く。

まるで女王蜂と、それに群がる働き蜂だ。


「随分と長く席を外していらしたんですね。もしかして、お化粧直し? ……ふふ、どんなに塗り重ねても、閣下の心は取り戻せませんのに」


リリアが扇子で口元を隠して笑う。

オスカー殿下も、蔑むような目で私を見た。


「ふん。嫉妬に狂って泣きにでも行っていたか? 見苦しいぞ、エレナ。リリアの爪の垢でも煎じて飲むといい」


殿下の言葉に、周囲からクスクスという失笑が漏れる。

完全にアウェイだ。

この会場の空気は、リリアの「魅了」によって支配されている。


だが、私は動じなかった。

ゆっくりと扇子を閉じ、パチンと音を立てる。

それが開戦の合図だ。


「殿下。リリア様。……嫉妬、とおっしゃいましたか?」


私は冷静な声で問い返した。

よく通る声だ。

会場のざわめきが、少しだけ静まる。


「私が席を外していたのは、泣くためではありません。……ある『調査』を行っていたからです」


「調査だと? 何を言っている」


「リリア様がお使いの、その香水についてです」


私がリリアを指差すと、彼女の眉がピクリと跳ねた。


「な、何のことですの? これは王都で流行りの……」


「いいえ。市販品ではありませんね」


私は一歩前に出た。

クラウス様が背後で魔力を高め、いつでも私を守れるように警戒態勢に入る。


「レオン・ヴァン・ストラテンという魔導工学の専門家をご存知ですか? 彼に成分分析を依頼しました」


私は懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。

レオンが走り書きした分析レポートだ。


「その香水から検出されたのは、通常の香料ではありません。『幻惑草』の精油、そして『服従蘭』の花粉。……どちらも、王国法で所持・使用が厳しく禁じられている、指定違法薬物です」


会場がどよめいた。

違法薬物。

その単語の重みは、貴族社会において決定的だ。


「なっ……!?」


リリアの顔から血の気が引いた。

しかし、すぐに表情を歪め、涙目を作ってみせる。


「ひ、ひどい……! 濡れ衣ですぅ! 私がそんな怖いもの、持ってるわけないじゃないですかぁ!」


「そうだ! 貴様、嫉妬で気が狂ったか!?」


オスカー殿下が激昂し、私に掴みかかろうとする。

その目は虚ろで、明らかに正常な判断力を失っている。

薬の効果だ。


「リリアを陥れるために、デタラメな鑑定書を捏造したのだろう! 衛兵! この女を捕らえろ! 不敬罪だ!」


殿下の命令で、会場の警備兵たちが動き出す。

彼らもまた、鼻孔を膨らませ、リリアの香りに酔いしれている。


「……愚かな」


背後でクラウス様が低く呟いた。

彼の手から冷気が溢れ、床を凍らせようとする。


「待ってください、クラウス様」


私は彼を制止した。

ここで彼が力を行使すれば、「宰相が暴走した」という口実を与えてしまう。

必要なのは武力ではない。

誰の目にも明らかな「真実」だ。


「捏造ではありません。……証拠なら、今ここにお見せしましょう」


私は天井を見上げた。

シャンデリアの影に、小さな影が見える。

待機していたレオンだ。


私は右手を高く掲げ、指を鳴らした。


「――レオンさん、起動スイッチ・オン!」


瞬間。

頭上から、まばゆい閃光が放たれた。


キィィィィィィン……!


耳障りな高周波音と共に、シャンデリアに取り付けられた魔道具が作動する。

レオンが開発した『魔力成分可視化プロジェクター』。

空気中に漂う微量な魔力や薬物成分に反応し、特定の色をつけて投影する装置だ。


「な、なんだ!?」


人々が悲鳴を上げて頭上を仰ぐ。

プロジェクターから放たれた特殊な光が、会場全体をスキャンするように降り注ぐ。


そして、世界の色が変わった。


「…………ひっ!?」


誰かが、短い悲鳴を上げた。


これまで甘い香りと認識されていた空間が、光に照らされた途端、おぞましい色に染まったのだ。

ドス黒い、ヘドロのような紫色のもや

それが会場中を埋め尽くしている。


特に濃度が高いのは、リリアの周囲だ。

彼女の身体からは、まるで煙突のように黒い煙が噴き出し、それが触手のように伸びて、オスカー殿下や周囲の騎士たちに絡みついている。


「な、なにこれ……!?」

「うわあああ! なんだこの黒い煙は!」

「身体に……身体に巻き付いてる!」


貴族たちがパニックを起こして逃げ惑う。

可視化された「魅了」の正体は、あまりにも醜悪だった。

美しい香水などではない。

精神を侵食する、粘着質な呪いだ。


「きゃあああああ!?」


リリアが自分の身体を見て絶叫した。

ピンク色のドレスは黒い靄に覆われ、まるで泥の中から這い出てきた亡者のようだ。


「こ、これは……幻覚だ! クラウス、貴様の手品だろう!」


オスカー殿下が喚くが、その身体にも黒い触手が何重にも巻き付いており、まるで操り人形のように見える。

その光景を見れば、誰が「支配」されているかは一目瞭然だった。


「手品ではありません。これが現実です」


私は静かに告げた。

『氷絹』のドレスを纏った私と、氷の結界を張っているクラウス様の周囲だけが、清浄な青白い光を保っている。

そのコントラストは残酷なほど鮮やかだった。


「殿下。あなたの判断力が鈍っているのは、その黒い靄――薬物のせいです。今すぐリリア様から離れてください」


「う、うぐっ……」


殿下が頭を押さえて呻く。

可視化されたことで、「自分が操られている」という事実を脳が認識し始め、魅了の術式にほころびが生じているのだ。


「い、いやぁぁぁ! 見ないでぇぇぇ!」


リリアが錯乱して叫んだ。

自分の最大の武器が、最も醜い形で暴露された。

周囲の目は、先ほどまでの「憧れ」から、「恐怖」と「嫌悪」へと反転している。


「みんな、私を愛してよぉ! いい匂いでしょ? 可愛いでしょ!? なんで逃げるのよぉ!」


リリアが手を伸ばすと、黒い靄が爆発的に膨れ上がった。

追い詰められた彼女の魔力が暴走を始めている。


「……ちっ、暴走か」


クラウス様が一歩前に出た。

その瞳が、冷徹な戦闘モードへと切り替わる。


「エレナ、下がっていろ。……掃除の時間だ」


「はい。仕上げをお願いします、旦那様」


私は一歩下がり、最強のパートナーに場を譲った。

証拠は揃った。

あとは、この悪臭漂う空間を、物理的に浄化するだけだ。


会場を埋め尽くす黒い靄の中、ただ一人、氷のように美しく輝く男が、右手を掲げた。


「――凍れ」


その一言が、狂乱の夜会に終止符を打つ号令となった。

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