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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第18話 王宮夜会と白い花

王宮の車寄せに、宰相家の紋章が入った馬車が滑り込んだ。


窓の外には、すでに到着した煌びやかな馬車の列と、着飾った貴族たちの姿が見える。

建国記念祝賀夜会。

この国の社交界における、最大の戦場だ。


「……行くぞ、エレナ」


隣に座るクラウス様が、私に手を差し出した。

その表情は、いつもの「氷の宰相」の鉄仮面だ。

けれど、差し出された手は微かに強張っている。

彼にとって、この煌びやかで騒がしい場所は、魔獣の巣窟よりも居心地が悪いのだろう。


「ええ。参りましょう、あなた」


私は彼の手を取り、微笑んだ。

馬車の扉が開かれる。


夜の闇の中、魔法灯の明かりが私たちを照らし出した。


その瞬間。

周囲のざわめきが、波が引くように止まった。


私が纏っているのは、プロジェクト『銀雪の女神』の結晶――『氷絹アイス・シルク』のドレスだ。

色は透き通るようなアイスブルー。

過剰な装飾は一切ない。

だが、闇夜に降り立ったその布地は、それ自体が淡い燐光を放ち、動くたびにオーロラのような揺らめきを見せた。


「……な、なんだあれは?」

「光っている……? 宝石もつけていないのに?」


囁き声が波紋のように広がる。

王都の流行である、レースと宝石で着飾ったご令嬢たちの中で、私の姿は異質だった。

シンプルで、冷たく、そして圧倒的に洗練されている。


私は背筋を伸ばし、レッドカーペットの上を歩き出した。

冷たい夜風が吹くが、肌は寒さを感じない。

レオンが組み込んだ温度調整機能が完璧に作動しているからだ。


「……みんな、君を見ている」


クラウス様が低い声で呟いた。

私の腰に回された手に、ギュッと力がこもる。


「失敗した。やはり布面積が足りん。あの男の視線など、氷柱で串刺しにしてやりたい」


「ダメですよ。今日は『円満な宰相夫妻』のプロモーションなんですから。笑顔でお願いします」


私が小声でたしなめると、彼は不承不承といった様子で、周囲に鋭い視線を(彼なりの愛想を)振りまいた。

その姿がまた、「クールで独占欲の強い美丈夫」として、ご令嬢たちのハートを射抜いていることに、本人は気づいていない。



大広間に入ると、私たちはすぐに注目の的となった。


「ごきげんよう、ライヘンバッハ閣下、エレナ様」


最初に近づいてきたのは、恰幅の良い伯爵夫人だった。

彼女の扇子は、激しく揺れている。


「そのドレス……もしや、噂の?」


「ええ。我が領地で開発した新素材ですわ。先日お届けした『銀雪』のクッキー、お口に合いましたか?」


私がキーワードを出すと、夫人の目が輝いた。


「まあ! やはり! あれは絶品でしたわ。夫も『頭が冴える』と毎日欲しがって……。それで、そのドレスも領地で?」


「はい。私たちは『本質的な美しさ』と『機能性』を追求しておりますの」


私はニッコリと微笑み、営業トークを展開した。

『銀雪』ブランドへの信頼が、そのまま私自身への評価に繋がっている。

かつて私を「悪役令嬢」と蔑んでいた人々が、今は「最先端のトレンドセッター」を見る目で私を見ている。


これが、ブランドの力だ。


クラウス様は隣で黙って立っているだけだが、時折「ああ」とか「妻が世話になっている」と相槌を打つだけで、マダムたちが「素敵……」と頬を染める。

最高の広告塔だ。


順調。

あまりにも順調すぎて、怖いくらいだ。


その時だった。


入り口の方で、ファンファーレが高らかに鳴り響いた。


「王太子オスカー殿下、並びに、リリア・ローズブレイド男爵令嬢の入場!」


会場の空気が一変した。

人々が道を空け、その先から二人の人物が現れる。


王太子オスカー。

金髪をオールバックにし、これでもかというほど勲章をつけた正装姿。

その顔には、隠しきれない傲慢さが滲み出ている。


そして、その腕にぶら下がるようにしている少女。

リリア・ローズブレイド。


(……あの子が)


私は目を細めた。

ピンク色のフリルたっぷりのドレス。

髪には大きな白い花飾り。

小柄で、守ってあげたくなるような、小動物系の可愛らしさ。

私のドレスとは対極にある、「可憐で無垢な少女」を体現したような姿だ。


だが、私のコンサルタントとしての直感が、警報を鳴らした。


(……何かしら、この違和感は)


彼女が通り過ぎると、周囲の男性たちが、ふらりとよろめくように彼女の方へ顔を向けるのだ。

まるで、甘い蜜に吸い寄せられる虫のように。

その目つきは、憧れというより、どこか焦点が合っていないような、虚ろな熱を帯びている。


そして、鼻をつく匂い。

甘ったるい、熟しすぎた果実のような香水の香り。

会場の空調魔法でも消しきれないほど、濃厚な香りだ。


「……臭いな」


隣でクラウス様が顔をしかめた。

潔癖症の彼には、この匂いは拷問に近いらしい。

彼は無意識に私の肩を抱き寄せ、自分の体温と清涼な空気の中に私を囲い込んだ。


「エレナ。離れるなよ」


「はい。……少し、嫌な予感がします」


オスカーとリリアは、大広間の中央まで進み出ると、わざとらしく立ち止まった。

そして、私たちを見つけたオスカーが、口の端を吊り上げた。

獲物を見つけた狩人の顔で、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。


「やあ、クラウス辺境伯。それにエレナ」


オスカーが私の前で足を止めた。

リリアも、彼の後ろからひょこりと顔を出す。

大きな瞳が、上目遣いで私とクラウス様を見つめている。


「……殿下。本日はお招きいただき、光栄です」


クラウス様が形式的な礼をする。

オスカーは鼻を鳴らし、私のドレスを指差した。


「ふん。なんだその格好は。宝石の一つもつけていないとはな」


彼は周囲に聞こえるように、大きな声で嘲笑した。


「宰相領の財政難は本当らしいな。元公爵令嬢に、そんな布切れ一枚を纏わせるとは。貧乏くさいにも程がある」


周囲がざわつく。

王太子の言葉は絶対だ。彼が「貧乏くさい」と言えば、それが評価になる――はずだった。


しかし、私は優雅に扇子を開き、口元を隠して微笑んだ。


「お言葉ですが、殿下。真の宝石とは、石ころのことではありませんわ」


「なに?」


「このドレスは、我が領地の技術の粋を集めた『氷絹』。夜の闇でも自ら輝き、纏う者を快適な温度で守る、魔法の布です」


私は一歩前に出た。

ドレスがふわりと揺れ、青白い光の粒子を撒き散らす。

その幻想的な美しさに、嘲笑しようとしていた貴族たちが、ため息を漏らすのが聞こえた。


「既存の価値観に囚われず、本質的な美を追求する。それが、これからの宰相領の在り方です。……宝石で飾り立てるだけが、豊かさではありませんもの」


私の視線は、チラリとリリアに向けられた。

彼女の首や腕には、不釣り合いなほど巨大なダイヤやルビーがジャラジャラとぶら下がっている。

まるで、ショーケースの中身を全部つけたような成金趣味だ。


「っ……口の減らない女だ!」


オスカーが顔を赤くした。

図星を突かれた怒りと、周囲の空気が私を肯定していることへの焦り。


「エレナ! 僕は君にチャンスをやろうとしているんだぞ!」


彼は突然、トーンを変えて言った。


「こんな野蛮な男の元で、貧しい生活をする必要はない。今すぐ僕に謝罪して戻ってくるなら、側室の一人として迎えてやってもいい」


「…………」


会場が静まり返った。

なんて傲慢で、現状が見えていない発言だろう。

私が「銀雪」のオーナーであり、宰相邸の実権を握っていることを、彼はまだ理解していないのだ。


私が口を開こうとした時。

クラウス様が、私を背後に隠すように前に出た。


「お断りします」


氷の刃のような声だった。


「彼女は私のパートナーだ。側室などという軽い扱いを受ける器ではない。……それに」


彼はオスカーを見下ろし、冷然と言い放った。


「彼女を貧しいと言ったな? 訂正していただこう。彼女は今、私の全財産と、全権限を握っている。この国の誰よりも『豊かな』女性だ」


「な、なんだと……!?」


オスカーが絶句する。

クラウス様の宣言は、私が「宰相家の真の支配者」であることを公認するものだった。

周囲の貴婦人たちが「まあ、素敵……」「愛されてるわねぇ」とさざめく。


勝負ありだ。

オスカーは完全にピエロだった。


だが。

その時、不気味な声が割り込んできた。


「すごぉい……。閣下って、とっても男らしいんですねぇ」


リリアだった。

彼女はオスカーの腕から離れ、ふらふらとクラウス様に近づいてきた。

その瞳は、オスカーなど見ていない。

獲物を見つけた爬虫類のような、ねっとりとした視線が、クラウス様に注がれている。


「私ぃ、怖い男の人は苦手なんですけどぉ……閣下みたいな強い方なら、守ってもらいたいなって思っちゃいますぅ」


甘い声。

そして、あの濃厚な香水の匂いが、ふわりと強くなった。


クラウス様が、露骨に顔をしかめて一歩下がる。

しかし、リリアはお構いなしに距離を詰めてくる。

その目は、明らかに「乗り換え」を画策していた。


(……なるほど。そういうこと)


私は扇子を持つ手に力を込めた。

この女、単なる王太子のお飾りじゃない。

もっと危険で、貪欲な「害虫」だ。


私の大切な職場と、最高の上司を狙うなら。

徹底的に駆除させていただくわ。


リリアと私の視線が交差する。

彼女はニタリと、無垢な少女にはあるまじき笑みを浮かべた。


「ねえ、お姉様? その席、私に譲ってくださらない?」


宣戦布告だった。

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