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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第17話 ドレス選びは予算との戦い

「コンセプトは、『引き算の美学』です」


私はダイニングテーブルに広げたデザイン画を指差して宣言した。

集まったのは、プロジェクト『銀雪の女神』のメンバーたち。

領内一の腕を持つお針子のマーサさん、技術顧問のレオン、そして財務(金庫番)の私だ。


「引き算……ですか?」


マーサさんが老眼鏡の位置を直しながら、戸惑ったように問い返す。

無理もない。王都の流行は「足し算」だ。

リボン、レース、フリル、そして宝石。

盛れば盛るほど「高貴」とされるのが現在のトレンドである。


「はい。王太子殿下は、私が流行遅れのドレスで現れるのを期待しているでしょう。あるいは、田舎の職人が作った野暮ったい衣装を」


私はニヤリと笑った。


「ですから、流行など追いかけません。全く新しい価値観を提示します。装飾を極限まで削ぎ落とし、素材の美しさとシルエットだけで勝負する。……圧倒的な『格』の違いを見せつけるのです」


「なるほど……。しかしエレナ様、装飾を減らすとなると、生地そのものの質が問われます。王都の最高級シルクも手に入らない今、何を使えば……」


マーサさんの懸念はもっともだ。

だが、私には秘策があった。


「レオンさん。例の物は?」


「へいへい。できてますよ」


レオンが気だるげに足元の木箱を開けた。

中から取り出したのは、一反の布地。

一見すると普通の白い絹に見える。

だが、窓から差し込む陽光を受けると、まるで布自体が呼吸しているかのように、淡く、青白く発光した。


「ひぃっ!? こ、これは……『氷結蜘蛛アイス・スパイダー』の糸ですか!?」


マーサさんが悲鳴を上げて後ずさる。

氷結蜘蛛。この領地の山岳部に生息する害獣だ。

その糸は鋼鉄より硬く、触れると凍傷になるため、これまでは駆除して燃やすだけの厄介者だった。


「ああ。俺が開発した特殊溶液で処理して、毒性と冷気を中和した。ついでに魔力伝導率を高めてある」


レオンが得意げに布を撫でた。


「名付けて『氷絹アイス・シルク』。特徴は三つ。第一に、軽い。第二に、暗い場所でほのかに発光する。そして第三に……」


彼が布に魔力を少し流すと、ふわりと冷気が漂った。


「着用者の体温に合わせて、温度調整ができる。夏は涼しく、冬は暖かい。クラウス閣下の魔力資材をフル活用した、ハイテク素材だ」


「素晴らしいわ」


私は布の手触りを確認した。

滑らかで、ひんやりとしていて、まるで水を織り込んだようだ。

王都の重たいベルベットやサテンとは次元が違う。


「マーサさん。この生地を使って、私のデザイン画通りに縫製をお願いできますか? ドレープを活かした、シンプルなAラインで」


「……この生地、針が通るでしょうか」


「レオンさんが専用の魔導針を用意してくれます。……できますね?」


「ちっ、人使いが荒いな。……やるよ」


チームの意思は固まった。

私は満足げに頷いた。

これなら勝てる。


その時、廊下からドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。


「エレナ! ここか!」


勢いよく扉を開けて入ってきたのは、仕事の合間を抜けてきたクラウス様だった。

彼は興奮気味に、両手いっぱいの箱を抱えている。


「ドレスの準備をしていると聞いた。王都の店が使えないなら、素材は最高級のものが必要だろう。これを」


彼が箱をテーブルにぶちまけた。

ゴロゴロと転がり出たのは、宝石だ。

親指大のルビー、卵のような大きさのサファイア、そして目が眩むようなダイヤモンドの原石。


「領の宝物庫から持ってきた。これをドレスに縫い付ければ、オスカー殿下も文句はあるまい」


「…………」


部屋に沈黙が落ちた。

マーサさんが失神寸前で口元を押さえている。

レオンは「金になりそうだな」と下世話な目で原石を見ている。


私は深くため息をつき、一番大きなサファイアをつまみ上げた。


「クラウス様」


「なんだ。足りないか? ならば鉱山から直接……」


「却下です」


「……え?」


私は宝石を箱に戻した。


「こんな岩みたいな宝石をドレスに縫い付けたら、重くて動けません。それに、成金趣味で品がありませんわ」


「な、成金……品がない……」


クラウス様がショックでよろめいた。

「氷の宰相」が、子犬のように打ちひしがれている。


「いいですか、クラウス様。今回のコンセプトは『洗練』です。宝石はあくまでアクセント。主役は生地と、それを纏う人間です」


私は彼の手を取り、諭すように言った。


「あなたという最高の宝石が隣にいるのですから、私が過剰に光る必要はありません。……それに、予算オーバーです。これだけの宝石を加工する費用で、屋敷の屋根が三回直せます」


「……うぅ」


「ですが、この小さなダイヤだけお借りしますね。イヤリングに使わせていただきます。……選んでくださって、ありがとうございます」


私が微笑むと、クラウス様はパッと顔を輝かせた。

単純だ。いや、素直だ。


「ああ。君に似合うはずだ。……楽しみにしている」


彼はそう言い残し、上機嫌で執務室へと戻っていった。

嵐のようなスポンサーの退場に、私は苦笑しつつ、マーサさんに向き直った。


「さて、邪魔も入りましたが……作業再開です。期限は一週間。最高のドレスを仕立てましょう」



一週間後。

ついに、ドレスが完成した。


場所は私の自室。

マーサさんと、手伝いのメイドたちが、緊張した面持ちで私を取り囲んでいる。

私は姿見の前に立った。


「……いかがでしょうか、エレナ様」


マーサさんが震える声で尋ねる。

私は鏡の中の自分を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。


「……完璧です」


鏡に映っているのは、王都のエレナではない。

『銀雪の女神』だ。


ドレスの色は、限りなく白に近いアイスブルー。

『氷絹』特有の光沢が、動くたびにオーロラのように揺らめく。

デザインは極めてシンプル。

過剰なレースもフリルもない。

だが、胸元から腰にかけての流れるようなドレープが、身体のラインを美しく強調している。

肩と背中は大胆に露出しているが、薄いショールのような透明な布が掛かっており、いやらしさはない。

むしろ、神秘的だ。


「これなら、王宮のどの令嬢とも被りません。……ありがとう、マーサさん」


「もったいないお言葉です……! 私の針子人生で、最高の仕事ができました」


マーサさんが涙ぐむ。

さあ、あとは最終確認だ。

スポンサーであるクラウス様に見せなければならない。



応接室で待っていたクラウス様は、扉が開いた瞬間、手にしていたコーヒーカップを取り落としそうになった。


「…………」


彼は立ち上がり、口を半開きにして私を凝視した。

その瞳孔が開いているのが、遠目にも分かる。

時が止まったような沈黙。

私は少し不安になって、スカートの裾を摘んでみせた。


「……変でしょうか? やはり、地味すぎましたか?」


私の問いかけに、彼はハッと我に返った。

そして、大股で私に近づいてくる。

その顔は険しい。

怒っているのだろうか?


「……エレナ」


彼は私の目の前で立ち止まり、頭の先から足の先まで、舐めるように視線を這わせた。

そして、苦しげに呻いた。


「……美しすぎる」


「え?」


「直視できん。……それに、なんだその背中は」


彼は私の背後に回り込み、露出した背中を手で覆った。

彼の手の熱さが、ひんやりとしたドレス越しに伝わってくる。


「空きすぎだ。こんな姿を、他の男に見せるつもりか?」


声が低い。

これは、怒りではない。

純度百パーセントの、独占欲だ。


「……流行のデザインよりは、布面積は多いはずですよ?」


「面積の問題ではない。……君の肌が、この光る布のせいで、より……艶かしく見える」


彼は悔しそうに言った。


「失敗した。こんなことなら、全身を覆う鎧でも着せておくべきだった」


「戦場に行くわけではありませんから」


私はクスクスと笑った。

彼のこの反応があれば、十分だ。

「氷の宰相」をここまで狼狽えさせられるなら、王太子など敵ではない。


「諦めてください、クラウス様。私は最高の自分を演出する義務があります」


私は振り返り、彼の手をそっと退けた。

そして、悪戯っぽく微笑む。


「それに、このドレスを脱がせることができるのは、家に帰ってきた後の……あなただけですから」


その瞬間。

ボッ、と音がしそうなほど、クラウス様の顔が真っ赤になった。

室温が一気に上がる。

窓の霜が溶け、水滴となって流れ落ちた。


「……君は、いつか私を殺す気か」


「ふふ。さあ、エスコートをお願いしますね。明日は、私たちの勝利のパレードなのですから」


私は彼に腕を差し出した。

彼は深呼吸をして、覚悟を決めたように私の腕を取った。

その手は強く、熱く、そして震えてはいなかった。


準備は整った。

ドレスよし。

資金よし。

そして、最強のパートナーよし。


いざ、王宮の夜会へ。

私の「業務改善」の集大成を、見せつけに行きましょう。

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