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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第14話 経済制裁と新商品開発

「……コーヒー豆が、届かない?」


ダイニングルームのテーブルで、私は帳簿から顔を上げた。

目の前には、苦虫を噛み潰したような顔のハンスさんが立っている。


「はい。いつもの商会から連絡がありまして……。『街道の検問が厳しくなり、荷を通せない』と。裏ルートを使えば手に入りますが、価格は三倍になります」


「三倍……」


私は眉間を揉んだ。

小麦粉、砂糖、そして生命線であるコーヒー豆。

生活必需品から嗜好品に至るまで、宰相領に入ってくる物資がここ数日で急激に滞り始めていた。


理由は明白だ。

王太子オスカーだ。


先日の視察で恥をかかされた腹いせに、公的な権限を使って嫌がらせをしているのだ。

「宰相領への物流制限」。

地味だが、ボディブローのように効いてくる陰湿な手口である。


「どうなさいますか、エレナ様。備蓄はありますが、このままではジリ貧です。……やはり、旦那様から王城へ抗議していただくしか……」


「いいえ。抗議したところで、『盗賊対策の検問強化だ』と言い逃れされるのがオチです」


私はペンを回しながら思考を巡らせた。

相手は権力者だ。まともにぶつかっても消耗するだけ。

ならば、どうするか。


買えないなら、稼げばいい。

相手が物流を止めるなら、こちらから止められない「価値あるもの」を送り出して、向こうの商人や貴族たちを味方につければいいのだ。


「ハンスさん。ピンチはチャンス、という言葉を知っていますか?」


「は? いえ、存じ上げませんが……」


「今から実践します。……レオンさんを呼んでください」



数分後。

寝癖頭に白衣を羽織ったレオンが、あくびをしながら現れた。


「ふわぁ……なんだよ雇い主。俺は今、閣下の魔力波形の解析で忙しいんだが」


「いいから座りなさい。業務命令よ」


私は彼に一枚の設計図――私が前世の知識で描いたラフスケッチ――を突きつけた。


「レオンさん。先日あなたが言っていた『魔力変換回路』を使って、こういうものは作れませんか?」


レオンは気だるげに図面を覗き込み、眼鏡の位置を直した。


「……箱? 中は二重構造で、冷気を循環させる……ああ、なるほど。小型の冷蔵庫か」


「ただの冷蔵庫ではありません。『急速冷凍機』です。マイナス数十度まで一気に下げられるもの」


「理論上は可能だ。閣下の魔力は出力がデカいからな。変換効率を上げれば、その辺の魔石式冷凍庫なんて目じゃないパワーが出る」


レオンはニヤリと笑った。技術者の顔だ。


「で? これを作ってどうするんだ? 死体を保存でもするのか?」


「いいえ。お菓子を作るのよ」



その日の午後。

クラウス様が帰宅したタイミングを見計らって、私たちは実験を開始した。


場所は厨房。

中央には、レオンが半日で組み上げた試作機――無骨な金属の箱が鎮座している。

動力パイプが伸びており、その先には「魔力供給用」の取っ手が付いている。


「……私が、これを握ればいいのか?」


クラウス様が怪訝そうな顔で取っ手を見る。


「はい。いつものように、無意識に漏れ出ている魔力を少し流すイメージでお願いします」


私が促すと、彼は恐る恐る取っ手を握った。

ブゥン、と低い駆動音が響く。

箱の表面に霜がつき始め、庫内の温度計がみるみる下がっていく。


「出力安定! 冷却開始!」


レオンが計器を見ながら叫ぶ。


「すごい……! 魔石も使わずに、これほどの冷気が……」


ハンスさんが感嘆の声を漏らす。

私はタイミングを見計らって、用意していたトレイを庫内へと滑り込ませた。

中にあるのは、棒状に成形したクッキー生地だ。


通常、クッキー生地は寝かせるのに時間がかかる。

だが、この急速冷凍機を使えば、一瞬で生地を締め、旨味を閉じ込めることができる。

いわゆる「アイスボックスクッキー」の製法だ。

この世界の技術レベルでは、安定した低温環境を作るのが難しいため、まだ存在しないお菓子である。


数分後。

カチンコチンに固まった生地を取り出し、包丁でサクサクと輪切りにする。

それをオーブンへ。


香ばしいバターの香りが漂い始める。

焼き上がったクッキーを、今度は別の瓶――濃く抽出したコーヒーエキスが入っている――と共に、再び冷却機へ入れる。


「完成です」


私はクッキーと、氷でキンキンに冷えたコーヒーエキスの瓶をテーブルに並べた。


「これは……?」


クラウス様が目を丸くする。


「『氷のクッキー』と『濃縮アイスコーヒー』です」


私は説明した。

このクッキーは、一度冷凍することで生地の層が密になり、独特のサクサクとした食感が生まれる。

そしてコーヒーは、牛乳で割るだけで本格的なカフェオレが楽しめるポーションタイプだ。


「どちらも、『強力な冷却技術』がないと作れません。つまり、クラウス様の魔力があって初めて完成する特産品です」


「私の魔力で、菓子を……?」


「食べてみてください」


クラウス様はクッキーを一つ摘んだ。

サクッ。

軽快な音。


「……美味い」


彼の目が輝いた。


「いつものクッキーより、歯ごたえが良い。それに、口の中で解けるような……」


「でしょう? そしてこちらのアイスコーヒーも」


冷たいミルクにエキスを垂らすと、美しいマーブル模様が描かれる。

それを一口飲んだクラウス様は、驚きに目を見開いた。


「……冷たい。だが、香りが飛んでいない。この時期にこれほど冷えた飲み物が飲めるとは」


冷蔵技術が未発達なこの世界では、夏場に冷たい飲み物を飲むのは王侯貴族の贅沢だ。

だが、この技術があれば、大量生産が可能になる。


「これを売ります」


私は宣言した。


「王都の貴族女性たちをターゲットにします。『氷の宰相が愛した味』。キャッチコピーはこれでいきましょう。希少性と話題性は抜群です」


「なっ……私の名前を使うのか?」


クラウス様が赤面する。


「当然です。ブランド戦略ですよ。悪名も使いようです」


私はニヤリと笑った。


「王太子は物流を止めて兵糧攻めにするつもりでしょうが、逆に私たちが王都の流行を支配してやります。貴婦人たちがこぞってこの商品を求めれば、商人たちも王太子の顔色を窺ってはいられなくなります」


需要が供給ルートをこじ開けるのだ。

「買いたい」という客の声は、どんな政治的圧力よりも強い。


「……君は、転んでもただでは起きないな」


クラウス様は呆れたように、しかしどこか誇らしげに笑った。


「いいだろう。私の魔力が金になり、君の助けになるなら……いくらでも提供しよう」


「ありがとうございます、スポンサー様」


「へいへい、俺は量産ラインの設計すりゃいいんだろ」


レオンもやる気満々だ。

ハンスさんも「これで屋敷の財政も安泰です!」と涙ぐんでいる。


反撃の準備は整った。

王太子オスカー。あなたが止めた物流の道を、甘くて冷たい私の商品が逆流して押し流してあげるわ。

覚悟していなさい。

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