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断罪されたので「業務改善」いたします!  作者: 九葉(くずは)
第2章

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第13話 宰相、嫉妬で室温を下げる

夕食後の応接室は、文字通りの「氷点下」だった。


暖炉には火が入っているはずなのに、吐く息が白い。

窓ガラスにはびっしりと霜が張り付き、テーブルの上の水差しは表面が凍りついている。


「……それで? この薄汚い男を、私の屋敷に置きたいと?」


ソファーの主席に座るクラウス様が、絶対零度の視線を放った。

その向かい側には、借りてきた猫――ではなく、冬眠前のクマのように丸まったレオンが座っている。


「は、はい……。人手が足りないのは事実ですので……」


私がとりなすように言うと、クラウス様の眉間の皺がさらに深くなった。

パキリ、とどこかでガラスがひび割れる音がする。


(まずい。機嫌が悪すぎる)


私は冷や汗をかいた。

夕食のビーフシチューは完璧な出来だったし、食後のコーヒーも最高級の豆を使った。

胃袋のケアは万全だったはずだ。

それなのに、この荒れようだ。


やはり、自分のテリトリーに見知らぬ男が入り込むのが、生理的に我慢ならないらしい。

人見知りにも限度がある。


「おい、そこの男」


クラウス様がレオンに声をかけた。


「ひぃっ! は、はい!」


レオンが飛び上がる。

面接の時の生意気な態度はどこへやら、今は捕食者を前にした小動物そのものだ。

無理もない。

今のクラウス様から発せられている魔力圧は、私がここに来てから最大級のものだ。

呼吸するだけで肺が凍りそうな重圧。

普通なら即死レベルである。


「貴様、名は」


「レ、レオン……レオン・ヴァン・ストラテンです……!」


「ふん。没落貴族か。……魔導工学を専攻していると言ったな」


クラウス様は指先でテーブルをトントンと叩いた。

そのリズムに合わせて、冷気の波紋が広がる。


「私の魔力に耐えられる程度には頑丈なようだが……それだけだ。無礼で、薄汚く、信用に値しない。エレナの部下として不適格だ」


バッサリと切り捨てた。

論理的な理由のようでいて、その根底にあるのは「気に入らない」という感情論だ。


「か、閣下! お待ちください!」


私は慌てて口を挟んだ。


「彼は確かに無礼で薄汚いですが、能力は本物です! 見てください、この魔力濃度の中で、まだ意識を保っています!」


「……だからどうした。耐えられるだけなら、壁のシミと変わらん」


「壁のシミは掃除をしてくれません! 彼は屋敷のメンテナンスができるんです!」


私が必死にプレゼンする横で、レオンがガタガタと震えながら口を開いた。


「あ、あの……! す、すごい……!」


「は?」


レオンは恐怖に引きつった顔で、しかし瞳だけをギラギラと輝かせていた。


「こ、この魔力密度……! 信じられない……! 大気中のマナが、閣下の感情に合わせて相転移を起こしてる……! こんなサンプル、学会でも見たことがない……!」


彼は懐からボロボロの手帳を取り出し、震える手で何かを書き殴り始めた。


「観測記録……午後八時……室温マイナス五度……魔力波形は鋭角的……うひ、うひひ……! これだよ、俺が求めてたのは……!」


「…………」


クラウス様の目が、ゴミを見るような冷ややかなものから、理解不能な生物を見る目へと変わった。

私も額に手を当てた。

このタイミングでマッドサイエンティストぶりを発揮しないでほしい。


「……気持ち悪い男だ。やはり叩き出そう」


クラウス様が手をかざす。

掌に氷のつぶてが生成される。

物理的な排除(攻撃)の構えだ。


「待ってください!!」


私はクラウス様の腕にしがみついた。

ひやりとした袖の感触。


「壊さないでください! 貴重なリソースなんです! 彼がいなくなったら、また私とハンスさんの二人きりで、死ぬまで働き続けることになるんですよ!?」


「……私が手伝うと言っているだろう」


「閣下の『手伝い』は、力任せに全てを凍らせることじゃありませんか! 掃除とは、汚れを取り除くことであって、部屋ごと封印することじゃありません!」


私の叫びに、クラウス様がバツが悪そうに視線を逸らした。

以前、彼が善意で風呂掃除をしようとして、浴室を氷の洞窟に変えた「事件」を思い出したのだろう。


「それに……彼がいれば、閣下の魔力を有効活用できるかもしれません」


「有効活用?」


「はい。レオンさん!」


私は震える研究者に話を振った。

彼が使えることを証明させなければ、このまま凍結処分だ。


「あ、あんた! ただ観察するだけじゃなくて、何か提案はないの!? この魔力をどうにかする方法とか!」


「え? あ、ああ……!」


レオンは眼鏡を押し上げた。

命の危険を感じて、ようやく研究者としてのスイッチが入ったらしい。


「か、閣下の魔力は……強大すぎて垂れ流しになってる状態です。いわば、穴の開いたダムだ。普通なら制御不能で暴走するところを、無意識の精神力で抑え込んでる。……すげぇ燃費の悪さだ」


「……私の制御が未熟だと言いたいのか?」


「い、いや! 逆です! よくこれで正気を保ってられるなって感心してるんです! ……で、提案なんですが」


レオンは懐から奇妙な金属片を取り出した。

幾何学模様が刻まれたプレートだ。


「これは俺が試作した『魔力変換回路』です。周囲の余剰魔力を吸い取って、熱や動力に変換する。……これを使えば、閣下が無意識に放出してる冷気を、屋敷のエネルギーとして再利用できます」


「……何?」


「例えば、厨房の冷蔵庫。今は高価な魔石を定期交換してますよね? それを、この回路を通じて閣下の魔力に直結させれば、魔石代はタダになります。……あと、風呂の給湯も、照明も、全部閣下の『漏れ出る魔力』だけで賄える」


レオンはニヤリと笑った。


「つまり、閣下は歩く永久機関になれるってことです。エコでしょ?」


沈黙が落ちた。

私は計算盤を弾くふりをして、素早くコスト計算をした。

現在の魔石維持費、月間金貨五十枚。

これがゼロになる。

年間六百枚の削減。


「……採用です」


私は即断した。


「クラウス様。これは画期的です。経費削減だけでなく、閣下の魔力が吸収されることで、屋敷の環境も改善されます。ハンスさんの体調不良も減るはずです」


「……私が、歩く永久機関……?」


クラウス様は複雑な顔をしていた。

国の宰相が「発電機」扱いされるのはプライドに関わるかもしれない。

だが、彼は私の「ハンスさんの体調不良も減る」という言葉に反応したようだった。


「……私の魔力が、周囲を害さずに済むのか?」


「はい。理論上は、害悪だった冷気が、有益なエネルギーに変わります。……レオンさんの技術が本物ならば、ですが」


私はレオンを見た。

彼は自信満々に胸を張った。


「任せとけって。俺の理論は完璧だ。……ただ、資金と材料がなかっただけで」


「……ふん」


クラウス様は氷の礫を消した。

部屋の温度が、少しだけ――ほんの数度だけ、上がった気がした。


「いいだろう。……試用期間を認める」


彼は不承不承といった体で頷いた。


「ただし、成果が出なければ即刻解雇だ。それと……私の視界に入るな。薄汚い」


「へいへい。了解です、スポンサー様」


レオンは軽薄に敬礼をした。

私は深く息を吐き出し、ソファに沈み込みそうになった。

どうにか、流血沙汰(凍結沙汰)は回避できたようだ。


「ハンスさん、彼を部屋へ。……あと、お風呂に入れてあげて。身なりを整えるのも業務のうちよ」


「は、はい! さあ、来なさい!」


ハンスさんがレオンの首根っこを掴んで引きずっていく。

嵐が去った後の応接室に、私とクラウス様だけが残された。


空気はまだ冷たい。

クラウス様は腕を組み、不満げに窓の外を睨んでいる。

明らかに拗ねている。


(……やれやれ。大きな子供ね)


私は苦笑しつつ、立ち上がった。

ワゴンの上のポットに手を伸ばす。

まだ温かい。


「クラウス様」


カップにコーヒーを注ぎ、彼の前に置く。

そして、ポケットから「隠し玉」を取り出した。

彼が執務室の引き出しに隠していたのと同じ、高級店のチョコレートだ。

先日、街へ行った際にこっそり買っておいたものだ。


「お疲れ様でした。……面接官、お見事でしたわ」


私はチョコをソーサーに添えた。


「これは?」


「報酬です。……嫌な役回りをさせてしまいましたから」


私は彼の隣に座った。

物理的な距離を詰める。

これは第1章の「演技練習」で培ったテクニックだ。彼の場合、言葉で慰めるより、体温を感じさせたほうが落ち着く。


「……別に。必要なことなら、やる」


彼はぶっきらぼうに言いながら、チョコを口に放り込んだ。

甘さが広がったのか、眉間の皺が解けていく。


「それに、あの男……口の利き方はなっていないが、技術は見るべきものがあるかもしれん」


「ええ。きっと役に立ちますよ。……でも」


私は彼の袖を少しだけ引っ張った。


「私にとって一番の上司は、クラウス様だけですからね?」


「……っ」


彼が咳き込んだ。

耳が一瞬で赤くなる。

チョロい。いや、素直で愛らしいと言うべきか。


「……当たり前だ。あんな変人と比べられてたまるか」


彼は顔を背けたが、その口元が緩んでいるのを私は見逃さなかった。

室温が、ふわりと温かくなる。

暖炉の火が、ようやく本来の熱を取り戻したようだった。


「さて、明日はレオンさんの歓迎会……という名の、大掃除ですね。彼の実験室を作らなきゃ」


「……私は手伝わんぞ」


「はいはい。お仕事頑張ってくださいね」


私はコーヒーを啜りながら、窓の霜が溶けていくのを眺めた。

変な新入りも増えたし、前途多難だが。

少なくとも、この不器用で愛すべき宰相様のご機嫌取りに関しては、私はプロフェッショナルになりつつあるようだった。

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