第12話 面接に来たのは変人でした
「……全滅、ですね」
ハンスさんがげんなりとした顔で呟いた。
私も無言で頷くしかない。
目の前に広がるのは、凄惨な光景だった。
ピカピカに磨き上げられた玄関ホールに、三人の男たちが横たわっている。
一人は白目を剥いて気絶し、一人は青い顔で口元を押さえて蹲り、もう一人は「空気が……重い……」と呻きながら出口へ這っている。
今日は、新規採用の面接日だった。
私の出した「変人募集」の求人票は意外にも効果があり、朝から数名の応募者が訪れたのだ。
だが、結果はこの有様だ。
クラウス様は現在、王城へ出仕中で不在である。
にもかかわらず、屋敷に染み付いた彼の魔力の残滓だけで、一般人はこのザマだった。
「やはり、無理なのでは……」
ハンスさんが弱音を吐く。
私も眉間を揉んだ。
想定以上に、この屋敷の環境は過酷らしい。
魔力耐性必須とは書いたが、自己申告レベルの耐性では話にならなかったようだ。
「いいえ、まだ一人います」
私は視線をホールの隅に向けた。
死屍累々の候補者たちの中で、ただ一人、立ったままの人物がいる。
ボサボサの焦げ茶色の髪。
瓶底のような分厚い眼鏡。
着古して袖が擦り切れたローブ。
そして、片手には分厚い本を持ち、倒れている人々を気にする様子もなく読みふけっている青年だ。
「……彼を応接室へ」
私はハンスさんに指示を出した。
生存者がいるなら、拾うしかない。たとえ見た目が怪しくても。
◇
「レオン・ヴァン・ストラテンです。没落貴族の三男。専攻は魔導工学。以上」
応接室のソファに座るなり、青年――レオンは投げやりに言った。
足は組まれ、背中は丸まっている。
私に対する敬意など欠片もない態度だ。
ハンスさんが眉をひそめ、いまにも「無礼者!」と怒鳴り出しそうになるのを、私は手で制した。
「初めまして、レオンさん。私はこの屋敷の管理を任されているエレナです」
「知ってる。王太子に捨てられた悪役令嬢だろ? 有名人じゃん」
レオンは鼻で笑った。
直球すぎる侮辱に、逆に感心してしまう。
社交界のまわりくどい嫌味に慣れていた私には、この無遠慮さが新鮮ですらあった。
「それで、志望動機は?」
私は淡々と進める。感情的になってはコンサル失格だ。
「金だ」
彼は即答した。
「研究費が足りない。実家からは勘当されたし、学会からは『危険思想』だと追放された。でも、あんたの求人には『相場の二倍』って書いてあったからな」
「それだけ?」
「あと、『国一番の魔力』だ。氷の宰相の魔力は特異だと聞く。普通の魔石じゃ再現できない出力があるってな。それを間近で観察できるなら、多少のリスクは冒す価値がある」
レオンは眼鏡の位置を直しながら、ニヤリと笑った。
その瞳には、倒れている他の候補者たちにはなかった、狂気じみた知的好奇心が宿っている。
「……なるほど」
私は手元のメモに書き込む。
『協調性:G』『忠誠心:G』『魔力耐性:S』『専門知識:A』。
極端すぎるパラメータだ。
普通なら即不採用である。
だが、今の我が家に必要なのは、仲良しこよしができる常識人ではない。
毒ガスのような魔力の中で、平然と作業ができる専門家だ。
「レオンさん。あなたは、この屋敷の空気をどう感じますか?」
「ん? ああ、ちょっとピリピリするな。高濃度の魔力粒子が浮遊してる。普通の奴なら神経をやられて嘔吐するレベルだ」
彼は他人事のように言った。
「あんたもよく平気だな。令嬢なんて生き物は、真っ先に死ぬと思ってたが」
「私は頑丈なのが取り柄ですので」
私は微笑んでかわした。
彼には通用している。私の魔力耐性と、彼自身の耐性。
少なくとも、この空間で会話が成立するのは、私とハンスさん以外では彼が初めてだ。
「採用の方向で考えたいと思います」
私が告げると、ハンスさんが「ええっ!?」と声を上げた。
「エ、エレナ様、正気ですか!? このような無礼な男を……旦那様が許すはずがありません!」
「ですがハンスさん、他に選択肢がありません。それに、彼の知識は使えます」
私はレオンに向き直った。
「ただし、条件があります。試用期間を一ヶ月設けます。その間、私の指示には絶対に従うこと。そして、屋敷の主であるクラウス様に無礼を働かないこと。もし守れなければ……」
私はニッコリと笑った。
「即刻、契約解除の上、給与は支払いません」
「……ちっ。わかったよ、雇い主サマ」
レオンは舌打ちをしたが、条件は飲んだようだ。
金への執着が強いのは、制御しやすいという利点でもある。
その時だった。
玄関の方から、重い扉が開く音が聞こえた。
同時に、屋敷全体の空気がカクンと数度下がる。
肌を刺すような冷気。
本物が帰ってきたのだ。
「……おいおい、マジかよ」
レオンが初めて顔を引きつらせた。
先ほどまでの残留魔力とは桁が違うプレッシャーに、さすがの彼も冷や汗をかいている。
「ただいま戻った……」
応接室の扉が開き、クラウス様が入ってきた。
銀色の髪に、冷ややかな美貌。
激務の後のせいか、その瞳は鋭く尖っている。
彼は私を見て、わずかに表情を緩め――
その直後、ソファに座る薄汚れた男を見て、瞬時に凍りついた。
「…………誰だ、貴様は」
地獄の底から響くような声。
室温が一気に氷点下まで下がるような錯覚を覚える。
パキ、と窓ガラスに霜が走った。
「ひぃっ!?」
レオンが悲鳴を上げてソファの背もたれに張り付く。
「クラウス様、お帰りなさいませ!」
私は慌てて二人の間に割って入った。
「彼は今日、面接に来た応募者です。レオン・ヴァン・ストラテンさん。魔導工学の研究者で……」
「男か」
クラウス様は私の説明を遮り、不機嫌そうに吐き捨てた。
「なぜ男なんだ。メイドを募集したのではなかったのか」
「魔力耐性のある人材を探した結果です。性別を問うている余裕はありませんでした」
「……ふん」
クラウス様はレオンを値踏みするように睨みつけた。
その視線は、不審者を見る目であり、同時に――自分のテリトリーに見知らぬオスが入り込んだことへの、本能的な嫌悪感に満ちていた。
「……気に入らん」
ボソリと呟かれたその言葉に、採用計画がいきなり暗礁に乗り上げたことを悟る。
(まずい。人見知りが発動したわ)
私は頭を抱えたくなった。
最強の魔力耐性を持つ変人と、最強の嫉妬心(無自覚)を持つ魔王。
この二人を共存させるのは、屋敷の掃除よりも難易度が高いミッションかもしれない。
「とにかく、詳しい話は夕食の後に。……レオンさん、あなたは別室で待機を。ハンスさん、彼を監視していてください」
「は、はい! さあ、こちらへ!」
ハンスさんが逃げるようにレオンを連れ出す。
残されたのは、私と、部屋の温度を下げ続ける不機嫌な宰相様だけ。
「……エレナ」
クラウス様が、拗ねた子供のような目で私を見た。
「あの男は必要なのか?」
「はい。業務拡大のために、どうしても」
私は一歩も引かずに答えた。
ここで引けば、私の過労死が確定する。
愛と仕事は別物だ。ここはドライに行かせてもらう。
「……そうか」
彼は短く答え、ふいっと顔を背けた。
その耳が少しだけ赤いのは、怒っているからなのか、それとも別の感情なのか。
(やれやれ。今夜の説得は大変そうね)
私は小さくため息をつき、冷えてしまったコーヒーを淹れ直すためにワゴンへ手を伸ばした。




