散ル散ル未散ル VOL.1
ゾンビハンターの苛烈な日常を描く、銃とメカとアクションを描いた作品です。
夜の帳が降りた廃墟の街に、その無骨な鋼鉄の塊は静かに滑り込んでいく。かなりのスピードが出てはいるが、電動モーターによるステルスモードのため、エンジンは沈黙を保っている。
他にも、特殊ゴムが配剤されたタイヤがロードノイズを、最新の空力設計が風切り音を、それぞれ抑制することで、見た目の無骨さを完全に裏切る静音性を実現している。
ステージを選ばない、走破性の高い軍用四輪駆動車として開発された、『ケルベロス・ハウンド』
ヘッドライトを消した状態で、月明かりだけを頼りに、氷の表面をスケーターが滑走しているかのように、アスファルト上をなめらかに疾走している。マットブラックの鋼鉄の車体は、完全に闇に溶け込んでいる。
瓦礫と化した周囲の建物に、数多く潜んでいるゾンビたちが、いかに音に敏感であろうと、『ケルベロス・ハウンド』の接近に気づくことは決して容易ではない。
ミチルのクールな眼差しは、防弾ガラス越しに廃墟の街並みを捉えていた。今回の目的地は、現在地より直線距離にして数百メートル離れた場所にある、郊外型のショッピングモールだ。
徐々に、道路上が荒れてきている。それが、予兆だった。
前方に、車道の真ん中をふらつく数体のゾンビが見えてくる。逃げ遅れた人を襲っているらしかった。救助しようにも、もはや手遅れで、ゾンビ化は避けられない状況だ。
それを視認したミチルはアクセルペダルを踏み込んだ。瞬間、車体は無音のまま加速し、死体に群がり一塊となったゾンビたち目掛けて突っ込んでいく。
鈍い衝突音のあと、肉と骨を踏み潰す不快な音が続くが、強化された複合装甲とタフなソリッドタイヤには、何の損傷もない。ゾンビたちは、一体何が起こったのか理解する間もなく、路面の藻屑と化していく。
ショッピングモールの巨大な駐車場に差し掛かると、ハイブリッド式四輪駆動の動力源を、リチウム・イオン電池のバッテリーモジュールからガソリンへとマニュアルで切り替える。電動モーターの静粛性と引き換えに、内燃エンジンの爆発的なパワーと大トルクを解き放つ。獣の咆哮にも似た内燃エンジンの駆動音と共に、車体は一層の加速を始めた。
『ケルベロス・ハウンド』は瓦礫や放置された車を次々と踏破しながら乗り越えていく。路面が不安定になるたび、可変式の油圧サスペンションがフルオートで車高及び車体の傾きを調整し、ミチルの身体を安定させた。
駐車場を越え、ショッピングモールを囲むように配置されたバリケードを、ミチルは躊躇なく強行突破した。ゾンビたちのモール内への侵入は既に許してしまっているとの情報を得ていたので、どんなに手荒な真似をしても、結果さえ残せば誰からも文句が出る恐れはなかった。
タイヤの内側に仕込まれた、ニチノール製による形状記憶合金のスパイクが展開され、コンクリートの路面を力強く噛んだ。『ケルベロス・ハウンド』は、ショッピングモールの正面入り口に横付けされると、すぐにエンジンを停止させた。
一瞬の遅滞も許されない。ミチルは助手席下にある隠し武器庫から、対ゾンビ専用にカスタマイズされた、二丁のベレッタM92FSカスタム、通称『M9改』を手早く取り出す。
この銃は──対ゾンビ用カスタム弾である口径9×19mmパラベラム弾を使用。
一般的によく見られるゾンビの肉体を確実に破壊するために、弾頭はホローポイント弾をベースに、弾芯に特殊な硬質合金が埋め込まれている。これは、ゾンビの腐敗した肉体内部で弾頭を炸裂させることで、通常のホローポイントよりも、さらに致命的なダメージを確実に与える仕様になっている。
発射速度600発/分、銃口初速419m/s、有効射程約60m、19連発弾倉。
外観は、『ケルベロス・ハウンド』同様、全体をマットブラックの特殊セラミックコーティングが施されており、夜間における光の反射と視認性を抑える仕様だ。当然ながら、マズルフラッシュ軽減のために弾薬も変更されている。
グリップパネルには、滑り止めの効果を高めるため、これもやはり特殊な加工が施されている。
他にも銃本体の重量を軽減し、連射時におけるリコイル・コントロールを容易にするため、スライドの軽量化が図られている。
さらに、 暗闇での精密な射撃を補助するため、フレーム下部には小型のレーザーサイトが内蔵されているが、ミチルがこれを使用することは稀である。
トリガーを引く距離を短縮する『トリガーストップ』も施されている、これはミチルのガンアクション時のレスポンス向上をアシストするのが目的だ。彼女の、反射神経の速度スコアはそれ程までに早い。
愛用の二丁拳銃『M9改』の予備マガジンを取り出し、セーラー服の上から着込んだベストのポケットに、素早く収納していく。かなりの総重量になるが、それがミチルの行動を制限するものではなく、何ら問題はなかった。
ドアを開け、銃を構えながら『ケルベロス・ハウンド』を降りる。
夜の闇に、ミチルの黒で統一されたセーラー服が溶け込んでいる。もちろん、三角タイやタイツも黒で合わせてある。
彼女は、かつて北の某国特殊部隊のエリート工作員として、徹底した訓練を受けた過去を持つ。
現在17歳の若さではあるが、その冷徹な戦術眼と、あらゆる状況に即座に対応する戦闘技術は群を抜いている。セーラー服は、彼女のたっての希望によって支給された品であるのだが、そのセレクトの理由は誰も知らない。幼少期に拉致被害者となって、その後苛烈な人生を異国の地で歩まざるを得なかったミチルの、ふるさとである日本への限りなく強い郷愁がそこにはあったのかもしれない。
ミチルの背後で、重厚な音を立て分厚い防弾ドアが閉まり、さらにドアロックの音がそれに続いた。どちらも、ミチルが車体から一定距離離れると、オートで作動する仕様だ。
『ケルベロス・ハウンド』は、孤独な戦いを続ける彼女にとって、日本政府との取引によって手に入れた、最も信頼のおけるかけがえのない相棒だった。
今回の長引くパンデミックにより、破壊活動防止法等による複数の罪状免除と引き換えに、自衛隊の独立作戦専任工作員となったミチル。彼女にとっての戦いは、生き残るためだけのモノではなく、北の工作員として暗躍した過去を全て清算するための、孤独な戦いなのである。
ショッピングモールの中へ足を踏み入れたミチルは、銃口の先の薄暗い通路に素早く視線を走らせると、ヘッドセットのマイクに向かって静かに囁く。
「これより、モール内のゾンビ殲滅及び生存者の保護活動を開始する」
ミチルの孤独な戦いが、今始まった。
最後まで読んで頂いて、ありがとうございました!!




