5.厄の謎は謎のまま
カイルにも置いて行かれてしまった僕は、白牡鹿に髪をムシャムシャされる。僕の白い髪を見て、仲間だと思っているのか分からないが、残念ながら噛めてはいない。だが、しきりに僕の髪を食べようとしているため、不思議に思って手を伸ばしてみれば、僕の髪が伸びていた。
何コレ、こわい。僕の髪が伸びた……というか、伸ばされてる?待って、どこまで伸ばす気だ!
どんどん伸びる髪は、おそらく僕の腰を過ぎただろう。そこで満足したのか、白牡鹿はムシャムシャするのをやめ、僕に寄り添って目を瞑る。
僕に憑くこの悪霊達はよく分からない。僕に憑く理由も謎だが、僕を殺そうとする意思は感じられないのだから、更に困っている。
「はぁ……元気になったら教会に行こう」
僕は雪の中、安らかな眠りについた。次に起きた時、僕は教会にいて、間近にカイルとフォルトの顔があった。
「お目覚めですか!セトリ様!」
「セトくん、ご褒美ちょーだい」
「……近い」
カイルとフォルトの顔を押し除け、体を起こすが、やたらと頭が重い。その原因は考えなくても分かる。白牡鹿に伸ばされた髪が原因だ。
「セトリ、目覚めたか!良かった。弟が妹になった代償はでかい。俺は弟でも妹でも、セトリを愛するからな」
このバカ兄は何言っちゃってんの。僕は男だ。
「髪が邪魔そうだ。セト、少しジッとしてろよ」
僕の髪をいじっていたロウが、あっという間に僕の髪を一本に結い上げ、更に服を整えてくれるため、されるがままの僕は微動だにしなかった。するとそこに、僕が会いたかった教皇フレデリック・ヴァロイがやって来た。
「フレディ!会いたかった!」
「私も会いたかったよ、セトリ」
僕は彼をフレディと呼ばせてもらっている。父のような存在であり、当然のようにイケメンであるフレディは、歳を重ねても若々しいイケオジである。
「フレディ、確認したいことがあったんだ」
「新たに憑いた存在のことだね?」
「そう、フレディなら見えるし、何か知ってる?」
「そうだね……ひとまず、セトリが無事で良かったよ。複数の神憑きになるなど、セトリがもたないと思っていたが……大丈夫な体質なのかな?」
でたな、神憑き!この悪霊を神聖視するなんて、やっぱりフレディから見れば祓う価値もないのか。僕は祓ってほしいんだけど、フレディは祓ってくれないし……どうしたものか。
「やっぱ教会からしたら神なんだぁ。確かに、セトくんの厄は神の厄災っぽいけどさぁ」
「人からしたら神は厄災と言うし、仕方ないだろうな。もはやセトリ様が神だ」
「セトの厄災は神の気まぐれだな」
もはや僕の厄と神が同じになってしまっているらしい、残念な仲間達だが、一人だけプルプルと震えて興奮している人物がいた。
「セトリは、厄神シリーズを集めだしたのか!」
おい、やめろ!それは神に失礼すぎるだろ!
「兄さん、ちょっと黙ろう――」
「今後は【厄災】から【厄神】と言うべきじゃないか?」
「バカ兄、やめろ!」
必死で兄さんの口を塞ごうとするが、残念ながら口に手が届かず、何度もジャンプする。するとそこで、着地と同時に足首がグネリ。白牡鹿が僕を助けようと、こちらに向かって飛び跳ね、そのままズドンと兄さんとともに床が沈んだ。
ひえぇ……こ、こわ。兄さん、生きてるか?大丈夫か?これは死者が出るレベルだぞ。
「これはもう、セトリは【厄神】に決定だな!自分の体で体験してみて分かったぞ」
あ、元気だった。やっぱりわざと巻き込まれたのかよ。少し血が出てるみたいだけど、バカは治らなそうだ。
「厄神……確かにそうだね。セトリの厄は神のように手がつけられない。憑いた方々が力を取り戻し、姿を現せるようになれば、あるいは……」
フレディ!?何言っちゃってんの!
「フレデリック様、セトリ様に憑いたものはどのような姿なのですか?」
「【夜の庭】が黒蛇、今回の【雪の庭】が白い牡鹿だよ。おそらく、神獣だろうね」
「神獣!まさか、あの古い文献にしか残っていない幻の……」
「そうだよ」
そうだよ、じゃないよ。ちょっと待ってくれる?カイルとフレディだけで話を進めないで。というか、そういう展開はいらないからね。興奮してるところ悪いけど、この子達は神獣には見えないよ。僕からしてみたら悪霊だ。それ以外にない!なぜなら僕の厄を増幅してるからな!
「なるほど!神獣というのか!さすがセトリだな。神獣と厄神、どっちがいいか迷いどころだ」
兄さんは黙ってろ。迷いどころなんかないから、安心しなさい。
「そうだな。神獣を見れねェ俺達からしたら、セトの厄の方が目立つ」
ロウはこういう時だけノリノリなのなんなの?
「神獣の方が素敵です!セトリ様には神獣の方が似合います。きっと可愛いはずです」
残念ながら、カイルが想像するような神獣じゃないよ。破壊力が凄いから。カイルは何を見てるんだ?この床を見てごらんよ。可愛さなんて吹き飛ぶぞ。
「セトくん、ご褒美まだぁ?」
フォルトはそればっかりだね。飽きたのかな?子どもかな?少し待ってなよ。
呑気な仲間達に頭を抱えれば、伸びた髪が視界に入る。そういえば髪が伸びてたなと、忘れるほどツッコミで頭がいっぱいだった。
「フレディ、その神獣が僕の髪を伸ばしたんだけど、これって切れない?」
「切らない方が良いだろうね。神獣様の餌になるからね」
「……餌?」
聞き間違いかな。今、僕の髪が餌って言われたような気がしたけど。
「餌だよ。セトリの髪を伸ばして、魔力を引き出したのだろう。ここに運ばれたセトリは魔力が枯渇していた。けれど、今は髪全体に魔力が行き渡り、魔力も増えているように見える」
「僕の魔力で伸びた髪ってこと?」
「そうなるね。切ったら、また魔力が枯渇するまで引き出されるよ」
「ひぇ……む、むり」
「大丈夫。神獣様が食べれば、それ以上は伸びないから。その髪は、食べてもセトリの魔力が枯渇しない為だよ」
そうなのか……それなら仕方ない。魔力が枯渇するよりいい。枯渇なんて、下手したら死ぬからな。
「それに、セトリの可愛い癖毛が伸びて、更に可愛くなったから安心しなさい。綺麗な白い髪が、漸く切られずにすむ」
そう言って僕の頭を撫でてくるフレディ。どこに安心する要素があるのか分からないが、とりあえず頷いておく。フレディは僕の父のような存在でもあるため、フレディに可愛いと言われるのは嫌いじゃない。髪を切る度に、残念そうにしていたため、フレディにとっても良い事なのだろう。
そうして、僕はフォルトに抱えられて教会を後にした。フォルトのご褒美とカイルへのお仕置きである。フォルトが今日一日僕を独占したいと言ったため、ちょうど良いと思い、カイルには一日僕に触れることを禁じ、ついでに防具を変えるよう言っておいた。
ということで、開拓者協会への報告は兄さん達に任せて、僕はフォルトの買い物に付き合っていた。
「セトくん、何か欲しいものない?」
「うーん、食べたいものなら、もう買ってもらったし……あ、そうだ!あのケーキ屋さんに行かない?新しくできたとこ」
「あー、あそこかぁ。確かに、セトくんと行けば何かつかめそうだしぃ」
「え……今何か言った?」
「いやぁ、何も言ってないよぉ」
嘘だ!今何か不穏なこと言っただろ!フォルトめ、まさかまた自分の依頼を僕の厄で楽しようとしてるな!?
「フォルト、やっぱり行くのやめよう」
「そう?俺は別に構わないよぉ」
あれ……違ったのか?今回はフォルトの良心だった?
「やっぱり行こう!フォルト、ゴーゴー!」
「ぷはッ……はいはい、行こうねぇ」
フォルトは嬉しそうにケーキ屋へ向かい、僕はケーキ屋に入ってすぐに後悔する事になった。




