13.知らなくていいこと
熱が出ても、ぐっすり眠れた僕は何がおきたのか分からない。熱でぼんやりとする中、兄さんが人を斬りつけ、フォルトが楽しそうに加勢し、カイルがサブマスターに何やら説明しているのが見える。
「ロウ……何があったの」
「夜中に襲撃されただけだ」
なんでもない事のように話すが、明らかに異常な破壊が行われ、兄さんがかなり怒っているのが分かる。これは、ラヴァさんが僕を誘拐した時の怒りと同じだ。ラヴァさんは過去に僕を誘拐した事があるのだが……まあ、終わったことだ。掘り返す必要もないだろう。
「もしかして、僕誘拐されかけた?」
「よく分かってンじゃねェか。襲撃までは良かったンだが」
いや、良くないよ!?
「セトが呑気に寝てるのをいい事に、拐いやがった。けどまあ、セトの厄……じゃねェ。神獣が暴れて、ンな状態になったってわけだ」
「……なんか、ごめんなさい」
「気にすンな。セトは寝てただけだしな。それに、開拓者が人拐いなんかしたもンだから、現地の奴らは信用できねェんだろ。暫くここに残る事になった」
「もしかして、関係者を捕まえるのに手伝ってほしいってこと?」
「そういうこった。これでセトの体調に合わせられる」
その後、人斬り兄さんを落ち着かせ、フォルトとカイルが倒れた者達を捕える。
「セトリ!良かった!目が覚めたんだな。怖かっただろ」
「怖いも何も、僕は寝てただけだよ」
「そうか、寝たふりをするほど怖かったのか。守れなくてごめんな」
「いやだから、僕は寝てただけだって」
「こんな村、早く出るに限る!セトリは俺が連れて行くから安心するといい!」
「ここに暫く滞在するらしいよ」
「よし、行くぞセトリ!」
全く話が噛み合わない兄さんが、僕を抱えようとしたところで、ロウが魔法で兄さんを凍らせてしまう。とりあえず大人しくさせたのだろう。僕が兄さんに合わせない限り、基本的に僕と兄さんの話が噛み合うことはない。そのため、どうにもならない時は通訳が必要なのだ。
「セナ、落ち着け。俺達はセトも含め、ここに滞在すンぞ」
「最低でも、ギルマスが戻って来るまでだねぇ」
「ついでに襲撃してきた開拓者と、この件の調査をする。セトリ様を拐おうとしたということは、雇い主がいるはずだからな」
凍った兄さんに説明するということは、こちらの言葉を聞こえるようにしたのだろう。ロウが氷を溶かせば、兄さんは落ち着いていて、僕を抱きしめてくる。もちろん、ビチャビチャだ。
「……ロウ、セトリは俺が持つ」
だから、僕は荷物じゃないからな?それに兄さん、ビチャビチャじゃないか。
「仕方ねェな。熱があンだから引き摺るんじゃねェぞ」
いやいや、そういう問題じゃない!兄さんはビチャビチャなんだぞ。
すると、ロウがあっという間に兄さんを乾かし、僕は兄さんの腕の中に収まった。兄さんが泣きそうな顔をしているため拒否もできず、僕は兄さんの腕の中でぐっすり眠った。
襲撃の翌日、僕達は冒険者ギルドに呼び出された。新しく宿をとることはなく、ギルドの庭で野営していると、サブマスターが呼びに来たのだ。
「俺がここのギルマス、ムハンマドだ。【厄災の導】の噂はここまで届いてるぞ」
ん?なんで黒蛇も白牡鹿も出てきたんだ?やめろよ。ここで暴れてくれるなよ。
「テメェ、なんか臭うな」
おいロウ!突然失礼すぎるだろ。兄さんも武器に手をかけるな。
「開拓者の不祥事についても礼を言う。俺がいなかったばっかりに、好き勝手してたみたいでな」
ムハンマドは聞こえなかったらしい。ひとりで話し始める様子から、なんとなく違和感しかないが、ここではこれが普通なのだろう。サブマスターはずっと挙動不審で、そちらの方が大丈夫かと思ってしまう。
「――というわけで【厄災の導】には、犯人を捕まえる協力をしてほしい」
「断る!」
今回の誘拐には黒幕がいるらしく、関係者の他にも黒幕を捕まえる協力をしてほしいということだったが、兄さんが元気良く断ってしまった。なぜかロウも兄さんに賛成していて、フォルトとカイルも頷いている。昨日までは滞在しようと話していたのに、コレである。
「なっ、なぜだ!報酬は出そう。もちろん、宿もこちらで準備――」
「テメェが犯人だからだろ。何言ってやがる。セトをいやらしい目で見やがって」
「んなッ」
よく分からないが、ムハンマドが犯人だったらしい。サブマスターは震えているが、必死に頷いていることから、サブマスターは初日の時点で僕達を逃がそうとしてくれていたのだろう。
「セトリ様には指一本触れさせん!」
「玄狐、ありがとう。おかげでセトくんを守れたよぉ」
カイルはムハンマドを拘束し、どこからともなく玄狐が現れる。おそらくだが、昨日のうちに全て調べていたのではないかと思う。さすがフォルトだ。詳しい状況は結局分からないが、僕を誘拐しようとした犯人がムハンマドだった、という事が分かっただけでいい。それ以上知る必要はない。というより、探索者ギルド所属の僕は、迷宮以外は専門外なのだ。
「クソッ、お前達!何してやがる!さっさとこいつらを捕まえ――」
「ざんねーん。ほとんどは捕まえたしぃ、残りも俺の召喚獣が追ってる。もう逃げられないよぉ」
召喚獣!なんかかっこいいぞ!
その後、全員が捕まり、あっさり襲撃誘拐事件が終わった。ドゥアトの開拓者協会から、新たな冒険者ギルドマスターも派遣され、僕の体がソルレイユの気候に慣れるまでゆっくりする事ができたのだ。
「よし!今日は元気だぞ!」
今日は朝から元気だった僕は、テントの中でゴロゴロしながら叫ぶ。
「セトリが元気なら、今日出発するか?魔物の解体は全て済ませたよな?」
「ああ、買取りまで終わった。セトの顔色もいいな」
「プアト村の周辺には迷宮もない。セトリ様の出番が欲しいところだ」
「そうだねぇ。セトくんも暇そうだし、そろそろ出発しよっかぁ」
街を歩くことも許されず、テントの周りを散歩するだけの日々が暇だった僕は、出発という言葉に歓喜する。これで漸く、兄さんから解放されるのだ。
あれから、兄さんが僕から離れず、暑苦しかった。ラヴァさんに誘拐された時も、暫くは酷かったが、今回は見知らぬ地という事もあり、テントに軟禁されていたようなものだった。テントに軟禁とは新しい……ではなく、とても不便である。
「とりあえず、ドゥアトに向かうの?」
「そうだな。開拓者協会にさえ行けりゃ、俺達向けの依頼もあンだろ」
「それと、庭シリーズの迷宮もねぇ。たしか、ソルレイユにも一つだけあったはずだよぉ」
「セトリ様には【砂の庭】の解放をお願いされると思いますよ」
「それはいいな!【砂の庭】に行けば、セトリも退屈せずにすむな!」
僕は庭シリーズに行きたいわけじゃないんだけど。というか、庭シリーズってどれだけあるんだ?僕の憑きもの……奇跡的に増えませんように!
そうして、僕達はプアト村を出発し、ドゥアトへと向かった。もちろん、フェネックの案内である。フォルトの背に乗る僕は、暑くとも快適だが、みんなは走っている。こんな暑い砂漠の中、動きづらいにも関わらず走っているのは、異常な光景だった。




