11.にゃんみゃみりぇ
カイルの防具が整い、僕の散歩を再開する。散歩と言っても、次はカイルに抱えられている僕だが、風を感じて陽の光を浴び、街を見て回る。それだけで違うのだ。主に僕の健康状態が!
「それにしても、今日は本当に顔色いいねぇ。セトくんって、あの森で寝ると調子いいよねぇ」
そうなのか?意識したことなかったけど……というか、自分の体調なんか分からないしな。
「確かに体調が良さそうです。セトリ様、今日は歩いてみますか?」
「そうだねぇ。転ばないように手を繋げばいいしぃ」
二人がそう言った途端、最初から警戒していたのか、周囲の人々が僕の道を塞がないよう、そして被害を受けないように僕の進む方向とは別方向へ歩く。そう、歩いているのだ。走って逃げるわけにはいかない。なぜなら、僕が教会から認められているからだ。街中で、僕から走って逃げたとなれば、教会から何を言われるか分からないのだ。
かわいそうに。
そう思いながらも、歩かせてもらえるのなら歩こうと、地に足をつけて二人と手を繋ぐ。
よしよし、若干浮いてるような気がするけど、気のせいだろう。少し腕が痛い気がするけど、きっと気のせいだろう。黒蛇と白牡鹿が魔石から出て、警戒してる気がするけど、これもきっと気のせいだ。
「セトくん、今日はどこまで行く?【にゃんみゃみりぇ】まで行こうかぁ?」
「おー!それはいいな!【にゃんみゃみりぇ】で癒されたい」
「セトリ様が【にゃんみゃみりぇ】に行くと、猫達も嬉しそうですし、暫くの間助けてくれるんですよね」
噛みそうで噛まない【にゃんみゃみりぇ】という場所は、猫が集まる広場であり、餌やおやつをあげれば猫が一度だけ助けてくれるのだ。だが、毎日のように行っても助けてはくれず、気まぐれで助けてくれることが殆どであるため、いつ助けてくれるのかは不明だ。そしてなぜか、僕が行くと餌やおやつがなくとも猫が群がり、全員が毎日のように助けてくれるため、一度と言っても猫の数だけ助けられていることになる。そのため、僕達だけは暫くの間助けてもらえるのだ。
「よし、ゴーゴー!」
早く行こうと足を動かすが、なかなか思うように進まない。やはり、若干浮いているような気がするが、気のせいであることを祈ろう。
そうして暫く歩けば、一匹の猫が僕の目の前に現れた。いつも一番に僕を出迎えてくれる三毛猫は珍しくオスである。
「ミケ、久しぶり」
「にゃーん」
僕の足に擦り寄ってくるミケ。勝手に呼んでいるが、ミケは気に入っているのか、呼ぶと喜んでグルグルと喉を鳴らす。
「他の奴も来たねぇ。いつも思うけど……コレ、異常だよなぁ」
「異常などと言うな。セトリ様の凄さが分かるのだから賢い猫だろ」
にゃんにゃん鳴きながら駆け寄ってくる猫の大群。毛玉が押し寄せてくるのは、ちょっとした恐怖である。とりあえず広場の中心に行くまではカイルに抱えてもらい、その後は寝転がって猫に埋もれた。これが【にゃんみゃみりぇ】である。この名前は、猫に埋もれた僕が【にゃんこまみれ】だと言ったつもりがうまく言えず、兄さん達がこの広場を【にゃんみゃみりぇ】と呼ぶようになって皆に広まった結果、正式に決まってしまったのだ。
「セトくんって、いろんなのに好かれるよねぇ。なんでぇ?」
「それはセトリ様が素晴らしいからで――」
「はいはい、分かったからカイルは黙ってぇ。俺はそっちの同族に訊いてんのぉ」
そんな会話が聞こえてきて、こっそりフォルトの方を見ると、僕から離れてフォルトの前に座るミケがいた。尾が二股になり、他の猫より少し大きくなるミケは、フォルトが同族と言う事から妖術を使っていたのだろう。
「せとり、かわいい。せとり、だいじ。せとり、かみ」
「やはり分かっているな!セトリ様は神――」
「黙ってろって言ったよねぇ。猫又、他に何かない?セトくんについて」
「ねこまた、ちがう。みけ。せとり、だいじだいじ。ぜったい、まもる。せとり、かみ」
どうやら、ミケはカイルと気が合うらしい。フォルトは話が聞き出せず、モヤモヤしているようだが、カイルはなぜか自慢げだ。
「せとり、きけん。みけたち、あんぜん。せとり、わるいこと。みけたち、いいこと」
「ん?……それってどういう――」
「せとり、かみ!せとり、かみ!せとり、かみ!」
狂ったようにミケが神を繰り返すと、他の猫も僕から離れてフォルトとカイルにせまっていき、二人はどんどん僕から離される。恐怖である。
「ちょ、セトくん!」
「セトリ様!」
寝転んでいる僕を必死に呼ぶ姿は、なかなかに面白い。ここは安全であるため、僕の元に戻ってきたミケを撫でて知らないふりをしていると、そこに恐ろしい形相のロウがやってきた。ミケはロウに向かって威嚇し、他の猫もロウに威嚇し始める。いつもの事だが、ロウは猫に嫌われているのだろうか。
「セトリ、帰るぞ」
ロウがミケ達の気を逸らしている間に、兄さんが僕を抱えてフォルトとカイルとともに【にゃんみゃみりぇ】から脱出した。そして、なぜか走って家に帰り、その後少しだけ兄さんとロウに怒られた。理由は簡単で、何も敷かずに寝転んだのが駄目だったらしい。案の定、僕は翌日に熱を出した。虫に刺されたようで、そこから痒みが広がり、熱まで出てしまったのだ。
「セト、薬飲め」
「うぅ……それ、エリクサーじゃん」
「ここまで酷くなったら、セトはエリクサーじゃねェと効かねェだろ」
ロウのエリクサーは嫌だ。なんか他と違うし、めっちゃ苦いし。
「普通のエリクサーは?」
「ねェよ。セトには必要ねェだろ。俺が調合してンだから」
ロウは僕の為になんでも調合する。それこそ、料理に使う物まで、僕に使う物はロウが作るのだ。効き目は抜群で、ロウなしでは僕は生きていけないだろう。だが、ロウが作る薬は全て苦いのだ。飲むにしても勇気がいる。
「飲む……飲むぞ。うっ……の、飲むんだ――」
「早く飲め!」
涙が出るほど苦いエリクサーを飲み、体の不調は消えていくが、苦味だけは残る。
「うえぇ、苦い苦い苦い!」
「はいはい、分かったから準備すンぞ」
「え……どこか行くの?」
「迷宮探しだ」
おー!迷宮探し!それは楽しみだ!
あっという間に身だしなみを整えられた僕は、本当にどこかの貴族のようだ。しかし、そんな事は気にしない。なにしろ、僕は本当に何もできないからだ。昔から兄さんやロウが、僕の面倒を見ているため、僕は何もできないで成長したのだ。これは虚弱体質であるのも原因である。
そうして、ご飯もしっかり食べてから兄さん達と合流した。暫く戻らない予定なのか、クランのことはルアンさんに任せ、依頼はクランメンバーに任せる。全て僕抜きで話が進むため、先に外に出て待っていようと思っていたら、背後からヒョイと抱えられてしまった。
「マスター、駄目だぞ。ひとりで外に行くのは危険だ」
中級開拓者であり【紅】のリーダーである、ヴェイン・ノーストだ。剣士だが、射手でもある彼は、わりとなんでもできてしまう優秀な冒険者だ。
「ヴェイン、どうしたんだ?」
「どうしたんだ?じゃない。マスターはひとり行動禁止だろ?」
「……外で待ってるだけだよ」
「駄目だ。病みあがりだと聞くし、これから迷宮探しに行くんだろ?」
なんか、保護者が増えた気がする。僕、一応成人してるんだけどな。
他のクランメンバーもこちらを見て、外に出ないように扉の前に立っている。全員が保護者になったようだ。
「ヴェイン、ありがとう!セトリと遊んでくれたんだな」
兄さん?僕は子どもじゃないぞ。遊んでくれたってなんだ。僕は足止めされてたんだ!
「セトリ様、街を出るまでは私が運びましょう」
子どもから物扱いになった僕はカイルに抱えられ、出発することになった。




