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薬剤師は火刑台に立つ〜え、魔女の呪い…?いや、それ、病気です〜  作者: 大棗ナツメ


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3/20

3 締め付けの呪い1

 「た、頼む!!助けてくれ!」

 外から、切羽詰まった男の声が響いた。


「子供が死にそうなんだ!町の医者にも手遅れだと言われた!もう、お前しか頼る奴がいねぇんだ!!」


 エルダはすぐに扉の(かんぬき)を外し、(きし)む音とともに扉を開けた。


 そこに立っていたのは、土埃まみれの男だった。

 背中には小さな子供が背負われている。

 子どもはヒューヒューと浅い呼吸を繰り返し、今にも意識が途切れそうだった。


 エルダは父親を半ば引きずるようにして小屋の中へ招き入れると、子供を寝台へと寝かせた。


 その胸は激しく上下し、喉の奥から「ヒュウ……ヒュウ……」と、苦しげな笛のような音が漏れている。


 その音には聞き覚えがあった。

 狭まった気道を空気が無理矢理通ろうとする時に出る音。

 この独特の「ヒュウ、ヒュウ」という音はーー



喘鳴(ぜんめい)……。喘息(ぜんそく)発作だ。)


「どうしてこんなことに…医者はなんて言ってたんだい!?」

 エルダは険しい表情で父親を振り返る。


「…胸を締め付ける呪いがかけられているから、どうしようもないんだと。瀉血(しゃけつ)もしてもらったが、効かなかったんだ……」

 男は、震える手で顔を覆った。



(し、し、締め付ける…呪い……!?)

 遥香は自身の耳を疑う。


(一体どんなヤブ医者に見せたら、そんなことになるんだ……)

 驚きのあまり、遥香がぱちぱちと目を瞬かせているとーー


「チッ」

 エルダが忌々しげに舌打ちをした。

「こんな小さい子からどんだけの血を抜いたんだい。」


 遥香の視線が、子供の腕へと落ちる。

幾重にも巻かれた包帯。その隙間から滲む、痛々しい赤色。

 胸が、きゅっと締め付けられた。


 「お願いだ……助けてくれ…」

 父親は子供の両手を握り、(すが)るように懇願(こんがん)する。


 必死に息を吸おうとする子供の顔は、苦しさで歪んでいた。失血のせいで体力も削られ、この小さな体にかかる負担は明らかだ。


「くそ…っ!絶対にあの女が、呪いをかけているんだ!魔女めが…っ!何度も…何度もこうなるんだ!」

 机をダンッと叩いて父親は忌々しげにそう言った。



「……呪い…?…え、いや、…喘息(ぜんそく)だと思いますが……」

 思わず突っ込んでしまった。


(……あ)

 空気が、止まった。


「……あ…いや…、えーっと…お子さんがこうなるのは夜中や明け方が多くないですか?」

 次は言葉を選ぶように慎重に尋ねる。


「あ、…あぁ、そう、そうだ…!!いつも夜中にこうなる。」

 父親は驚いたように目を見開き、何度も頷いている。


「やっぱり……。」

 喘息発作で間違いはなさそうだ。

(治療は……ステロイド吸入だけど……)

 ちらり、と遥香は父親を見る。


「呪いじゃないのか…?いや、呪いだろ、あの女の……」

 父親は、まだ一人で何やら呟いている。

 この調子では、持っている訳がない。


(エルダさんは薬師って言ってたよね………?)

 小屋を見回すと、棚には無数の薬瓶。

 可能性は、ゼロじゃない。


「あのー…、エルダさん、ステロイドって…置いてますかね…?」

 期待を込めて、エルダを見る。

「……すて、ろ…? 」

 エルダは目を丸くして、瞬きを繰り返している。

 (……うん…、なさそうだ…)


「あー…、マオウならあるが…」

 エルダが顎に手を当てて言った。


「……マオウ…?」

 エルダは棚の奥を探り、大きな瓶を取り出す。中には、まっすぐ伸びた褐色の薬草。


麻黄(マオウ)…!」

気管支拡張(きかんしかくちょう)と、咳を鎮める作用を持つ。


 即効性は弱いが――

(今は、これしかない!)


「やかん、ありますか?」

 エルダが差し出した鉄のやかんに水を張り、火にかける。麻黄を入れると、ほのかに甘い香りが立ち上った。


「お父さん!お子さんの体重は何キロですか?」

「…たい、じゅ…? なんだ、それは?」

 父親は心底分からないという顔をする。

「……あー…(察し)……いえ、すみません…。じゃあ…お子さんの年齢を教えて下さい……」

 遥香は気を取り直して、年齢を聞く。


 父親は、子供の身体を見てしばらく考え込んでから言った。

「……恐らく…5歳か…6歳だと思うが……。」

(……うん…明らかに様子がおかしい……)


「…あー、………五歳か、六歳ですね……。」

 遥香は深呼吸して、頭の中で平均体重を計算した。


「歳や重さなんて、薬と関係あるのかい…」

 エルダは一人首を傾げている。


「……できました」

薬を子供に少しずつ、慎重に飲ませる。



(お願い……効いて……)



 ******


 数十分後。



「ヒュウ……」という音は弱まり、呼吸が落ち着いてきた。

「ああ……、息が……楽そうだ……」

父親の声が震える。

「よかった……」

遥香は、心からそう思った。

「この薬を、毎日飲ませてあげてください」

「ありがとう……本当に……」

男は涙を流し、子供を抱きしめた。



 遥香は、空き瓶に薬湯を入れ、瓶に目安の線を引こうとした。


 ……が、ペンがない。


「…仕方ない…インクでいくか」

 エルダに渡されたインク壺をキュッと開ける。


 結果。


「ミミズがのたくったみたいだねぇ」

エルダは瓶を見て笑う。

「………ですよね…」

遥香は苦笑して、瓶を父親に渡した。

「……あ、ありがとう……」

 そう言った父親の視線は、完全にミミズ模様に釘付けだ。



「…あ、…ところで、君は?」

 その問いに、遥香は固まる。

(……な、なんて言えば…、)


 その瞬間、エルダが遥香の肩を抱き寄せた。

「なぁに。この子は私の妹の娘さ」

 その仕草があまりにも手慣れていたので、男は何の疑いもなく納得している。




 君は、誰ーー?か。


(そんなこと……、私が一番知りたい……)


 遥香は、そっと天井を見上げた。

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