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薬剤師は火刑台に立つ〜え、魔女の呪い…?いや、それ、病気です〜  作者: 大棗ナツメ


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20 血の伯爵夫人7

「……遥香さん?」

 マリーが驚いたように顔を上げる。



「それ、毒です!」

 マリーから杯を奪い取る。

底は――黒い。


 「な、なんてこと……!!」

 侍女が両手で口元を押さえ、悲鳴のような声を上げる。


「このワインは、亡くなった旦那様の叔母様から頂いたものです。…やはり……」

 侍女は顔を青ざめさせ、両手で口を押さえたまま、震える声で呟いた。


「…いいえ、元々そのワインにはヒ素は入っていませんでした。」

 遥香が侍女を見て、ゆっくり噛み締めるように言った。

「あなたがワインを杯に注いだ後、ヒ素を入れたんでしょう?………ソフィさん」



 侍女、ソフィは息を飲んだ。

「……っ」


 ーーバーン

 扉が開き、騎士団がなだれ込んだ。



「……もう、良いのです。」

 静かな声が響いた。マリーだった。


 ソフィははっとして振り返る。

「…奥様…」


 マリーはゆっくりと立ち上がると、ソフィにそっと歩み寄った。

 騎士たちは、マリーを止めようとする。だが、マリーはにっこり笑うと手で騎士を制した。


「どうして……そんな顔をするのですか、ソフィ」

 マリーの声は、優しく穏やかで柔らかいものだった。

しかしその瞳は、すべてを見抜いた者の色をしていた。


 ソフィはびくりと身を震わせ、涙を堪えきれずにぽろりと落とした。

「奥様……わ、私は……っ」



 ソフィがそう言い掛けると、マリーは静かに首を横に振った。

「…分かっていました。何か事情があったのでしょう。」

 そう言うと、マリーはソフィに微笑み優しく抱き寄せた。


「……ごめんなさい……!ごめんな、さい……っ!」

 ソフィは床に崩れ落ち、嗚咽で声を震わせた。


 マリーはそっと膝を折り、ソフィの前に座り込む。ソフィは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、搾り出すように言った。

「……私は……あなたを……恨んでいたのです……ずっと……!」



 マリーの眉がわずかに揺れたが、黙って先を促すように見守った。

「私は……若い頃……奥様のお父上に……襲われました。拒めば殺される……そう思い、耐えました……誰も私を助けませんでした……」

 ソフィは胸を押さえて、かたかた震える指で自分を指した。



(…………っ!)

 マリーは息を飲む。

 幼い頃に見た、父が使用人を押し倒す光景が蘇る。




「その時……娘を身ごもってしまったのです……でも……旦那様は認めませんでした。」

 ソフィの瞳からは、涙が次々零れ落ちた。

「そして、勝手に産めと言われ……娘が病気になっても……一度も金を出しませんでした……!」

 マリーは口元を押さえ、その場に固まった。

遥香は拳を固く握りしめる。



「……娘は、満足に食べられず……冷たい部屋で震えて……私の腕の中で……死んでいきました……」

 ソフィはかつてそこにいた小さな命を抱くように腕を丸める。



「なのに……奥様は……マリー様、は“宝物”と呼ばれ……美しいドレスを着せられ……笑っていた……娘が一度ももらえなかったものを……全部、与えられて……!」

 ソフィの声は震えていた。


「私は……思ったのです。なぜ、…なぜ…こうも、違うのかと……腹違いといえど…姉妹なのに……」


 マリーは静かにソフィの手を取った。震えるその手を、抱きしめるように覆う。

「……ごめんなさい……ごめんなさい…、ソフィ……あなたがそんな苦しみに耐えていたなんて……私は何も知らずに……」

 マリーの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。



 ソフィは力なく首を振って言った。

「違うのです……奥様は悪くない……それは分かっています……。でも…ただ……あなたを見るたびに……娘がもし生きていたら……こんなに綺麗に笑ったのだろうかと……こんな優しい人になったのだろうかと……そう思うたびに……苦しくて……苦しくて……どうしようもなくて…!」



 そして、ぽつりと呟いた。

「……気づいたら…奥様に……毒を盛ってしまっていたのです……」

 その言葉からは、狂気ではなく、深い絶望が感じとれた。


 マリーは泣きながらソフィを抱き寄せた。

「ごめんなさい……ソフィ。ずっと苦しかったですね。あなたの罪も、あなたの苦しみも……わたくしも一緒に背負います」



 その言葉に、ソフィは再び泣いた。



 ******



 その後。


 マリーの願いによりソフィの罪は問われなかった。

 彼女は遠く離れた実家へ戻ることとなった。



 騎士団の調査の結果、噂は叔母が流布したものである事が分かった。

 マリーを魔女に仕立て上げ、幽閉に追い込んだ上で財産を奪う算段だったようだ。



 この心優しい伯爵夫人を取り巻く環境は複雑に絡み合っていた。



「マリーさん、街で私が本当の事を話して来ます」

 遥香が言う。

「…いいえ、」

 マリーは静かに首を横に振る。

「……どうして」

 遥香がそう呟くとマリーは言った。

「真相が分かると、女性達を探して加害者がこの城へ押し寄せるでしょう。そうしたら、女性達が心穏やかに暮らすことは難しくなります。ですので、噂はそのままに…」



 そう言いマリーは静かに目を閉じると、優しく微笑んだ。




 ******




 事件が解決し、満足していた遥香は忘れていた。



 ーー帰りもレオニスと共に馬に乗らなければならないことを。


(……心臓もつかな…)


 不安になった遥香は、帰りはクリスの馬に乗せて貰えないか交渉してみた。

「…あー…うーん……すみません…っ」

 そう言うと、クリスは走り去ってしまった。


「…え……そんなに、いやだった……?」

 遥香がクリスが去った方向を呆然と見ていると、肩にポンと手が置かれた。


「準備は出来たか?」

 レオニスだった。

「…は、は…い…」

 遥香は、引き攣った顔で頷いた。



 そして、帰りもしっかり遥香の寿命は削られたのであった。



「おかえり!無事で良かったよ!」

 森の小屋に着くとエルダが飛び出してきた。


「ちょっと、何があったんだい!?」

 魂が抜けたように疲れ切った顔をした遥香を見て、エルダは遥香の肩を揺する。


 それを見たレオニスはふっと笑った。



 こうして事件は終わりを迎えた。すべてが報われたわけじゃない。

 それでも――誰かを想う気持ちは、確かに残った。


 そして遥香は願う。

 次の事件は、せめて馬に乗らなくて済みますように、と。




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