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薬剤師は火刑台に立つ〜え、魔女の呪い…?いや、それ、病気です〜  作者: 大棗ナツメ


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2/16

2 薬師の小屋

 

「……こっちだ…っ!!」

 ギュッと目を瞑った瞬間、誰かの手が、遥香の腕を強く引いた。


 体が宙に浮いたと思ったら、次の瞬間には地面に背中を思い切り打っていた。


「……っ!」

 ヒュッと息が漏れた。耳のすぐそばで馬蹄(ばてい)が跳ね、顔には砂がかかった。

 あと少しでもずれていたら、遥香の体はミンチになっていたであろう。


「はぁ…っ、はぁ…っ、」

 肩を上下させ、荒く息を吐いているとーー

「何やってんだ」

 頭上から荒っぽい女の声がした。



 遥香が顔を上げると、そこにはフードを脱いだ女の顔があった。

 その灰色の瞳は呆れたようで、それでもどこか温かい。



「まったく、どこの間抜けが街道の真ん中で寝てんだい!」

 そう言って、女は遥香の背をポン、と叩いた。

「ほら、立てるかい?モタモタしていたら、また次の馬車が来るよ!」

 その言葉に、遥香は慌てて立ち上がる。

「…あ…ありがとう、ございました…」

 絞り出すような声で女に礼を言う。



 石で出来た道の両脇では、人々が遠巻きにこちらを見ていた。

「なんだ…?あの変な格好は」

「まさか、魔女じゃないか?」

 そんな(ささや)きが風に混じって遥香の元へ届いた。


「ここじゃ目立つ。教会の連中に見つかったらタダじゃ済まないよ。私の小屋まで来な!」

 女は言うが早いか、遥香の腕をぐいと引っ張る。


 遥香は半ば女に引きずられるようにして、歩き出した。



 ******



 うっそうとした暗い森の中、煙が立ち上る小さな小屋が見えてきた。


 女はドアを開け、遥香をそこに押し込むかのように中へ入れる。

 壁に並ぶ古い棚には、乾燥した薬草の束や瓶詰めの液体、手書きの書物が雑然(ざつぜん)と置かれている。



「……で、あんたはあんな所で何をしていたんだい?」

 ドアを後ろ手で閉め、女は遥香の顔を覗き込むようにして尋ねてくる。


「え…あ…」

 答えにならない声が漏れる。


「まあいい。とりあえず座りな。」

 言われるがまま、近くの椅子に腰を下ろす。

 ギシギシッ、と今にも壊れそうな音が小屋に響いた。


「顔色が悪いね。ほら、これでも飲みな。」

 見慣れない形の水筒のようなものを手渡される。

 中を覗くと、濃い茶色の液体がたぷんっと揺れた。


 窓から差す光の下で見たそれは、まるで土を水で溶いたかのような色の液体であった。

 ーーいや、もはや泥水そのものだ。


(…うぅっ…、これは…)

 一瞬ためらったものの、ここまで来て拒否するのも失礼だ。

 遥香は意を決して、ほんの少しだけ口をつけた。



(………温かい…。)

 ほんのり苦い香りが鼻に抜け、喉の奥がじんわりと温まった。

 薬草特有の青臭さはあるものの、不快ではなく、むしろ心地よい。

 遥香は体の痛みが、少しずつ和らぐのを感じた。



「どうだい?効くだろ?」

 優しい声が降ってくる。

(…なんか…親戚のおばちゃん、みたいだな…)


「……私はエルダ。ここで薬師をやってんだ。」

 2杯目の薬草茶を手渡しながら、エルダは言う。

「薬師…」

 両手で器を包み込み、遥香はぽつりと呟く。


「それにしても……」

 エルダは遥香の服装を一瞥(いちべつ)し、眉をひそめた。

「あんた、その格好。教会の連中に見つかったら、即火炙(ひあぶ)りだよ」


「…あ、これ…」

 遥香は自分の姿を見下ろす。

 水色のガウンに、水色のキャップ。誰がどう見ても不審者である。


「…点滴を、作っていたので…」

「て、てんて……!?なんだい、それは……」

 エルダが怪訝(けげん)そうに首を傾げる。

「え…?」

 その瞬間、遥香の中で何かが引っかかった。


(…そういえば、私…病院にいた筈なのに……)

 小屋をゆっくりと見渡す。

 天井の(はり)に吊るされた無数の草に、干からびた謎の生き物。

 現代の病院とはあまりにもかけ離れていた。


「…ここ……ここは…どこですか?」

 恐る恐る尋ねる。

「…ここ?ルーンヘルム、だけど…。」

 エルダはキョトンとした顔で答える。



(…………どこだ、それ……)



「安心しな!街からは離れてる!魔女だなんて密告される心配はない」

「……ま、魔女ぉ……?」

 聞き慣れない単語に、頭が追いつかない。



 炎に包まれた記憶が、脳裏をよぎる。

(……私……あのまま……)

 ——死んだ?

 胸が、ぎゅっと締め付けられる。



「あんた、どこから来たの?」

「日本…です」

 混乱した頭を抱えながら、小さな声で答える。


「日本?聞いたことないねぇ」

 その言葉に、遥香は弾かれたように顔を上げた。

(……日本を知らない?)

 一応先進国だ。

 小さな島国でも、名前くらいは知られているはずなのに。



 その時ーー



 ーーードンッ、ドン、ドン


 扉が激しく叩かれた。


「……っ!」

 遥香の体は一気に強張る。


「………しっ…!」


 エルダは素早く口に指を当てると、気配を消して扉の前に立った。



 ——空気が、張り詰めた。


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